日本音声学会賞

日本音声学会では2008年度より,各年度の『音声研究』に発表された新規性を持つ優れた論文に対して優秀論文賞を授与しています。また,各年度の全国大会における大学院生あるいは40歳以下の会員を筆頭発表者とする優れた研究に対して優秀発表賞を授与しています。2012年度からは、音声学分野の発展を奨励することを目的として「学術研究奨励賞」が新設され、音声学分野における優れた成果を表彰しています。
2022年度
学術研究奨励賞
成果の名称:「一般に向けた音声学入門書籍の出版」
応募者:川原繁人(慶應義塾大学)
推薦者:上田 功(名古屋外国語大学)
授賞理由:
 応募者は、これまで音声学・音韻論に関する多くの重要な業績をあげている。とりわけ、①音声研究者および音声学学習者を対象とした教材開発を継続的に行っていること、②研究者のみならず、一般の読者を対象とした啓蒙書や入門書を作成し、音声学という学問の面白さと重要性を紹介していること、③医学・音楽等、他分野との共創的活動を精力的に行っており、音声学の普及に力を注いでいることなど、多方面に渡る活動を精力的かつ継続的に行っていることは、評価に値する。以上のことから総合的に判断して、学術研究奨励賞を授与することを決定した。
優秀発表賞(第35回日本音声学会全国大会)
植田 尚樹「母音の無声化とピッチとの関連性 ―モンゴル語を母語とする日本語学習者の発音から―」
授賞理由:
 本発表は日本語母語話者とモンゴル語を母語とする日本語学習者において母音の無声化とピッチにどのような関係があるのかを発話実験により検討したものである。喉頭制御の体系が異なるモンゴル語を母語とする学習者が,どのような条件で母音を無声化させるかは検討されてこなかった。実験の結果から,ピッチの低い母音での無声化率が高いと一般化した。ただしその調音機序は日本語母語話者と異なり,本発表ではモンゴル語母語話者は日本語の無声音を有気音として発音し,その際に声帯の弛緩と声門の開大から声質が息漏れ化すると同時にfoを減少させ,母音が無声化したと解釈した。本研究が扱ったのはモンゴル語母語話者による日本語の無声化という狭い範囲の現象であるが,一般音声学的な説明が丁寧になされており,喉頭制御に関する研究に一定の貢献をなす点が評価された。また,スライドを含めた発表全体の構成の分かりやすさも高い評価を受けた。以上の理由から優秀発表賞に値すると判断された。
2021年度
優秀論文賞
阿栄娜, 越智 景子, 酒井 奈緒美, 波多野 博顕, 森 浩一
「吃音者と非吃音者の調音速度 ―音読とシャドーイング課題の比較―」 第25巻、1-8頁
授賞理由:
 音声研究では今まであまり扱われていなかった吃音に関する研究を、音読とシャドーイング課題を用いて検証した大変面白い研究である。吃音者と非吃音者の流暢さを調べるという発想が新しく、吃音者と非吃音者の調音速度、およびポーズ数における違いが、音読課題の場合に限られていて、シャドーイング課題では、両者の間に有意な差がない、つまり吃音者は音読とシャドーイングで異なる発話制御をしている可能性があることを明らかにしたことの意義は大きい。
 論旨も研究手法も明快で、吃音についてあまり造詣が深くない読者にも、わかりやすく書かれている。一般の健常者だけではなく、言語障碍者など、少数派の音声についての研究であり、音声の研究の可能性を広げるという意味でも、優秀論文賞に値する研究であると判断した。
優秀発表賞(第35回日本音声学会全国大会)
松永裕太 (共同発表者:佐伯高明,高道慎之介,猿渡 洋) 「講演音声におけるフィラーの出現傾向と個人性に関する分析」
授賞理由:
 本発表は、音声合成時に「個人性」を加えるため、発話の非流暢性の要素であるフィラー の出現傾向を調べている。発話長がフィラーの頻度に与える傾向、フィラーが出現しやす い位置、フィラーの種類などの全体傾向だけでなく、話者間の頻度の違い、フィラーの位 置の違い、使用頻度の高い「えー」の使用率の個人差を調べ、その差が大きいことから、 音声合成時に考慮すべきという。さらに、話者間差異の傾向をクラスタリングし、音声合 成にフィラーによる個人性を取り入れる方法を探索する。音声合成に応用という目的が、 この研究と他との差別化をしている。例えば、呼気段落におけるフィラーの分析は、一般 的なことばの枠組みを超えた役割を示す。口答発表において、研究背景、先行研究の紹介 、スライドもわかりやすく、質疑応答も的確であった。優秀発表賞に値するといえよう。
李 歆玥(共同発表者:石井カルロス寿憲,林 良子)「中国語を母語とする日本語学習者による態度音声の音声分析:F0 曲線と声質に焦点をあてて」
授賞理由:
 中国語母語話者の発話が、発話意図とは異なり、日本人にとって怒っているように聞こえたり、誤解を生じたりするということは多々ある。本発表は、中国人日本語学習者による発話を分析して、そうした誤解を生じる原因について、客観的指標により解明しようしたものである。発表者らは、すでに、音響特徴量および句末音調の違いによって、母語によるパターンが異なることが原因となると報告したが、今回、さらにfo曲線と声質的特徴(H1-H2,jitter,shimmer,HNR)を分析した。その結果、起伏の多い発話や異なる発声様式を用いることが日本語母語話者によってネガティブなパラ言語表現と受け止められる可能性があり、学習の必要性があると結論付けた。発表では、foパターンによる説明に焦点を置いて、声質の分析結果についても簡潔に要点を抑えており、説得力があった。よって、優秀発表賞に値すると判断した。
2020年度
優秀論文賞
Shochi, Takaaki, Guerry, Marine, Rilliard, Albert, Erickson, Donna, and Rouas, Jean-Luc
“The Combined Perception of Socio-affective Prosody: Cultural Differences in Pattern Matching”
「感情音声のマルチモーダル知覚 -パタンマッチングにおける文化的相違に注目して-」 第24巻、84-96頁
授賞理由:
 Socio-affective prosodyというデータの客観化が難しい研究であるが、研究背景・実験手法・データ解析の記述が十分になされていて,研究として完成されている。得られた結果に学術的新規性・重要性が認められ、研究論文として評価できる。非常に多くの工程を含む実験および膨大なデータを分析し、聴覚と視覚の同時提示により知覚される感情に、通文化的な部分と日本の「恐縮」とヨーロッパの seductionのような個別の文化に依存する部分があることを明らかにした点は高い評価に値する。また、将来のこの分野の研究への萌芽としての価値も高い。
 よって、2020年度の優秀論文賞を授与することに決定した。
優秀発表賞(第34回日本音声学会全国大会)
山岡 翔「ベトナム語ハノイ方言の介音の調音的ふるまいの考察」
授賞理由:
 本研究はベトナム語の介音の音節構造上のふるまいについて,調音運動の観察および音声信号の音響的分析に基づいて考察したものである.一般音声学的観察では頭子音の一部もしくは頭子音の二次的長音の一部とも記述されてきたベトナム語の介音であるが,本研究では介音の調音動作のタイミングを調音運動計測およびフォルマントの音響分析により検証し,頭子音および後続母音とは独立した音節構成素である可能性を示した.本研究で扱った問題は音声学および音韻論上の重要な問題であり,また,本研究で得られた結果や本研究の分析手法は,他言語の音節構造を考察する上でも参考になるもので,音声学や音韻論に与えるインパクトも大きいものである.データの分析方法や考察の論理的な進め方についても合理的なものであり,また,発表の進め方や資料の提示の仕方,質疑応答への対応など,発表についても明快かつ誠実なものであった.さらに,本研究は音韻論上の問題を実証的な実験データで数理的に検証するものであり,後進の音声科学を志すものにとっても範となるべきものと考えられる.以上の理由により,本発表を2020年度日本音声学会優秀発表賞に相応しいものと判断した.
朱伝博(共同発表者:林振超・峯松信明・中西のりこ)「様々な言語背景を有する聴取者を対象とした日本人英語音声の即時聴解に関する分析」
授賞理由:
 本発表では、様々な言語背景を持つ聞き手に、日本人学習者の英語がどの程度理解されるかを、リバースシャドウイングの手法を用いて分析した。聞き手は英語母語話者(N)・非英語母語話者(NN: マレーシア・ベトナム)・日本語話者(J)で、NNとJは英語が流暢であり、NとNNは日本語の素養がないグループ構成であった。音響分析にはDTW(Dynamic Time Warping: 動的時間伸縮法)を、内容分析にはアメリカ人による文字起こしを使用した。その結果、日本人アクセントのある英語について、NNの理解度は回を重ねてもJとNには及ばないことがわかった。この結果から、NNにも理解される音声教育への示唆が述べられた。また、内容分析の結果と自動音声認識(ASR: automatic speech recognition)の結果に高い相関がみられたことから、DTWと ASRを組み合わせた手法の妥当性にも言及し、今後の分析への方向性が示されている点を合わせて、高く評価されたと考えられる。質疑への回答も適切であった。
2019年度
優秀論文賞
邊姫京 「日本語における語頭閉鎖音の音響特徴 -VOTと後続母音のf0-」 第23巻、174-197頁
授賞理由:
 本論文は、これまでも数多く研究されている語頭閉鎖音の有声・無声の区別に関して、従来から用いられているVOTだけでなく、後続母音のf0にも注目し、東北、中部、近畿、九州という広い地域を対象に研究したものである。新しく収集した音声データを基に、多角的で詳細な分析が行われている。特に、後続母音のf0が閉鎖音の有声・無声の区別に大きくかかわっていることを明らかにし、さらに、そのf0がカテゴリー区別に果たす重要度が地域ごとに異なること示したのは、大変重要な発見であり、今後の音声研究にとって意義が大きいと考えられる。また、日本の方言だけでなく、韓国のソウル方言との違いにも触れるなど、広い視点から閉鎖音の研究をしていることも評価できる。
 研究の目的が明確で、論の展開もとても分かりやすく書かれている。よって優秀論文賞に値すると判断した。
優秀発表賞(第33回日本音声学会全国大会)
難波文恵「日本語における発話リズムの異常性について ー運動障害性構音障害の発話をとおしてー」
授賞理由:
 本発表は麻痺性構音障害患者と健常者の発話を音声分析し、発話リズムの異常性についての客観的評価のあり方を提案するものである。研究過程では物理的モーラ長およびポーズ長を分析しているが、客観性を担保するため特にモーラ長については隣接する2モーラの物理的モーラ長の差に着目して分析を行っている。隣接する2モーラの物理的モーラ長の比については、健常者では最大で2.96、患者の場合には最大で4.15であったという。この比が3.0以上となるケースについて、健常者ではゼロであったが、患者については2割以上あったという。また発話区間中の平均モーラ長の変動範囲については、患者の場合の方がかなり大であったという。ポーズについても分析が行われており、患者は健常者よりも2倍近くポーズを挿入しており、健常者には見られなかった文節内での不自然なポーズも多数観察されたという。これらの現象が、構音障害患者の発話リズムの異常性という印象をもたらすのであろうと推論している。分析した発話データは少ないものの、構音障害における発話リズムの不自然さについて客観的指標を導入して考察が行われており、大変優れた発表であると評価できる。
木元めぐみ(共同発表者:Albin Aaron、林良子)「日本語の韻律における下降傾向に関する一検討 ー東京方言と秋田方言を比較してー」
授賞理由:
 第一に、本論文が日本語の方言による韻律の違いに着目した点を評価する。日本語の韻律にダウントレンドという特徴があることは、非母語話者向け日本語教育において前提とされているが、その方言による違いが論じられることは少なく、注目すべきである。第二に、本論文では、ダウントレンドの下位分類である、デクリネーション、ダウンステップ、文末下降の定義と計算方法がそれぞれ明確に示されており、今後この分野の研究を発展させる上で価値が高いといえる。
2018年度
優秀論文賞
Mayuki Matsui and Alexei Kochetov(松井 真雪、コチェトフ アレクセイ) 「Tongue Root Positioning for Voicing vs. Contrastive Palatalization: An Ultrasound Study of Russian Word-Initial Coronal Stops(有声性対立のための舌根調音と硬口蓋化子音対立の関係―ロシア語語頭舌頂閉鎖音の超音波画像解析―)」第22巻 第2号、81-94頁
授賞理由:
多くの言語において、有声破裂音の調音では無声破裂音の調音と比較して舌根が前進するという現象が知られているが、本研究では、硬口蓋化子音と非硬口蓋化子音が音韻的に対立するロシア語では有声破裂音においても舌根の前進が観察されないことを超音波画像解析の手法を用いて明らかにした。これは、有声音調音時の舌根前進という生理学的な特性が個別言語の音韻論(ロシア語の場合は弁別的な硬口蓋化)によって制約を受けることを示した点で重要である。空気力学的な観点からは喉頭の上下運動や咽頭壁の動きについても観察が必要と思われるが、本論文は舌根に注目した研究として優れたもので、実験手法、分析、結果の提示、議論という一連の論述も明晰で、図表も効果的に使用されており、優秀論文賞に相応しいと判断した。
優秀発表賞(第32回日本音声学会全国大会)
木村公彦 「米ペンシルベニア州における英語の後舌狭母音/u/の前舌化—地理的伝播と道路交通の関係を探る—」
授賞理由:
 本発表は、1940年代のアメリカ英語では大西洋岸中部と南部に限られていた後舌狭母音/u/の前舌化が、どのような過程を経て現在のようにアメリカ全土に広がったのかについて研究史上の空白があることに着目し、1967〜69年に収集された『アメリカ地域英語辞典』編纂のためのインタビュー録音のデータ(2017年に公開)の中から、大西洋岸中部に属するペンシルベニア州フィラデルフィアと同州西部のピッツバーグの間に位置するインフォーマント9名の発音を音響分析することで、この音声変化の拡大の中間段階を浮き彫りにしようとしたものである。研究上の空白を埋めるという着眼点、手堅い手法による分析とその結果、プレゼンテーションの明瞭さ、いずれを取っても優秀発表賞にふさわしいものと評価した。
松倉昂平「福井県池田町方言の「準多型」アクセントとフット・韻律語構造」
授賞理由:
 本発表は、これまで詳細な報告のなかった福井県今立郡池田町南部の名詞アクセント体系の共時的記述と音韻論的解釈を行ったものである。2から5モーラの単純名詞には、常に1モーラ目に下降が生じるα型と3モーラ目以降に下降が生じるβ型とがみられ、β型の下降位置については、モーラ数でも、音節数でもなくフット数によるものであると解釈を示した。すなわち、β型には、2つ目のフットの1モーラ目に下降が生じるとした。さらに2モーラ以上の助詞と複合語の状況から、α型を有核型、β型を無核型とした。これにより、池田町のアクセント体系はフットによる二型アクセントであり、「準多型」と結論づけた。  β型を無核と解釈できるのかはさらなる考察が必要とは思うが、フットによるアクセント体系のとらえ方は順当であると考え、優れた論考として評価することができる。
学術研究奨励賞
成果の名称:「琉球諸語の全方言を書くためのフォント開発」
応募者:小川晋史(熊本県立大学)
共同研究者:山田真寛(国立国語研究所)、林由華(日本学術振興会/国立国語研究所) 推薦者:青井隼人(東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所)
授賞理由:
 応募者が中心となって開発した「しま書体」は、琉球諸語の全方言を電子的に入出力することができるフォントである。従来の日本語書体のみでは琉球方言を書き表すことは難しく、デジタル化の進んだ現代社会においては、危機言語である琉球諸語の記録・保存・継承の大きな障壁となることが危惧されていた。また、「しま書体」はフォントとしての汎用性・機能性・デザイン性も優れており、MacOS 環境であれば、一般的なアプリのほとんどで使用することができる。これらの成果の詳細については、昨年度全国大会、ワークショップにて発表され、参加者に大きなインパクトを与えた。応募者らのこれまでの地道な努力の上に、危機言語の記録・保存・継承や言語使用地域に貢献する大きな成果をもたらしたとして、学術研究奨励賞にふさわしいと判断した。
成果の名称:「磁気センサシステムを用いた計測手法の開発および普及活動」
応募者:北村達也(甲南大学)
共同研究者:能田由紀子((株)ATR Promotions)、吐師道子(県立広島大学)、波多野博顕(東京国際大学) 推薦者:前川喜久雄(国立国語研究所)
授賞理由:
 応募者らは、Northern Digital Inc.の磁気センサシステムWave Speech Research System(Wave)を用いた調音運動計測手法の開発およびその普及に長年取り組んできた。磁気センサシステムは、舌や口唇などに貼り付けた小型のセンサの位置を磁気を利用して 計測する技術で、非侵襲かつリアルタイムな観測が可能である。Wave には可搬性がある という特長もあり、場所を選ばず計測することができる。応募者らは、2012 年にWave のレンタル事業および研究支援事業の立ち上げに協力し、これにより高価な装置を購入せずとも調音運動観測ができる環境を整えた。またワイヤセンサの改良などを加え、調音運動をより簡便に正確に測定する努力を行ってきた。これらの成果は、2014年6 月第329 回研究例会シンポジウムにて発表され、2015 年6月には日本音声学会音声学普及委員会主催の音声学入門講座「発話運動データの計測・処理の基本」でも講師を務め、Waveの解説とデモを行い、好評を博した。磁気センサシステムは、これまで研究者の内観に頼ることが少なくなかった音声学研究に実験による裏付けを与えることを可能にし、その利用範囲は音声生成研究にとどまらず、外国語学習、方言、発話訓練、さらに音声合成技術にまで広がっており、今後重要度が増していくものと考えられる。 
2017年度
優秀論文賞
Chiyuki Ito(伊藤智ゆき)「A Sociophonetic Study of the Ternary Laryngeal Contrast in Yanbian Korean(延辺朝鮮語の喉頭素性三項対立に関する社会音声学的研究)」第21巻 第2号、80-105頁
授賞理由:
 本論文は、朝鮮語の三項対立を成す子音に関する研究で、中国吉林省の延辺朝鮮族自治州で話されるいわゆる延辺朝鮮語を対象としたものである。これまであまり詳しいことの分かっていなかったこの言語の子音のVOT、子音が語頭のF0に与える影響、そして声質について、その調音位置、声調、性別、世代、方言による違いを音響音声学的手法によって考察した。その結果、延辺朝鮮語においては子音の特徴の変化がソウルなどの朝鮮語とは異なった方向に進んでおり、それは若年層の女性の言語で最も著しいということを明らかにした。統計的処理もきちんと成された手堅い研究であり、優秀論文賞に相応しいと評価した。
優秀発表賞(第31回日本音声学会全国大会)
王睿来(共同発表者:林良子、磯村一弘、新井潤) 「自己モニターを伴う日本語アクセントの産出訓練の効果 ―中国語母語話者を対象として―」
授賞理由:
 本発表は、日本語を学習する中国語母語話者を対象に、日本語アクセントの産出を自己モニターを伴いながら訓練することの有効性を検証した実験の報告であり、このような産出訓練には大きな効果があり、しかも非訓練語にも般化することを示す結果が得られている。中国語母語話者に対する日本語の発音教育に資するところが大きいと期待される。実験の設計と実施手順はいずれも適切であり、予稿の書き方、口頭発表での話し方、使用したスライド、いずれも明快でわかりやすいものであった。
2016年度
優秀論文賞
五十嵐陽介「名詞の意味が関わるアクセントの合流―南琉球宮古語池間方言の事例―」第20巻 第3号、46-65頁
授賞理由:
 本論文では、まず、これまで知られていなかったタイプのアクセント変化があることを明らかにした。語の意味特徴が関与するというものであるが、池間方言においては、これまでに知られていた、特定の意味を共有する語の集合が同一の型に変化するというタイプのものとはまったく異なり、特定の意味を共有しないという条件によって語のアクセント変化がもたらされた、ということを示した点で大きな新規性がある。これによって南琉球語のアクセントに関わる問題の説明がつく。また、分析においては韻律語という概念の重要性が示されるなど、総合的に見て音声研究のみならず言語研究の広い分野に影響を与える重要な論文である。
優秀発表賞(第30回日本音声学会全国大会)
五十嵐陽介(共同発表者:平子達也) 「「肩・種・汗・雨」と「息・舟・桶・鍋」がアクセント型で区別される日本語本土方言 ―佐賀県杵島方言と琉球語の比較―」
授賞理由:
 本発表は、従来琉球諸方言にしか存在が確認されていなかった、2拍名詞B系列とC系列の区別が、本土方言である佐賀県杵島方言に存在するという新事実を提示し、日琉語族の系統に関する従来の説の見直しを提言したものである。調査語彙の選定、結果の整理など基礎的な手順を慎重に踏み、新事実を説得的に示した。また、当該分野以外の聴衆にも理解しやすいように、前提事項や調査分析のプロセスを整理して丁寧に説明するとともに、論のポイントを明確に主張した。内容の新規性・展開性、発表方法ともに優れたものとして評価した。
小西隆之(共同発表者:矢澤翔、近藤眞理子) 「日本人英語学習者の挿入母音の持続時間長に関する研究」
授賞理由:
 本研究はL2 英語音声コーパスを用いて初級と上級の日本人英語学習者の英語発話における母音の持続持続時間長を比較し、上級話者の挿入母音(平均 56ms)の方が初級話者のもの(平均 73ms)よりも有意に短い(t(743) = 7.1875, p < .01)ことを明らかにしたものである。日本人英語学習者の英語発話における挿入母音の問題については、日本人英語学習者の母音の誤挿入率が習熟度の上昇と共に低下すること、一方挿入される母音の音質は習熟度が上昇してもあまり変化しないこと(Yazawa et.al. 2015)、習熟度にかかわらず英語のストレス対立に母音の音質を用いていないこと(Lee et al. 2006; Kondo 2009; Konishi & Kondo 2015) 等が既に明らかにされている。本研究により、上級英語学習者は挿入母音の持続時間長も初級話者のものより短くなり、発話がより英語のリズムに近づいていくことが新たに示唆された。本発表は研究デザインが十分に練られており明瞭な発表であったこと、日本人英語学習者の英語発話リズム習得過程の解明に十分に寄与する研究であるという理由から、優秀発表賞に相応しいと評価した。
学術研究奨励賞
成果の名称: 「声道模型とそれを用いた音声教育のための電子教材Acoustic-Phonetics Demonstrations」
応募者:荒井隆行(上智大学理工学部)
推薦者:川原繁人(慶應義塾大学言語文化研究所)
授賞理由:
 荒井氏は、すでに千葉・梶山が測定した声道データに基づいた声道模型を復元し、国内外の多くの教育機関、研究機関、あるいは博物館等で採用されて、音声学の教育に多大の貢献をするとともに、千葉・梶山の先駆的業績の発信に寄与してきた。近年では、さらにホルマントとの関係をより直感的に把握しやすい3管声道モデルやスライド型モデルなどへの拡張、また3Dプリンタの出力用STLファイルの公開など、音声教育用教材の開発をいっそう発展させている。
 また、音声生成の音響的かつ音声学的教育のためのデモンストレーションをWeb上で公開するなど、社会の多くの層に音声生成の仕組みを理解してもらうというソフト面での貢献も大きい。さらに、これら教材開発、教育方法の内容は、国際会議等の発表や論文化がなされており、国際的業績も大である。
 以上の理由から、荒井隆行氏の「声道模型とそれを用いた音声教育のための電子教材」を2016年度の授賞としたい。
2015年度
優秀論文賞
松井理直「日本語の母音無声化に関するC/D モデルの入力情報について」第19巻 第2号、55-69頁
授賞理由:
日本語の母音無声化に関する生成と知覚実験の結果に基づいて,中枢での音形指定から調音運動と出力音声を体系的に結びつけるC/D モデル(藤村,1992, 2007, 2015)の入力情報表現について新たな提案を行った論文である。まず,日本語の無声化母音は摩擦母音というべき母音の異音であること,ウ音の変異音としての摩擦母音は[s]音,イ音の変異摩擦母音は[ɕ]音の性質に近いことを実験的に論じている。次に,母音無声化を例としてC/D モデルを検討し,その入力情報は藤村の提案通り音素単位でなく音節単位であること,音節は母音や子音の調音運動を指定する必要最小限の原子要素の集合で表され,語は音節集合のリストとして表現され得ること,音節集合は音節量の単位であるモーラを明示的に内包すべきであること,素性の過小指定は原子要素の性質から自然に表現され音声現象に具現化され得ることを示している。 離散的記号が連続的音声信号にどのように変換されるのかという音声研究の歴史的課題に取り組み,抽象的表現から調音運動と音声実態を導く理論を実験結果に基づいて丁寧に論証しており,論文賞に相応しいと評価した。
優秀発表賞(第29回日本音声学会全国大会)
該当無し
学術研究奨励賞
(1) 成果の名称: マイボイス:難病患者様の失われる声を救う
応募者:川原繁人(慶應義塾大学言語文化研究所准教授)
推薦者:北原真冬(早稲田大学法学部教授)
受賞者:川原繁人ほか8人
受賞者一覧(50音順)
荒井隆行(上智大学理工学部情報理工学科教授)
今関裕子(都立神経病院リハビリテーション科マイボイス編集事務)
川原繁人(慶應義塾大学言語文化研究所准教授)
杉山由希子(慶應義塾大学理工学部准教授)
本間武蔵(都立神経病院リハビリテーション科作業療法士)
増田斐那子(早稲田大学理工学術院助教)
松井理直(大阪保健医療大学保健医療学部教授)
皆川泰代(慶應義塾大学文学部准教授)
吉村隆樹(パソボラ こころのかけはし)
授賞理由:
本申請は、発話が困難な方々が自分の声を失う前の録音音声を用い、自分の声で音声コミュニケーションを可能にするソフトウェア「マイボイス」の開発と、それを用いた活動全般である。本申請内容の社会貢献は非常に大きい。例えば、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患った方が自分の声を失う前に日本語基本モーラ等を録音しておくことで、声を失った後も家族や周囲の人と「自分の声」で会話を続けられるようになる。
「マイボイス」が画期的である点は、自分の声を大事にしていること、無償であること、録音の負担が最小限に留められていること、準備や操作が容易であること、発話内容もカスタマイズできるところなどである。そして、このマイボイスについては、さまざまなソフトウェアの改良、録音作業の実施、啓蒙活動などが展開されている。
それらの活動の成果と音声学に関する貢献は、次のようにまとめられる。1)すでに200人以上の声を救い、本人が自らの声でメッセージを伝えることを可能にし、家族を含む介護者との間に繰り広げられる音声コミュニケーションを支援している。2)日本語におけるモーラベースのテキスト読み上げ音声合成技術を通じ、音声学的な知見を取り入れることによる音声の品質改善が行われている。3)近赤外線分光法を用いて、「自分の声で発すること」に対する意義を神経学的なアプローチにより解明している。4)音声学の授業等でマイボイスの取り組みを取り上げることにより、「音声学の社会貢献」を若い世代に伝え、将来の音声学の発展に寄与している。
マイボイスに関連した取り組みは、音声学の発展と普及に大きく貢献し、本賞の趣旨にも合っている。以上が本申請についての授賞理由である。


(2) 成果の名称:「「しまくとぅば」関連教材の作成と普及」
応募者:中本謙(琉球大学教育部教授)
推薦者:大野眞男(岩手大学教育部教授)
受賞者:中本謙ほか6人
受賞者一覧(50音順)
内間直仁(千葉 大学名誉教授、2014年逝去)
加治工真市(沖縄県立芸術大学名誉教授)
田名裕治(沖縄県教育庁立県立学校教育課指導主事)
仲原穣(沖縄県立芸術大学音楽学部非常勤講師)
中本謙(琉球大学教育部教授)
西岡敏(沖縄国際大学総合文化部教授)
野原三義(沖縄国際大学名誉教授)
授賞理由
本申請が本賞授賞に値する優れた点は3つある
1.2009年、ユネスコに消滅の危機に瀕した言語に指定された琉球方言を母方言とする沖縄県の若者に向けて編まれた教科書である。琉球方言の音声的特徴は、日本語方言の中でも特徴があり、小さな島の中でも小字が違えば音声や音韻体系が異なることが知られている。方言研究では音声学が必須であるが、琉球方言は、音声学的基礎がなければ、研究も習得も不可能であるといってよい。このうち、国頭方言(本島北部)、那覇方言(本島南部)、宮古の方言は、ユネスコでは「危機」指定であり、八重山方言と与那国方言は、「重大な危機」に指定されている。沖縄県民の方言に対する理解を深め、継承・保護を目的として、方言音声に十分な配慮をして沖縄県の全高校生、中学生、小学生に配付されている。
2.琉球方言の話し手で、かつ琉球方言研究に長年の経験のある優れた言語研究者によって編まれたもので、解説の内容が記述言語学的に裏打ちされていること。編者は、伝統的琉球方言の話し手であるベテランの研究者と、伝統方言を継承しない中年層の話し手の気鋭の研究者の観点が入った共同作業である点も優れている。高校生向けの解説書を例に挙げれば、第一章が、日本語の中での「琉球方言」の位置づけ、音声特徴(母音、子音)の概説、文法特徴、語彙特徴、琉球方言の方言区画が平易に説かれる。第二章は、那覇方言と、宮古方言(佐良浜方言)の概説で、それぞれの方言の音声(母音と子音)や音対応、文法の活用や助詞・助動詞の記述、語彙等の解説がある。第三章は、琉球方言の若年層で行われるウチナーヤマトゥグチについて、音声特徴、文法、語彙特徴や、気つきにくい方言について説く。ウチナーヤマトゥグチとは、伝統的方言が失われた琉球方言の中で、新しく沖縄の地方共通語として広まっている生活語で、音声的にも特徴がある。また、音声学を知らない生徒に、琉球方言をカナで表記する工夫をした五十音図を付すが、音韻論的に裏打ちされた仮名遣いである。
3.沖縄中南部、沖縄北部、宮古方言の具体的方言音声がCDで提供されていること。方言音声提供者は、当該方言の生え抜き話し手である。方言音声の使われる場面を設定し、那覇方言、国頭方言、宮古方言の各地点で比較できるように収録されている。音声と共通語訳がついていて比較しやすい。国語教材として方言の単元はあっても、どのように教えればいいのか戸惑う教育現場の声は、よく聞かれる。この音声CDは、教育現場で指導する際の福音となる。ウチナーヤマトゥグチの話し手は、今でも、全国共通語との差に気後れすることが多い。母方言の教育は地域のアイデンティティ確立に貢献する。
2014年度
優秀論文賞
吐師道子・小玉明菜・三浦貴生・大門正太郎・高倉祐樹・林良子氏「日本語語尾撥音の調音実態: X線マイクロビーム日本語発話データベースを用いて」第18巻 第2号,95-105 頁
授賞理由:
本研究は X 線マイクロビーム日本語発話データベースを用いて語尾撥音/N/の調音実態を解析し,語尾/N/の調音位置は自由度が高く発話者間変動が大きいこと,従来の主たる仮説であった口蓋垂鼻音だけには限定されないことを定量的 に示したものである。
本研究の評価すべき新規性のひとつは,17 名に上る発話者の調音実態を定量的に解析し、調音の個人性,多様性,柔軟性を立証した点にある。単一の発話者を対象とした従来の研究では困難であった成果であり,調音動態研究におけるデータベース活用と定量的実証研究の進展に寄与すると評価した。
文章も明快で,当該領域以外の読者にも理解しやすいように書かれており,調音音声学のみならず音声学・音韻論を扱うすべての研究者にとって大きな刺激を与える内容になっている。
優秀発表賞(第28回日本音声学会全国大会)
阿栄娜(共同発表者:酒井奈緒美、森浩一) 「吃音者の阻止(ブロック)の頻度―シャドーイングと復唱の比較―」
授賞理由:
 吃音のブロックにシャドーイングがどのように関与するかを厳密に調べた研究で、シャドーイングが有用であ る可 能性を示した。研究の射程が明確で、結果も明瞭であった。質疑に対する応答も適切であった。
学術研究奨励賞
応募無し
2013年度
優秀論文賞
森 浩一・蔡 暢・岡崎 俊太郎・岡田 美苗「カタカナ単語読み上げの神経機構と発達性吃音成人の脳活動パタンの特徴」第17巻 第2号29–44頁
授賞理由:
 本論文は、カタカナで表記された単語を読み上げるときの脳活動を機能的MRIで計測し、吃のある人とない人との脳活動の違いを明らかにした。親密度を統制した単語と偽単語を視覚提示して読み上げる課題を行い、読字の脳機能モデルであるDRCモデルとの整合性を考察している。学際性の高い音声学会にとって専門分野の垣根を超えて日本語音声や発話の中枢機構に関する知的好奇心を刺激する論文であり,今後のさらなる進展を期待させる論文である。
優秀発表賞(第27回日本音声学会全国大会)
ヴァフロメーエフ・アナトリー 「日本語母語話者のL2ロシア語における無声舌頂閉鎖音の音響特性と素性」
授賞理由:
 本研究は、ロシア語母語話者と日本語を母語とするロシア語学習者を対象に、口蓋化破裂音と破擦音がどのように産出されているか実験的に検討したものである。ロシア語母語話者が両音を明確に区別しているのに対し、日本語母語話者は区別できていないことを明らかにした。予稿集の内容も充実しており、口頭発表も明瞭でわかりやすかった。また質疑に対する応答も適切であった。
学術研究奨励賞
成果の名称: 「オンライン日本語アクセント辞書の開発と普及」 http://www.gavo.t.u-tokyo.ac.jp/ojad/
受賞者: 峯松信明,平野宏子,中川千恵子,中村則子,田川恭識,中村新芽,広瀬啓吉,橋本浩弥,水上智之,鈴木雅之
授賞理由:
本研究成果の授賞理由は、以下の5点としてまとめられる。
  1. 「オンライン日本語アクセント辞典」の開発は、音声合成の知見を教育に応用したもので、教育的に非常に価値が高い。アクセントの基礎研究と応用が結びついた成果として評価できる。
  2. 公開後も、教員や学習者のフィードバックを踏まえた改良を重ねてきた実績をもち、継続性・発展性という点においても評価できる。
  3. 教室内での活用方法の提案や学習者の自律的学習の促進、講習会などの開催による普及活動の面での実績がある点も評価できる。
  4. 日本語学習者が自由にアクセスして、すぐアクセントを聞き取り・確認できるよう、ユーザーフレンドリーな環境整備にも努めており、社会的波及効果が期待される。
  5. 複数言語版の運用がはじまっており、大きな波及効果が見込まれる。
2012年度
優秀論文賞
五十嵐陽介・田窪行則・林由華・ ペラール トマ・久保智之氏「琉球宮古語池間方言のアクセント体系は三型であって二型ではない」第16巻第1号134–148頁
授賞理由:
 本論文は,琉球宮古語池間方言は語の長さにかかわらず2種類のアクセント型しか持たない二型アクセント体系を有するという旧説に対して,それが三型であることを名詞アクセントの多角的な検討を通じて示し,宮古語のみならず南琉球グループ全体のアクセント史研究を進展させたものである。
 本研究の評価すべき新規性のひとつは,名詞の3種類のアクセント型の違いが単独発話時やそれに助詞が接続する環境ではなく,「名詞+2モーラ助詞+述語(文末)」という環境で顕在化することを発見したことである。これは,アクセントの類型論的な面で池間方言の特異な共時的性格を明らかにしただけでなく,単語レベルの現象であっても文における実現形の中でとらえるという,本来あるべきアクセントの研究方法の有効性を示した点で日本語方言アクセント研究全体にも資するものである。 
 また,3種類のアクセント型が存在することを,音響分析で得られた高さデータの多変量分散分析とクラスター分析を通じて示している点にも方法論的新規性がある。
 文章も明快で,当該領域以外の読者にも理解しやすいように書かれており,音声学のみならず音韻論や文法を扱う言語学者にとっても大きな刺激を与える内容になっている。
優秀発表賞(第26回日本音声学会全国大会)
青井隼人「宮古多良間方言の三型アクセント体系」
授賞理由:
 本研究は,絶滅の危機に瀕して,話者が減少している南琉球の多良間方言のアクセントについて,現地に赴き,堅実な記述調査を行ったものである。先行研究の成果を踏まえ,複数の助詞を調査語に用い,さらなる詳細な分析を試みた。その結果,フット構造やアクセント型の中和という視点を導入しながら,当該方言が三型アクセントであることを説得力を持って提示した。また,発表の方法も非常によく準備されており、簡潔で説得力があった。実際の方言音声を,音響分析による基本周波数曲線とともに聞かせたことも,分かりやすい発表として評価した。
鮮于 媚(共著者:張えん龍・加藤宏明・匂坂芳典)「タイミング制御特性に着目した非母語話者の日本語音声の評価―日本語の長短音素を中心に」
授賞理由:
 本研究は,日本語の長短音素の非母語話者による音声実現について,客観的な評価基準を提案したものである。母音の開始点のインターバルを時間制御のマーカーとして採用し,主観的評価との相関を検討している。提案法は,モーラ長を基準とした従来法よりも,主観的評価とより高い相関を示すことが示されている。研究の課題,手法,結果の提示ともに明瞭で,一つのまとまりのある成果発表として評価できた。
学術研究奨励賞
成果の名称: 基礎資料「発声と声帯振動 -ファイバースコープを用いた観察-」
http://www.speech-data.jp/phonation/index.html
受賞者: 林良子、坂井康子、金田純平
授賞理由:
 本申請は発声の仕組みを理解するために、各音声器官と声帯振動についての映像・音声を言語教育・音声教育の基礎資料として提供するもので、正常発声のみならず、「逸脱した」発声についてもカバーしている。「研究発表等ではその業績が評価されにくい成果」であり、本賞の趣旨にも適合しているものと判断される。研究成果と教育的意義の両方を持ち合わせ、音声学への貢献度も高く、また言語学、外国語教育、音声言語医学分野などにまたがる学際的な成果でもある。Web上でも公開を予定されているとのことで、それが実現すればさらにインパクトが高いものになることが予想される。
2011年度
優秀論文賞
新田哲夫「福井県三国町安島方言におけるmaffa《枕》等の重子音について」第15巻第1号
授賞理由:
 本論文は福井県三国町安島方言にmaffa(枕),ffoi(黒い),ssoi(白い),abba(油)のような重子音が見られることを臨地調査にもとづいて報告し,当該方言についての文献資料や他の本土方言の事例を参考にしながら,これらの重子音の成立過程について説得力の高い提案を行っている。また,そうして推定した重子音の成立過程が,琉球方言における音変化についての通説的仮説を再検討するための手がかりになりうることを指摘している。
 聴覚的に判断しやすいものとはいえ,考察の対象となる音声が確かに重子音であることを画像や音響的証拠により示していない点は惜しまれるが,琉球方言を含めた日本語全体を視野に入れて音変化の類型性を探り,推定した音変化プロセスの妥当性を裏付けようとする姿勢は,個別方言の記述研究に終始しがちであった従来の方言音声研究とは一線を画する意欲的なものである。また,琉球方言についての指摘が,異論の余地を残しつつも今後の発展的議論の引き金となる可能性を有している点も評価に値する。
前川喜久雄「PNLPの音声的形状と言語的機能」第15巻第1号
授賞理由:
 かつて大石初太郎氏が「あと高型」のプロミネンスと呼んだ現象を句末イントネーションとして再定義したのがPNLP(Penultimate Non-Lexical Prominence)である。本論文は『日本語話し言葉コーパス』におけるその出現環境について,発話単位内の位置との関係に注目して分析し考察を行っている。結果として,日本語話者は数秒から10数秒におよぶ談話単位のまとまりを示す,あるいはその終了が間近であることを予告するために,必要に応じてPNLPを生成している可能性が高いことを述べる。  提示された結果はPNLPの特徴のひとつを示すものであって,著者自身も書いているように残された課題も少なくないが,内省や読み上げ文の分析からは想像困難な意外性の高い結果であり,談話音声コーパスの特性を有効に利用した新規性の高い研究である。データの処理法や検証方法にも参考になる点が多い。
優秀発表賞(第25回日本音声学会全国大会)
安 啓一 (共著者:荒井隆行・小林 敬・進藤美津子)「語頭の無声摩擦音・破擦音識別におけるcuetrading―摩擦部の持続時間と振幅に着目して―」
授賞理由:
 本研究は,音声知覚における若年者と高齢者の差を明らかにすることを目的として,無声摩擦音・破擦音の識別実験を行い,摩擦音と破擦音の識別のキューとして,「摩擦部の立ち上がりの傾き」と「摩擦開始部の立ち上がり時間+摩擦定常部の持続時間」の2パラメタが重要であること,およびこの2パラメタ間にトレーディング関係があることを明らかにした。また高齢者では,このトレーディング関係における,摩擦部の立ち上がりの傾きの重みが弱まることも明らかにしている。緻密な実験に基づいて,音声知覚の特性に関する明確な知見を得ている点,および音声知覚の加齢変化を科学的に明らかにして音声科学に対する社会的要請に応えた点を評価した。
2010年度
優秀論文賞
前川喜久雄「日本語有声破裂音における閉鎖調音の弱化」第14巻第2号
授賞理由:
 本論文は現代日本語の有声破裂音/b/ /d/ /g/における閉鎖調音弱化の実態と要因を「日本語話し言葉コーパス」を用いて詳細かつ精緻に検討したものである。従来示唆されていたような語内位置(語頭かどうか)という要因ではなく,調音を行うためにどれだけの準備時間を確保できるかが破裂性の有無を決定づける大きな要因であることを説得力をもって示しており,今後調音音声学の分野で多く引用されることになると思われる。また本論文はコーパスを利用することの意義を読者に知らしめ,その効果的な利用方法を提示しているという点でも評価され,『音声研究』誌の模範とするにふさわしい論文と認められる。
優秀発表賞(第24回日本音声学会全国大会)
武内真弓(受賞者)・五十嵐陽介「中国語普通話の軽声にみられる特異な声調実現:人称代名詞,および軽声が連続する場合」
授賞理由:
 この論文は,現代中国語において,声調が複数の音節を単位として生じる現象を分析している。武内氏と共著者の五十嵐陽介氏は,すでに日本音声学会第23回全国大会での発表によって、現代中国語にこの現象が存在することを指摘していたが,そこで分析対象としたのは,語としては疑問詞だけ,声調としては「二声+軽声」と「三声+軽声」に限られていた。
 本研究は,この先行研究を発展させて,同じ現象が人称代名詞と普通名詞にも観察されること,また,「一声+軽声」にも生じることを確認して報告したものである。
 企画委員会では,比較的に調査がいきとどいていると考えられていた現代中国語の声調にも未解明の興味深い問題が存在することを指摘した点,堅実な実験手法によって現象の実在性を明確に示した点,ならびに,とりあげている問題に将来の発展性が認められる点を評価して,優秀発表賞にふさわしいと判断した。
2009年度
優秀論文賞
該当なし
優秀発表賞(第23回日本音声学会全国大会)
鮮于 媚(受賞者)・田嶋 圭一・加藤 宏明・匂坂 芳典「韓国人日本語学習者による日本語の促音の聴取訓練の効果―聴取訓練後に見られる生成の般化作用を中心に―」
授賞理由:
 本研究は韓国語を母語とする日本語学習者に最も困難と言われる促音の効果的な聴取訓練方法を確立するために,聴取訓練を実施してその学習効果の範囲を検証した。
 学習者を2グループに分け,促音・非促音のミニマルペア15対(30語)組と長音・非長音のミニマルペア15対(30語)についての聴取訓練を発話速度を変化させて受けたグループと,一定の発話速度で聴取訓練を受けたグループについて訓練前後のテストを比較した。
その結果,促音については聴取テストでは発話速度を変化させたグループと一定の発話速度によるグループでは有意な差が見いだせなかったが,変化させたグループでは早い発話速度における長音・非長音の聴取能力が向上する傾向が見られた。
 また,訓練を受けなかった学習者と訓練を受けた学習者では明確に違いが見られた。さらに,生成の面でも促音と非促音の子音持続時間の差や,長母音と短母音の持続時間の差が大きくなるという結果が得られた。  特殊拍について着目して特に訓練を行うことにより,韓国人学習者の拍意識が高まるという方向性を見出した点に意義がある研究である。
 発表の仕方,質疑応答の態度についても高く評価された。
2008年度
優秀論文賞
郡 史郎「東京方言におけるアクセントの実現度と意味的限定」第12巻第1号
授賞理由:
 東京方言アクセントにおける弱化・非弱化の現象が,どのような規定要因によって生起しているのかに関して,実証的データに基づいて検証した論文である。このアクセントの弱化は「枝分かれ構造のような統語構造」の制約によるものである,という従来の指摘に対して,「意味的な限定の有無」がその実現を規定するという新たな考え方を提唱している。
議論にあたっては,「統語構造による制約」であるとする先行研究の追試実験を行って,そこで検討すべき問題点を整理した上で,「意味的な限定とアクセント弱化の関係」についての発話試料の分析や合成音声を用いた聴覚実験を行っている。そこでは「統語構造の制約」と「意味的な限定」を対比し,系統的に計画した実験を行うことで,実証的データに基づく反証に成功している。
 音声の産出と知覚の両面から実験によって確認した信頼性の高い論文である。
 合成音声を用いた実験の手法や,統計指標の扱いにはさらなる改善の余地があると思われるが,アクセント弱化の現象に係わる新たな考え方の提唱にあたり,科学的な反証手続きに則って,系統立てて整理された実験の結果を通して議論を深めている点は,高く評価できる。
 「非限定的修飾と限定的修飾の言い分けがなされていないケース」を議論せざるを得なかったように,「意味的な限定の有無」の定義そのものには,まだ揺らぎがあるように見受けられる。その点に関しては,統語構造による制約の立場からの実証的な反論も可能であるかもしれない。しかし,本論文で体現されている科学的な反証可能性に基づく研究姿勢が守られる限り,そのような反駁と対峙する切磋琢磨の中で,将来的にさらに洗練された論理的な研究の展開も期待できる。それは,今後の音声研究の真の意味でのさらなる発展可能性を示すものである。
 また,一型アクセント地域でも,2つの環境で文音調が異なることにも触れられていて,イントネーションの普遍性の解明にも繋がる研究である。
優秀発表賞(第22回日本音声学会全国大会)
皆川 泰代(受賞者)・Franck Ramus・佐藤 裕・馬塚 れい子・Emmanuel Dupoux「4ヶ月児における音声,非音声に対する脳反応の側性化」
授賞理由:
 本発表は,特に日本で進んでいる脳機能測定技術である近赤外分光法(NIRS)を用いて4ヶ月児の母語,非母語,情動音声,サルのコール,コントロール刺激の5条件の音声処理を検討した研究である。
生後間もない乳児の脳はどのような環境にも適応できる様々な潜在能力を秘め,発達と共に生まれた環境に脳をチューニングしていくことが知られているが,本研究は世界で初めて4ヶ月で母語に適した脳内機構が出来ていることを示した。
 またその一方で,動物のコールに弱い脳反応しか示さない成人と異なり,乳児はまだ異種のコミュニケーションコールに反応する脳の柔軟性が残されていることも示唆した。
 この研究は音声の発達と進化そしてその生物学的基盤について新しい知見を示した意義ある研究である。  発表の仕方,質疑応答の態度についても高く評価された。