2005年度アメリカ社会論優秀答案 3

第二次大戦参戦直前まで孤立主義を保ってきたアメリカも冷戦期には完全に脱却し、対ソ戦略として通常戦略と核戦略を併用するようになった。通常戦略としては、敵国または潜在敵国の周辺に米軍を常駐させる「前方展開戦略」をとり、核戦略としては、アイゼンハワー政権のダレス長官が提唱した「大量破壊戦略」をとることとした。この「大量破壊戦略」は限定的な侵略に対しても大規模攻撃で反撃するというものである。核戦略は時代とともに変遷し、1961年ケネディ大統領は、核、非核、ゲリラ戦など全ての紛争に対応できるようにする柔軟反応戦略の構想を打ち出した。さらに4年後の65年には相互確証破壊戦略(MAD)が打ち出され、軍事技術の発達により、米ソ共に奇襲攻撃でお互いの核報復能力を事前に破壊することができなくなった。この「第二撃」能力の保持が「核の手詰まり状態」を引き起こし、冷戦期を支える基本軍事戦略となったのである。ベトナム戦争の挫折を経て、ニクソン政権は軍事的コミットメントの縮小を方針として、従来の対中ソ全面戦争+地域紛争を想定する「2 1/2戦略」に代えて、米中国交樹立を踏まえての「1 1/2戦略(=対ソ全面戦争+地域紛争)」へと変更した。また1972年にはソ連とABM条約やSALT1を締結するなど「デタント政策」が展開された。デタントの背景としては、アメリカ側は中国との接近よりソ連を封じ込める意図があり、ソ連側はアメリカとの長距離核兵器などの戦略的対等性の実現を背景に、その対等性をアメリカに承認させようという意図があった。しかしこうした米ソ間の均衡関係も79年のソ連のアフガニスタン侵攻により崩れ去る。ソ連の膨張主義に対抗する「強いアメリカ」を唱えるレーガンは、1983年にスターウォーズ構想と呼ばれるミサイル防衛システム構想を打ち出した。これは飛来するICBMをいくつかの段階にわたる非核の高度な防衛システムで迎撃。無力化するものである。こうした構想が打ち出された背景としては核抑止力の信憑性が不安視されたことや、アメリカの先端技術への信頼が高かったこと、また国民を人質にとるような核抑止戦略の「道徳性」に疑問が投げかけられたことなどが挙げられる。この戦略はABM条約を含めて、「第二撃能力」を確保することにより米ソ関係の核の「恐怖の均衡」を保つというMADの前提を崩す構想であった。このようにレーガンは「新冷戦」的姿勢をとったが、85年にはソ連で「新思考外交」を掲げるゴルバチョフ政権が誕生し、6年ぶりの米ソ首脳会談、86年のレイキャビック会談決裂を経て、87年には初の核兵器「削減」条約であるINF全廃条約が調印された。これにより米欧摩擦の材料であったディカップリングの問題も解消された。レーガン・ゴルバチョフ外交については様々な評価があるが、大胆な政策転換ができたのは、両リーダー間で信頼関係が構築されていたことが挙げられよう。こうした米ソの戦略核兵器における二極構造はブッシュ現大統領とプーチン大統領の間で2002年に締結された戦略攻撃兵器削減条約でも一見維持されているように見えるが、締結後にアメリカがABM条約から離脱したり、米本土ミサイル防衛構想や先制攻撃ドクトリンを展開していることなどにより、冷戦期の「抑止と均衡」の安全保障戦略から大きく変質してきているといえるだろう。2001年の911テロ事件によってもアメリカの安全保障戦略は転換した。従来、犯罪と見なされていたテロを「戦争行為」とみなし、「非対称の脅威」に対処するという脅威の質的転換に対応することになった。つまり冷戦期の仮想敵と違い、脅威の対象が特定不可能で、手段も拡散しており、主体の意図も不明確で、操作不可能になる中で、アメリカは1.ならず者国家やテロリストの大量破壊兵器獲得の早期防止、2.多種多様な攻撃に対して先制攻撃も選択肢に加えること、3.RMAによる米軍の能力的優位の確保などにより対応しようとしている。しかしこうしたブッシュ政権下における軍事安全保障戦略の新展開は、イラク戦争におけるアメリカの単独行動主義への傾斜が外交的孤立を引き起こし世界の秩序を不安定化したことや、アメリカによる小型核兵器の開発が核拡散防止体制の障壁になっていること、米本土ミサイル防衛がロシア、中国、欧州諸国との外交関係を悪化させる一方で、911型のテロを防止できないという脆弱性をもつなど、アメリカの安全保障をかえって危ういものにする脆弱性を内包している。ブッシュ大統領は本土防衛策を強化しようとしているが、これがナイのいう「ソフトパワー」、開かれた国アメリカの魅力を低下させ、アメリカ市民や外国人の人権・市民権の制限・侵害につながる恐れもある。冷戦期から911テロ後まで大きく変化してきたアメリカの安全保障戦略だが、いずれの場合も戦略の強化がかえって国民の安全を脅かしかねないというジレンマが常に潜んでいる点が一貫していると言えるだろう。

(寸評)
この問題については前提となる知識を授業でカバーしたため、きちんと覚えれば書き易い問題だったかもしれない。この答案は授業での知識を十分消化・記憶して、うまくまとめている。

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