2002/10/17
アメリカ社会概論
1.連邦国家アメリカの政治・外交システム

1.連邦国家アメリカの概観

アメリカ合衆国の推計人口は現在2億8826万人(2002年10月現在)で、そのうち2000年の大統領選挙時点では、18歳以上人口の63.9%に当たる、1億2千万9549人が有権者登録をしている。有権者人口が1億人を越える先進デモクラシーの国はアメリカを除くと日本だけである。またアメリカ各州の経済規模は州内総生産Gross State Productが示すように国家規模に匹敵し、各州知事は各国予算に匹敵する財政を運営している。州による制度的差異は我々が想像するよりもはるかに大きく、例えば教育制度も6・3・3制だけでなく、8・4制、5・4・3制など様々で、就学年齢も5歳〜8歳までと州によってバラツキがある(global standardどころかnational standardも定まってない)。各州は独自の憲法state constitutionをもち、「準国家quasi-state」的な性格を維持しており、またアメリカ国民も同時に州に強い帰属意識をもっており、9.11テロ以前の世論調査では、連邦政府よりも州政府の方が支持率が高かった。政治社会学者のシーモア・リプセットは、アメリカ合衆国を「最初の新生国家(The First New Nation)」と呼んだ。しかし英仏や日本などに比べると「若い」国家であるアメリカも世界最古の成文憲法(1787)をもつのであり、1790年代に近代政党を成立させていた点でも最古の「近代民主制国家modern democracy」であるといえる。1861〜1865年の南北戦争までは連邦と州の二重主権論Dual Sovereignty的な考え方が支配的だったが、戦争後の合衆国憲法修正第14条により、この立場は否定され、アメリカ人はまず第一に合衆国市民であり、派生的に州民であることとなった。アメリカ国家の発展は概括すれば、年表に示したように、連邦政府が@英仏両国から独立を維持し、州に対して優越権を獲得するまでの時期(ワシントン〜グラント)、A合衆国内でフロンティアを開拓し、国土を拡大していた時代(〜ハリソン)、Bアメリカが本格的に太平洋国家を目指した時代(クリーブランド〜フーバー)、Cアメリカが世界的な超大国になった時期(FDR)、D資本主義陣営を代表し、ソ連と対立した冷戦時代(トルーマン〜レーガン)、E冷戦が終結し、アメリカが唯一の超大国となった時代(ジョージ・H・ブッシュ〜現在)となろう。

2.経済と外交にみるアメリカの政治イデオロギー
<自由主義経済−「小さい政府」>
アメリカは自由主義経済を標榜し、政府の経済活動に対する介入は最小限であるべきだという哲学に強い影響を受けてきたが、アメリカ政府は資源・デザイン、生産・マーケティングなどの研究に多大な研究費を投じて、企業活動を支援し、連邦議会は数々の関税や輸入割当をアメリカ製品保護のために立法化し、連邦法は労働者に最低賃金を保証するといった形で政府が経済活動に関わってきた。政党でいえば、共和党は「小さい政府・自由主義・市場競争」を強調する立場であり、公的支出を縮小し、減税策をとる傾向にあり、民主党は(アメリカの文脈では)より社会民主主義的で、貧困や差別を是正するために政府が積極的な役割を果すことに肯定的である(リベラル)。政府が経済活動に積極的に介入するようになった大きな転機はニューディールである。

<世界認識・外交思想>
アメリカ外交には、@原理原則重視、Aイデオロギー的、B法律主義的などの特徴が指摘され、ヨーロッパ的な現実的・国益重視の外交と対照されてきた(例えばジョージ・F・ケナン著『アメリカ外交五〇年』)。また秘密主義的な宮廷外交に批判的だった建国期の立場を反映して、外交は行政部の専権事項ではなく、条約の締結には上院出席議員の3分の2の賛成が必要と憲法で定められ、外交への民主的参加・公開性の重視が当初から重視されていた。またアメリカ外交思想には大きく分けると、

@孤立主義 ―旧世界(ヨーロッパ)の紛争に関与せず、旧世界に関与させず。西半球Western Hemisphereの独立とアメリカの覇権を確立する(モンロー主義)→アメリカの国益重視のリアリスト外交、国際連盟、国際連合などの国際機関への参加、対外援助などには消極的な立場。外交行動としては「単独行動主義(ユニラテラリズム)」。19世紀的な孤立主義は第2次大戦後のNATOのような恒常的な集団安全保障機構への参加などにより放棄されたが、孤立主義的傾向は繰り返し現われ、共和党保守派の基本的な外交姿勢となっている。

A国際主義−第一次世界大戦期のウッドロー・ウィルソンの立場に典型的に見られるような、自由主義的な国際秩序の形成にアメリカが積極的な役割を果たすべきとする考え方。思想的にはリアリズムに対してアイディアリズムとされ、また国際機構の役割を重視することから制度主義Institutionalismとも呼ばれる。国際交渉方法は、マルチラテラリズム(多国間交渉主義)。またいわゆる「人権外交」もこの国際主義の立場に近い、の二つの流れがある。
→しかし特に同時多発テロ以後のブッシュ外交を観察していると、「単独行動主義」であるが、「孤立主義」でも「現実主義」でもないことが明らかである
→アメリカの国益を重視しつつ、独自のやり方で「世界秩序」を形成しようとする姿勢がある(「帝国」論の再燃=Michael Hardt and Antonio Negri. Empire. Harvard University Press, 2001)→しかしこの「覇権」=「帝国」維持の政治的・経済的コストが極めて高くなるために、国際的なコミットメントを必要最小限に限定して、国益を維持しようとする現実主義の立場に反する(アメリカも「双子の赤字」に悩まされた80年代には「国際公共財」論を展開して、「覇権」維持のコストを下げようとした)。その意味ではかつてソ連について言われたような「安全保障コンプレックス→過剰防衛論」の方がより当てはまるかもしれない(先制攻撃によって「脆弱性vulnerability」のレベルを下げようとする)。

図1 アメリカの外交思想

         <介入>
 <ウィルソン・国際主義><ブッシュ・ユニラテラリズム>
       <カーター人権外交>
協調>←─────────────────→<単独
<F・D・ロウズベルト>│<古典的モンロー主義>19世紀)
(第二次大戦参戦まで)
<クリントン初期>  
<孤立>

3.アメリカの政治システム−アメリカ政治の三本柱は合衆国憲法、三権分立、連邦制である。

<合衆国憲法>
Article I(連邦議会)
1.立法権=連邦議会、2.下院議員と課税、3.上院議員、上院議長、4.連邦議会議員選挙、5.連邦議会の規則、6.連邦議会議員の権限、7、下院の予算先議、8.連邦政府の権限、9.不当な課税・逮捕の禁止、10.連邦編入の条件
Article II(大統領)
1.行政権、大統領選挙、2.大統領は国軍の長、3.大統領の役割、4.大統領、副大統領の弾劾
Article III(連邦裁判所)                     
1.司法権=最高裁、2.連邦裁判所の管轄、3.国家反逆罪
Article IV(連邦制)
1.州の法令、記録、2.州の市民権、3.連邦議会と州議会の関係など、4、共和政体
Article V(憲法改正手続き)
Article VI(憲法=国の最高法規)
Article VII(9州の承認による発効)
修正箇条 Amendments
1.国教樹立の禁止、言論・出版・集会の自由、2.民兵、武装の自由、3.無断舎営の禁止、4.不当な捜索・逮捕・押収の禁止、5.大陪審によらない起訴・告発の禁止、6.刑事訴訟における陪審裁判の保障、7.民事訴訟における陪審裁判の保障、8.過度な罰金、残酷な刑罰の禁止、9.人民の諸権利の保障、10.州及び人民に留保される権限、11.連邦司法権の限界、12.大統領選挙方法、13.奴隷制の禁止、14.法の平等な保護、正当な法手続き(デュープロセス)、市民権の保障、15.黒人参政権、16.連邦所得税、17.上院の直接選挙、18.禁酒法、19.婦人参政権、20.大統領の任期、連邦議会の会期、21.18条の廃止、22.大統領三選の禁止、23.ワシントンDCの大統領選挙人資格、24.投票税の禁止、25.大統領職継承規定、26.18歳選挙権、27.連邦議会議員の報酬を変更する時期

この合衆国憲法は以上のように27回の修正を経て今日に至っているが最大の修正は本文の規定にはなかった権利章典Bill of Rights(修正1−10条)を追加したことである。

<連邦制federalism>
連邦制は中央集権制と連合制A Confederal Systemの混合形態である。アメリカ連邦制は、@戦争、外交、貨幣鋳造、州際通商interstate commerceなどは連邦政府の権限、A州の権限は修正10条−「連邦に委譲されず州に禁止されていない権限は、州あるいは人民に留保される」−教育、結婚、州内通商、運輸、教育、福祉など、B州と連邦の両方で行なっているのが、警察・徴税など、C連邦政府に禁じられているのが修正1−8条、D州政府に禁じられているのが修正14条「いかなる州もアメリカ合衆国市民の特権あるいは免責特権を損なう法律を制定したり施行してはならない。またいかなる州も正当な法手続き(due process of law)によらないで、いかなる者の生命、自由あるいは財産を奪ってはならない」→公民権運動の争点に。税制も連邦=所得税、州=消費税、地方=固定資産税と役割分担が明確。

表 各国連邦制の比較

アメリカ カナダ オーストラリア ドイツ

連邦政府の政体
元首
行政府の長

大統領制
大統領(任期4年)
大統領(14省の長官は大統領が任命)
立憲君主制
イギリス国王
首相
(議院内閣制)
立憲君主制
イギリス国王
首相
(議院内閣制)
連邦共和制
大統領
首相
(議院内閣制)

連邦と州の関係

憲法で連邦の権限を列挙、残りは州の権限

連邦と州の権限をそれぞれ列挙、残りは連邦の権限

連邦の権限を列挙、残りは州の権限

立法権は、主に連邦に、執行権は州へと機能的分担

州の政治制度

州知事、議会ともに公選(二元代表制)。州はネブラスカ州以外二院制。

州は一院制で、議院内閣制。州首相の上に法案拒否権をもつ副総督がいる。

州も二院制で、議院内閣制。州首相の上に副総督。

州は一院制で議院内閣制。州首相。

連邦議会選挙

下院は人口に応じて議席配分、直接選挙。上院は各州二名を州民による直接選挙で選出。

下院は人口に応じて議席配分、直接選挙。上院は連邦首相の推薦で総督が任命

下院は人口に応じて議席配分、上院は各州12議席、共に直接選挙

連邦議会(下院)は小選挙区比例代表併用制で直接選挙。連邦参議院(上院)は州政府が選出。

憲法改正への州の参加

改正には四分の三の州の賛成が必要。

十州中七州以上の賛成が必要。

@過半数の州で過半数の賛成とA全投票者の過半数の賛成の両方が必要

連邦議会および連邦参議院の三分の二の賛成が必要。

<権力分離 Separation of Powers>
アメリカは厳格な三権分立制をとっていて、政府の各部門の公職者は兼職できない。大統領は大統領選挙人団 Electoral Collegeによる間接選挙だが、事実上の国民公選で選ばれる(2期8年が最大)。連邦判事(終身)は大統領が任命、弾劾罷免は連邦議会が行なう。上院議員Members of the Senateは任期6年、公選で2年ごとに3分の1を改選、下院議員Members of the House of Representatives は任期2年、上院・下院議員は同日選挙で選ばれ、大統領選がある年は大統領選とも同時に行なう。大統領選挙がない年の選挙を中間選挙Midterm electionという(今年は中間選挙)。
抑制と均衡−大統領拒否権veto、弾劾裁判impeachment、司法審査制judicial review、とりわけ司法審査制が重要−「マーベリ対マディソン事件」(1803)で確立−連邦議会が制定した法律や大統領の行政命令、州議会が制定した州憲法や州法は合衆国憲法に違反しているか否かを裁判所が判断すること

4.アメリカにおける政治参加の特徴

アメリカにおける投票率は登録有権者人口からすれば8割以上になるが、人口全体からすれば6割を切っており、また中高年、高学歴、定住者に偏りがちである。
→アメリカは建国期から、こうした大規模デモクラシー(共和国)と草の根の直接参加の両立に腐心してきた。1890〜1920代にかけてのいわゆる「革新主義運動」の時代に、政党など職業的政治家の影響力を排し、住民の直接的な政治的発言力を高める政治制度が各州、各都市で導入された。
例えば
Popular referendum (住民レファレンダム)
 議会が制定した法律の施行を遅らせたり、阻止するための住民投票。5−10%の有権者が請願に署名すれば、法案は住民投票にかけられることになる。現在、25州で採用
Initiative イニシアティブ(住民発案)有権者の請願により法案が投票にふされ、それが採択されるとそのまま州法となる制度。州議会はイニシアティブにより提案され、有権者によって承認された法案を修正・廃止することはできない。現在、24州で採用などがある。→1950〜60年代にはあまりイニシアティブは行なわれなかった。1970年代に入って、原発建設や環境運動が活発化するにつれてイニシアティブは多用されるようになった。

アメリカ人は、国際的に比較した場合、市民が政治に高い関心をもち、積極的にコミュニティ活動やヴォランタリ活動に参加する、「参加型市民文化 participant civic culture」を持つ国民であると自認してきた(またそれはGabriel A. Almond  and Sidney Verba. The Civic Culture. 1963以来、様々な実証研究で確認されてきた)。しかし1990年代に入って、こうした前提に疑問が投げかけられるようになってきた。

ロバート・パットナムの指摘 (Putnam, Robert. 2000. Bowling Alone.)
1.PTA,女性有権者同盟、赤十字などの団体や任意団体への参加が過去20〜30年間に25〜30%減少した、2.余暇を社交やコミュニティ活動に割り当てる人が著しく減少した、3.政治的請願や寄付は減少してないが、政治集会への参加や政党のための活動は36〜50%程度過去20年間の間に減少した。

パットナムの説明
仕事の多忙化、経済不況、郊外化、女性の社会進出、家族生活の崩壊、60年代のカウンターカルチュア、福祉国家の台頭、市民権革命、テレビジョンなどのテクノロジーの変化などの諸要因の中で、特に@「市民世代(1910〜40年生まれ)」の高齢化とAテレビ視聴時間の長時間化による余暇の「私化(privatization)」が市民参加減少の最大の要因であると指摘した。⇒90年代後半からアメリカにおいて、Civic Engagement論争がさかんになった。→9月11日の同時多発事件以後、こうしたトレンドは大きく変化し、市民の政府や他の市民に対する信頼度はアップし、募金活動も活発化した。こうした変化が定着するかどうかがこれからの注目の的である。

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