2002/11/21 アメリカ社会概論 6.変わる家族・男女関係−伝統と意識変化−
代理母や「精子バンク」などの生殖ビジネスや、同性愛結婚の是非などセンセーショナルな話題に焦点が当たりがちな、アメリカにおける家族・男女関係であるが、今回は統計資料を中心にaverage Americanの姿を明らかにしてゆきたい。ジェンダー関係の政治的・社会的論争については次回扱いたい。
1.変化する家族像
表1 家族像の変化
理念型 |
機能 |
協力の基盤 |
成員の関係 |
家族の絆 |
|
前工業社会 |
大家族 |
生活・経済共同体 |
生産への参加 |
支配−従属(家父長制) |
強い・必然的 |
工業社会 |
小家族 |
生活・経済・愛情共同体 |
性別分業 |
建前:平等 |
強い・必然的 |
脱工業社会 |
多様化 |
愛情共同体? |
愛情や思いやり? |
平等? |
弱い・自発的 |
−さらにいえば、家庭は子供を社会化する教育機能をもっている。
近代家族は、@家内領域と公共領域の分離、A家族成員間の強い情緒的関係、B子供中心主義、C男は公共領域、女は家内領域という性別分業、D家族の集団性の強化、E社交の衰退、F非親族の排除、G「核家族」→郊外の白人中産階級の家庭が、アメリカ家庭のモデルとなった。
アメリカでは図1に見られるように、1930年頃に大黒柱−専業主婦型家庭(Breadwinner-homemaker)が成立し、1960年代にピークを迎えたが、1970年以降、共稼ぎ型あるいはシングルマザー家庭に逆転されていく(専業主婦家庭が50%を超えていたのは、1920〜1970年の50年間である)。
国際比較でみた場合、アメリカは、ヨーロッパで一般的な同棲・事実婚ではなく、一般婚姻率が高く、また離婚率も高い(ただし婚姻前の同棲経験率は高まっている)。日本と比べて、子供や家庭に対しての満足度が高いが、未婚の夫婦が子供を持つことについての評価は賛成47反対50と二分されており、他の国がどちらかの立場に偏っている(インドやシンガポールは反対が7割以上、カナダ、イギリス、スペインは賛成が7割以上、フランスは9割が賛成)のと大きく異なっている。また「人生のある時点で子供をもつことが充実感を味わうために必要と思われるか?」という質問の回答で賛成が46で反対が51と二分しており、個人の人生選択を重視しつつも、伝統的価値観と現代的価値観の間で揺れるアメリカ人像が浮かび上がってくる。また人種別に見ると伝統的家族形態をとっているのが、アジア系、白人、ヒスパニック系で、黒人はシングルマザー家庭が多く、貧困の要因となっている。→親の立場からすれば個人としての幸せを追求し、新たな可能性にかけて再婚するが、子供の立場からすると複雑なstep family(⇔biological family)の中で成長していくことになる。(⇒アメリカと比較して日本の離婚率の低さと、子供や家庭生活の不満度の高さは、「子供のために我慢して夫婦生活を続けている」という意識の現われと見ることもできるかもしれない)
2.性行動と性規範
アメリカはハリウッド映画で見るように男女関係にオープンで開放的なイメージがあるが、もともとはピューリタニズムの伝統の強い国であり、20世紀初頭までヴィクトリア調的な性規範が支配的だった時代もあった。
キンゼイ・レポート−1948年『男性の性行動』、1953年『女性の性行動』−性生活についての初の全米規模で調査で大きな反響を呼んだ。
またフェミニズム運動のバイブルとなった、ベティ・フリーダン『女性らしさの神話』1963が、上記の近代家族の模範であった、郊外専業主婦の生活に自身の体験を踏まえて批判し、伝統的家族・性規範が正面から疑問を投げかけられるようになった。
・1970年代には低容量経口避妊薬が普及したことや、妊娠中絶をプライバシーの権利として認めた1973年の「ロウ対ウェイド判決」以降、中絶手術を受けやすくなったことなどがアメリカ人の性意識や性行動を大きく変化させる契機となった。
・1992年に行なわれたシカゴ大学による全米調査(Laumann, Edward O., John H. Gagnon, Robert
T. Michael, and Stuart Michaels, 1994. The Social Organization of Sexuality: Sexual
Practices in the United States. University of Chicago Press.)−この研究において、ロバート・マイケルらは、性行動を、@伝統派(宗教的価値観に基づいて行動)A関係重視派(必ずしも結婚に結びつかなくても恋愛・人間関係を重視して性行動する)Bリクレーション派(性行動に特に意味を求めない)と分類し、それぞれの性規範・行動・属性を検討している。
表2 アメリカの性規範(シカゴ大学調査、1992)
そう思う(%) | |
1.婚前性交は常に間違っている 2.10代の婚前性交は常に間違っている 3.婚外性交は常に間違っている 4.同性愛間の性交は常に間違っている 5.成人に対してもポルノグラフィの販売を規制すべきだ 6.愛していない相手とはセックスしない 7.私の宗教的信念が私の性行動を導いている 8.強姦の場合は、合法的な中絶を受けられるようにすべきである 9.いかなる場合も、合法的な中絶を受けられるようにすべきである |
19.7 60.8 76.7 64.8 33.6 65.7 52.3 88.0 52.4 |
下記はNHKが1999年に全国3600人の男女(16〜69歳)に行なった調査である。
cf. 表3 日本の性規範(NHK調査、1999)
よくない(個人規範) |
よくない(社会規範) |
|
1. 未婚の男女がセックスをする |
12%(+15%) |
9%(+13%) |
出所 NHK「日本人の性」プロジェクト編『データブックNHK日本人の性行動・性意識』NHK出版、2002年、カッコ内の%は「どちらかといえばよくない」と答えた回答者の割合
シカゴ大学調査とNHK調査を比較すると、全般として日本人の性規範の方がアメリカ人の性規範よりも寛容になっている。特に同性間の性行動について言える。(←宗教的タブー?の有無)
NHK調査では、男女間の相違よりも世代間の相違が大きくなっている。また性行動に関しては頻度はアメリカの方が多いが、パートナー数は日本の方が多い結果になっている(←日本の場合の「金銭の授受のあるセックス」に対する寛容度や婚外セックスに対する寛容度がアメリカよりも高いことが原因か?)⇒日本の方が宗教的タブーが少ない分だけ、いったん「性の解放が進む」とゆり戻しや歯止めがきかない部分があるのかもしれない。例えばアメリカ調査にあった「ポルノグラフィの是非」の項目が日本調査にはなく、「性に関する情報をどこで得るのか?」の選択肢として挙げられている点が象徴的である。⇒他方、犯罪問題の回に扱うが、性犯罪の発生率は日本よりアメリカのほうがはるかに高い。性行動規範と実際のギャップが犯罪につながっていると見ることもできるかもしれない。
アメリカ人の性行動についてはかならずしも宗教的価値観の差を反映していない→一番顕著に異なっているのは、同性愛についての項目である。
「バウアーズ対ハードウィック事件」(1986)−同性愛者の性行為を禁じたジョージア州法違反で起訴された被告が、同法は同性愛者のプライバシーの権利を侵害しているとして争った事件。連邦最高裁は、同性愛者のソドミー行為は、伝統に根ざした基本的権利とは言えず、修正14条で保護される「自由」に含まれないと判断した。←この裁判の際も、「ソドミー行為(口腔・肛門性交)」自体が違法なのかどうかを争うため、敢えて訴訟に参加しようとした異性愛のカップルがいたが、訴えを認められなかった⇒争点は「ソドミー」の是非ではなく、「同性愛」にあることが明白に。
3.行動規範を決めるのは何か?
|
欲求の要因 |
結果 |
エッセンシャリスト |
男女差は遺伝上のもの |
男性が労働し、女性が子育てをするのは、男女差別の社会制度の結果ではなくて、原因なのである。 |
社会構築論者 |
社会制度や社会作用が性差を生み出す |
性的役割分業論は、そもそも社会的に定義された男女・セクシャリアティ概念に依存している。 |
統合論者 |
肉体、環境、社会関係、家族、政府がセクシュアリティを形成する |
特定の性差を強調するような政策は、社会におけるジェンダー関係の固定化につながりかねない。 |
<結びに代えて>
日本での調査とアメリカでの調査の異同に現われているように、家族や性・生殖にかかる行動や制度は社会の価値観に影響され、また影響を与えてゆく。「性の解放」や「男女平等」政策は日本はアメリカを後追いする形をとってきたが、宗教が行動規範としてあまり影響力をもっていない社会になっているため、モラリティにおいて、アメリカ人と認識ギャップが生じてきている。これはアメリカ人と日本人の間だけでなく、アメリカ人とスウェーデンやドイツ人とのギャップも大きいのである。こうした相違が21世紀により拡大してゆくのか、それとも収斂していくのかが興味深い点である。
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