背景と重要性


 
本事業の先端性・学術的重要性

ヨーロッパへの周辺地域からの移民・難民の最近の急激な増加を見るまでもなく、《移住の活発化》、《多文化化》、《福祉国家の揺らぎ》という先進諸国が直面する3 つの社会的変動は、少子高齢化という人口動態と相まって、日本やEU に社会の持続可能性に関わる深刻な懸念を引き起こしている。国境を越える大規模な〈人間の移動〉は、受入国において国境監視の問題のみならず、政治的・社会的・経済的不安定の問題を惹起しているだけではない。多文化化は、特に地方都市において、産業構造の変化、若年世代の流出、中心市街地の衰退と重なり合い、受入社会と移住者との間の摩擦を生み出し、地域共同体を分断しつつあると警戒されている。他方で、多文化化は、受入社会の不安定化と保守化を招くにとどまらず、福祉国家の基盤たる市民の連帯感を揺るがしかねないと危惧されている。他方、人間の安全保障という観点からは、移住者とその家族の基本的人権と福祉に関しても、早急な制度的手当てが求められている。
 
このような最新のグローバルな諸課題に対して、日本、アジア、ヨーロッパの研究者が結集して、共同の調査と討議を行い、観点と背景の相違を越えて、新たな安定的なコミュニティ・生活圏を構築するための知見や提言を発信することは、わが国の学界と行政のみならず、多様な発展段階にある世界各国の研究者や政策策定者にも裨益するところが大である。神戸は1868 年の開港以来、わが国における近代化と多文化化の先駆けの役割を果たしてきた。神戸大学国際文化学研究科が、EU 圏とアジア・太平洋圏の研究者を架橋する研究拠点として機能することは、世界的な「多文化化」研究の進展への重要な寄与になろう。
 

本事業を実施する意義

EU の場合、EU 周辺での政治的・経済的破綻と、それに伴う移民・難民の流入とによって、国内の治安問題と国際的安全保障問題の境界線が消失し、言わば「不安定のボーダレス化」という状況が生じている。こうした状況の中で、EU では、移住者に対する受入社会の市民の不安を緩和し、マイノリティを包 摂する地域コミュニティを構築するために、多文化化と福祉国家の両立をめざす社会統合政策が提言されてきている。他方、アジアでは、経済連携協定によってフィリピン、インドネシア、ベトナムが日本に看 護師・介護福祉士候補を送り出しているほか、タイが介護福祉士候補の受入れを要請している。国境を越えて行われるケア労働の外部化は、わが国における再生産労働の変容を象徴するものである。さらに、わが国では、南米系移住労働者の定住増加のため、その子弟たる外国人生徒の数が急増しているが、彼らの高校・大学への進学率が顕著に低い地域が存在するという新しい深刻な教育格差の問題が発生している。
 
このような社会的背景・現状に鑑みれば、移住労働者の受入社会としてEU 社会と諸課題を共有するわが国が、送出し社会たるアジア諸国の研究者と研究交流を推進しつつ、EU の社会統合政策の現状にも詳しいヨーロッパ各地の研究者と連携を深めることは、わが国の社会的課題の解決にも極めて重要である。
 

本事業に期待される学術的成果 

本課題の経費支給期間である5 年間に、本プロジェクトは共同研究・調査と研究者の相互派遣を恒常的に実施するだけでなく、毎年、平均2 回の国際シンポジウム又はワークショップを世界各地で開催し、相 互の研究発表と共同討議を通じて、「日本、EU 、アジアの社会が、進行するグローバル化と移住の活発化 のもとで、伝統的なコミュニティを超えて、新たな持続的な生活圏(コミュニティ)を構築するには、いかなる知見と政策が必要か」という問題を追究していく。移住労働者の受入社会であるEU と日本とは、ともに先進国であるがゆえに共有する社会的課題も多いが、地政学的影響及び歴史の異同に基づく認識や政 治状況の相違も大きい。したがって、共同研究と意見交換のさらなる促進によって、相互の学術的知見や 政策的提言のレベルがいっそう向上することが期待できる。
 
例えばEU では、EU 周辺の著しい政治的不安定化が移民問題の発生を引き起こしている一方、先進諸国の少子高齢化や地方都市の空洞化・人口流出等が危惧されているという現状に鑑み、福祉・社会政策についても国民国家を超えたEU レベルでの対応が必要だという主張も唱えられている。移民及び異文化と の共生を促進し、福祉国家体制を維持して、「不安定」要素を軽減するため、様々な政策面での「欧州化」 (Europeanization)、すなわち欧州地域内での国際的標準化も図られつつある。「このような国境を越えた 規範形成がそのままアジアに応用できるのか、できないとすればその要因は何か、応用しうるとすればどのような修正が必要か」というような問題設定自体が、重要な論争点になりうる。このような規範形成モデルがアジアの研究者に何らかの直接の示唆を与えるのか、またEUとアジアとの比較を通じ日本がアジ アの中でいかなる役割を果たすべきかを、この国際的研究ネットワークの中で討究することは、日本、アジア、EU の三極間における新たな認識と合意の地平を切り拓くことへとつながるであろう。