2002/12/19 アメリカ社会概論 10.アメリカ経済の神話と実情−「グローバル・スタンダード」の行方
1.グローバリゼーション=アメリカニゼーションか?
グローバル国家トップ20 |
グローバル企業トップ25(2002) 企業名(業種) |
企業年収(100万ドル) |
本社 |
1. アイルランド 2. スイス 3. シンガポール 4. オランダ 5. スウェーデン 6. フィンランド 7. カナダ 8. デンマーク 9. オーストリア 10.イギリス(連合王国) 11.ノルウエー 12.アメリカ合衆国 13.フランス 14.ドイツ 15.ポルトガル 16.チェコ 17.スペイン 18.イスラエル 19.ニュージランド 20.マレーシア THE GLOBAL TOP 20 from A.T. Kearney, Inc. and Foreign Policy magazine |
1.ウォルマート(流通) |
219,812 |
アメリカ |
Source: Fortune (http://www.fortune.com/fortune/global500)
Foreign Policy誌の「グローバリゼーション」指数(貿易、対外直接投資、海外旅行、国際電話件数、インターネット利用者数、国際機関への参加などを計算)では、アメリカは12位程度である。またFortune誌のグローバル企業(多国籍企業)収益ランキングでは上位25企業中、アメリカは上位3位を含む10企業(40%)と最も多いが、日本も7企業(28%)とアメリカに次ぐ経済のグローバル化の受益者であることをよく示している。
グローバル化はアメリカ化か?
←Joseph S. Nye, Jr. The Paradox of American Power.2002
・フランス・ベドリヌ外相の発言(2001)「アメリカはきわめて大きな魚であり、グローバル化という流れを楽に泳ぎ回り、支配している。アメリカ人はいくつもの理由でグローバル化から大きな利益を受けている。経済規模が大きいこと、グローバル化が自国の言葉で進められていること、新自由主義の経済原則にしたがって進められていること、法律、会計、技術で自国の方式を押し付けていること、個人主義を唱導していることなどが理由としてあげられる」(⇒実際、上記のグローバル企業ランキングでも、フランスのランクインは一つで、同じ非英語圏のドイツ、オランダの後塵を拝している)
ナイは、以下のように指摘している。
「グローバル化はアメリカ化を意味するという見方が常識になっているが、この見方は単純すぎる〜アメリカの力と大衆文化を嫌う人たちはナショナリズムを武器にして戦っている〜現在のグローバル化ではかなりの側面で、ウォール街、シリコン・バレー、ハリウッドの動きが確かに圧倒的な力をもっている。しかしキリスト教が世界中に広まったのは、ハリウッドの映画会社が聖書を題材にした映画の輸出方法を編み出すよりも何世紀も前のことだ。そしてイスラム教の世界的な布教を今でも続いており、これは『アメリカ製』ではない。英語は世界人口の約5パーセントに使われているが、その普及も当初はイギリスによるものであってアメリカによるものではない〜エイズがアフリカとアジアに蔓延しているのもアメリカと無関係だ。ヨーロッパの銀行によるアジアや中南米の新興市場国への融資にも、アメリカは関与していない。世界で最も人気の高いスポーツチームはアメリカのチームではない。イギリスのマンチェスター・ユナイテッドであり、世界24カ国に200のファンクラブがある。『アメリカの』大手音楽レーベルのうち三つはそれぞれイギリス企業、ドイツ企業、日本企業に保有されている。人気のテレビゲームには日本製とイギリス製のものが多い。リアリティ番組が流行し、テレビ番組が活気づいているとも俗悪になったともいえるが、これはヨーロッパからアメリカに広まったものであり、逆ではない」
「グローバル化=アメリカ化」のイメージを支えているのは、マクドナルド・コカコーラ・ハリウッド映画などの商品と、会計基準、金融基準、アメリカの格付け会社の存在(ムーディーズやスタンダード・アンド・プア−ズ)、ニューヨーク株式市場の影響力などであり、経済のグローバル化の結果としてアメリカ企業が恩恵を受けている面は強いが、アメリカ内部でもグローバリゼーションによって損益を出しているセクターや地域もあり、またヨーロッパ企業がアメリカ企業を買収している実態などはあまり知られていない。「グローバル・スタンダード」という言葉も一種の和製英語で、英語ではde facto standardというが、この面での「アメリカン・スタンダード=グローバル・スタンダード」のイメージを支えているのが、ウィンドウズでコンピューターソフト市場を支配しているマイクロソフトやアメリカ会計基準ということになるだろう。
・Globalization and Its Discontents(邦訳『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』徳間書店、2002) の著者ジョセフ・スティグリッツはアメリカ主導のIMF・世界銀行の発展途上国援助の問題点を痛烈に批判しているが、『グローバル・スタンダード』には特に言及していない。他方、Losing Control?: Sovereignty in a Age of
Globalization(邦訳『グローバリゼーションの時代』平凡社、1999)の著者サスキア・サッセンは、アメリカ大衆文化のグローバル文化への影響と比べて「あまり知られてはおらず、明確に述べることが難しい」アメリカ化の例として、国際商取引ルールのアメリカ化(アメリカ企業法のグローバリゼーション)を指摘している。
2.グローバリゼーションのアメリカ社会へのインパクト
外国から「アメリカ」を、国際経済における一プレーヤーとして観察していると、「アメリカ」がグローバル化を推進し、謳歌しているように見えるが、アメリカ社会自体が他の社会同様、グローバル化の波に動揺し、対応を迫られているのである。
<アメリカにおけるグローバル化−自由貿易擁護論>
@自由貿易はアメリカを豊かにする。1950〜60年代のアメリカ経済の好況も第二次大戦後、自由、無差別、多角化を原則とするGATT=IMF中心の国際通貨・自由貿易体制の成立によるところが大であった。
A自由貿易は雇用を創出し、経済を成長させるので、結果的に社会の全ての人が何らかの形でその恩恵を受けることができる。
B保護貿易は結局、手痛い反撃にある。大恐慌時に高関税により農業を保護しようとした「スムート・ホーリー関税法(1930)」は、1930年代に各国の高関税化政策を招き、経済ブロック化が進み、世界経済全体が停滞した。
C 国産品の購入を消費者に強要するような運動(Buy American運動など)は、消費者がより安く、より良い品を選ぶ権利を侵害することになる。
<アメリカにおけるグローバル化−自由貿易反対論>
@自由貿易により国内や国際社会における貧富の格差が拡大する。既存の秩序で恩恵を受けている層がますます富み、不利な立場にあるものがますます窮地に追い込まれる。
ANAFTAはメキシコからの安価の労働力の流入を招き、国内労働者(特に単純労働者)の雇用の機会が奪われる(1996年−35〜40万人の雇用が流出したとの試算あり)
B 自由貿易は発展途上国の搾取につながる。AFL−CIOのデータによると、1993〜97年にかけて、メキシコの労働者の賃金が36%減少したという。これは対米輸出の価格を下げるための結果であるとAFL−CIOは見ている。(cf.2001年度のアメリカの対メキシコ輸出は総輸出の13.9%、メキシコからの輸入は総輸入の11.5%(ともに2位、1位はカナダ)であるのに対して、2000年のメキシコの対米輸出は総輸出の95%、アメリカからの輸入は総輸入の86%と依存度は非対称な関係にある。)
C消費者運動家のラルフ・ネーダーは、「自由」貿易というネーミングは誤りで、実態は「企業による管理corporate-managed」貿易であると、企業利益中心主義を批判している。
D自由貿易による利潤の追求は環境破壊を悪化させる(⇒2001年7月のイタリア・ジェノバサミットにおける「反グローバリズム」暴動は記憶に新しい)。
⇒このように、グローバリゼーションや自由貿易体制に反対する論者は、一方はラルフ・ネーダーに代表される消費者運動家、環境保護論者、AFL-CIO等の労働組合などの左派であり、他方は、孤立主義やアメリカ第一主義を唱える共和党右派のパット・ブキャナンなどであり、思想系譜は異なるが、NAFTA反対論などでは共通した主張を行なっている。
⇒しかし自由貿易の是非ということでなく、人権運動や消費者運動のグローバリゼーションという視点に立てば、左右両派の主張の差は明瞭になるだろう。
・経済のグローバル化による地域経済の崩壊という問題に直面している自治体も存在する
(「1982年ヴィンセント・チン殺害事件」−デトロイト郊外で中国系アメリカ人が日本人と間違えられて、失業中の自動車工場労働者に殺された事件、背景は日本の自動車メーカーの対米輸出の増加や対米進出)。
また1994年のNAFTA(北米自由貿易協定)発足以降のヒスパニック系移民の増加が、「英語公用語化運動」に拍車をかけている。→ナイが指摘する、「グローバリゼーションに対するナショナリスティックな反発」をアメリカ人も行なっている例である。
3. 1980〜1990年代のアメリカ経済−「戦後最悪」からの再生
<1970年代における経済の鈍化>
@経済成長率の低下Aインフレの長期化B労働生産性の低下C貿易収支の悪化Dドルの威信の低下(1971年金・ドル交換停止・変動為替制へ)
<レーガノミクス>
1980年代−アメリカ経済史で第二次大戦後で最悪の時期−GDP、労働生産性、失業率など様々な指標で最悪になった。
アメリカ産業の「国際競争力」の低下による貿易赤字の増加と、1950−60年代の「軍事的ケインズ主義」的な積極財政体質による財政赤字の累積により、いわゆる「双子の赤字」を抱えるようになった。→1981年に「強いアメリカの再生」を掲げて登場したレーガン大統領は、「レーガノミクス」と呼ばれる経済再生策を打ち出した。@連邦政府支出の削減(国防費以外)A大幅減税B規制緩和Cマネーサプライの抑制
レーガンは、南カリフォルニア大学のアーサー・ラッファー教授が提唱した「ラッファー曲線」(税率がある一定以上上がると納税者の労働意欲が低下するため、かえって税収が減少するという理論)に基づいて、大幅減税を行なったが、消費も設備投資も期待通りに増えず、かえって財政赤字が悪化する結果となった。
「レーガノミクス」の成果−インフレ抑制以外はほとんど効果なく、政府、個人、企業のいずれもが債務漬けの生活を余儀なくされることとなり、財政赤字は拡大し、また税の累進性の緩和により、所得格差が拡大した。
<1990年代の経済の再生と『ニューエコノミー論』>
クリントンの経済復活策
湾岸戦争で「勝利」し、再選確実と思われたブッシュ大統領は経済政策に失敗し、選挙戦で民主党新人のクリントン候補に破れた。1993年に大統領となったクリントンは、国内経済の改善を最優先課題とし、@情報化産業関連投資などの公共投資の拡大、A国防費の大幅削減と、高所得者・企業に対する税率の引き上げ、B「スーパー301条」の復活を含む通商法の強化によるアメリカ貿易市場、Cグリーンスパン連邦準備制度理事会議長の「予防的利上げ」によるインフレ抑止などの政策を打ち出した。
結果的に1990年代にアメリカ経済は@好況の長期化(1991年3月〜2001年3月までの10年間)、AIT革命による労働生産性の向上、B規制緩和、半導体産業など政府の産業奨励策の強化によるアメリカ国際競争力の強化、CIT産業の急成長、D株価上昇によるキャピタルゲイン課税の増収や国防費削減による「財政赤字」の解消などを実現し、空前の好景気を謳歌することになった。
こうした好転した経済状況を背景に、アメリカでは、@IT革命による生産性の大幅向上と国際競争力の強化、A経済のグローバル化による物価上昇の抑制により、高成長と低インフレの両立を可能になったとする、「ニューエコノミー論」が台頭した。
3.ニューエコノミーの光と影
<「ニューエコノミー論」の三つの神話>
@「ITの利用により過剰在庫がなくなり、景気変動もなくなる」←2001年3月の景気拡大の終了で企業は在庫調整を迫られた。
A「通貨ではなく、株により資金を無限に調達できる(リアル・マネーはもはや重要ではない)」←2001年秋の株価の暴落・ITバブルの崩壊
B「ハイテク市場は景気の好不況に関わらず高成長する」←2002年は米国パソコン市場も不況、IT投資も減少。
2001年7月にはエネルギー大手エンロン社の粉飾決算が発覚(12月倒産、負債約5兆円)、世界5大監査法人と呼ばれたアンダーセンが不正会計に関与したとして2002年8月には廃業に追い込まれた。2001年9月には同時多発テロ事件が起こり、景気が後退したもの、2002年1月には回復したが、6月には通信大手ワールドコムの粉飾決算が発覚し、再び株価が暴落した。これらの事件は「ニューエコノミー」の先行きに疑問を投げかけたのみならず、アメリカ経営システムが世界に誇っていた、ディスクロジャーや、時価会計方式(⇔取得原価方式)、会計監査制度、「コーポレイト・ガバナンス」に対する信頼を大きく失う事件であった。
・アメリカ企業が高い成長力を維持するとアメリカ市場に資金が集まり、同時に世界経済も好況となるが、アメリカ市場が資金不足となると、他国や他地域への投資が鈍化し、世界経済は不況になり、同時株安になりかねない。→アメリカ経済依存型の世界経済は、アメリカ企業の不安定さに左右される脆弱性を抱えているといえる。
<むすびにかえて>
空前の財政黒字による「減税」を公約にし、実際に大減税を実行したブッシュ政権はその直後に同時多発テロ事件を経験し、再び国防費が増加することとなり、財政情勢も先行きが不安であり、またニューエコノミーについても「生産性の向上」にポイントを置く論者は比較的楽観的な見方を示しているものの、信頼を失墜した企業経営方式もどこまで株主たちの信頼を取り戻せるかに株価の行方もかかっている。グローバリゼーション≠アメリカニゼーションであることは、先に述べたとおりだが、グローバリゼーションにアメリカ社会が比較的上手く対応し、そこから多大な利益を得てきたことは間違いない。スキャンダルを経験したアメリカの会計基準やコーポレイト・ガバナンス(企業経営にあたって、株主、経営者、大口債権者、労働組合などの関係や優先順位付けを考慮し、企業の発展を図っていくこと)だが、その問題点を認識しつつも、日本企業がグローバルエコノミーに対応していくために、アメリカ企業経営の論理と構造を学んでいくことは今後も重要である。
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