2003/1/9 アメリカ社会概論 11. 地球環境問題とアメリカ社会
1.
京都議定書とアメリカ
京都議定書は、1997年の地球温暖化防止京都会議で採択された気候変動枠組み条約の議定書。2008〜12年の間に、CO2、メタン、亜酸化窒素など6種類の温室効果ガスの排出量を、先進国全体で1990年時点の水準より5.2%減らすことを決め、日本:−6% 米国:−7% EU全体:−8% カナダ:−6% ロシア:0% オーストラリア:+8% ニュージランド:0% ノルウェー:+1%と国ごとの削減目標値も定められた。発効には55カ国以上の批准と、先進国の批准国の排出量が先進国全体の55%を超えることが必要となる。しかし
1997年7月 米国上院「バード−ヘーゲル決議 (Byrd-Hagel resolution)」−「発展途上国が温室効果ガス排出に本格的に参加しない条約には賛成できない」と意思表明(←条約批准には上院の2/3の同意が必要)
1997年12月 気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で京都議定書採択
1999年10月 米国上院、CTBT(包括的核実験禁止条約)批准拒否(核保有国または保有疑惑がある国で未署名または未批准なのは、2002年現在−97カ国が批准−でアメリカ、中国、インド、パキスタン、イラク、イスラエル、北朝鮮、下線の国々は発効要件国)
2001年3月 ブッシュ大統領、京都議定書からの離脱を表明⇒CTBT批准拒否と京都議定書脱退は、アメリカの「ユニラテラリズム」の象徴として、議長国の日本やEU諸国の激しい反発を招いた⇒またアメリカ世論も世論調査では「京都議定書支持派が多数」
表1 アメリカ・ABCニュースの世論調査(2001年4.11-15)「アメリカは京都議定書に参加すべきか否か?」(%)
参加すべき |
参加すべきでない |
わからない |
61 |
26 |
13 |
属性別の意見分布
|
議定書賛成 |
議定書反対 |
民主党支持者 |
68 |
19 |
しかし世論は環境問題一般に「支持」的な態度で、しかも漠然として弱い支持である(その点は日本の支持態度も同様)。
<なぜアメリカは京都議定書から離脱したのか?>−「一般的説明」
@ 米国上院を中心とした共和党保守派の存在(産業界の利益をバックに、政府による経済規制に反対)A発展途上国が参加しないこと、とりわけ経済成長著しく、二酸化炭素排出量が世界第2位の中国(14.1%)、と第5位のインド(4.2%)には「排出削減」義務が課されていないことへの反発(ロシアは2003年に批准の予定)
京都議定書では、運用ルール「京都メカニズム」において、クリーン開発メカニズム(CDM)という方式、つまり温暖化ガス排出削減義務をもつ先進国が、削減義務をもたない発展途上国における排出削減プロジェクトに投資する見返りとして、それによる削減分の一部を自らの削減義務の達成に当てることができるというルールで、先進国と途上国の利害の両立を図っている |
B 反環境運動団体の存在(石油・石炭・電力・ガソリンなどのエネルギー関係業界団体、保守系消費者団体、アメリカンエンタープライズ研究所のような保守系シンクタンク、ビジネスラウンドテーブルのような財界団体などが反対運動を展開)
C 車依存社会であること(⇒業界団体はガソリンの値上げの懸念を喧伝)
D アメリカの全発電量の約6割が石炭による火力発電であること(←京都議定書が成立した1997年時点で、米エネルギー情報局(EIA)は、議定書に従うとアメリカの電気料金は86%、ガソリン代は53%値上がりすると予測していた)
このような要因から、アメリカは1892年にジョン・ミューアが創設したシェラ・クラブ以来、数の点でも規模の点でも環境運動がもっとも活発な国でありながら、京都議定書から脱退することとなった。
<ブッシュ政権の対案>
ブッシュ政権は、京都議定書に対する「対案」として、
@温室効果ガス、GDP100万ドル当たり排出量を2012年までに18%カットすること
A温室効果ガスの測定基準・技術を改善すること
B温室効果ガス排出量を削減した企業への報奨制度
C2012年の段階での温暖化状況を踏まえて、政策を再検討すること
D2003年度予算案に46億ドル(前年比7億ドル増)の温暖化関連予算を計上(代替エネルギーの税控除など)−企業・産業に配慮した計画だが、ブッシュ政権は「京都議定書よりも穏健で成長型のプログラム」であると主張している。
Robert H. Nelson. “Bush Really Saved Kyoto:
Truth and Fiction in the International Politics
of Global Warming.” Presented at Keio University,
Tokyo (January 11, 2003)
@ブッシュの京都議定書脱退は、やり方はまずかったが、クリントンが署名したものの、事実上、放置していた「京都議定書」をめぐる論議を活性化し、議定書の実施手続きに関する国際間の政治的妥協を引き出し、結果的にアメリカが参加しなくともロシアが2003年に批准すれば発効できるようにして、逆説だが議定書を「再生」させた。
A京都議定書は以下の5つの点で問題点がある−1.地球温暖化の科学的根拠が依然曖昧であること、2.長期的で曖昧な利益のために短期的にみて経済的に大きな負担をかけることになり、拙速であること、3.中国、インド、ブラジルといった主要な温室効果ガス排出国に何ら規制が課されないこと、4.二酸化炭素削減方法についての国内的・国際的合意が不十分であること、5.地球温暖化に「適応」する政策を考えることの方が、地球温暖化「防止」よりコストがかからず、より効果的である可能性もあること
←ネルソン教授の主張にはアメリカの保守派の意見が集約されている。つまり科学的に曖昧な温暖化防止のために、短期的な経済利益を犠牲にすることは割に合わず、また発展途上国が、「発展途上」ということで「免責」されるならば、結果的に世界に排出される二酸化炭素量は十分に削減されず、実効性が疑わしい、という「論理」である(⇔「途上国」からすると、先に経済発展を遂げた「先進国」が、技術的も経済的もに劣位にある途上国の二酸化炭素量を問題とし、経済成長を妨げるのは、「先進国のエゴ」であるという主張になる)。
このように地球環境問題をめぐっては、「地球環境を保護しよう」という「総論」では世論は支持しているものの、人間の活動が地球環境に及ぼす影響についても科学的な調査や見解が分かれていること(←それには純「科学」的な要因だけでなく、企業が研究費をスポンサーして「保守的」な調査結果を引き出している場合もあるが)もあって、政策実施の段階になると各国・各産業・企業の利害や、先進国対途上国の対立というきわめて政治的な問題となる。また国内・国際環境NGOの活躍にもかかわらず、条約は基本的に国家間で締結されるために、NGOも「世論」の形成以上の働きは難しく、アメリカ国内でも多くの環境団体があるのにもかかわらず、アメリカ政府の行動に反映されていない。
2. 環境問題をめぐるアクターと政治
<環境をめぐる政治パターン>
上に述べたような環境をめぐる国際政治についてのアメリカの政治的判断に加えて、ヨーロッパや日本と比較した場合のアメリカの環境政治の特徴は、
@企業の経済活動に対して政府の介入・規制することへの反発が根強いこと
A労働組合が組織・影響力の点で政治的に強力でないこと
Bドイツで政権与党となっている「緑の党」のような環境保護政党が議会に存在しないこと
C 環境問題の解決において、行政より司法の果す役割が大きいこと、などがアメリカ環境政治の特徴としてあげられる。
アメリカ政治が(特に共和党が)、プロ・ビジネス(ビジネス利益優先)の傾向をもつ反面、アメリカの環境運動は、1960年代の「ニューレフト」的な価値観を背景にしている(久保文明「環境保護政策の変容と政治変動−1960年代から1990年代ヘ−」久保・草野・大沢編『現代アメリカ政治の変容』勁草書房、1999、333-338)。
1960年代末〜1970年代前半にかけて、一連の環境立法が成立。
1970年には連邦政府内に環境保護庁(EPA)が設置された(⇔日本の環境庁は1971年)。
その原動力となったのは、公民権運動、学生運動、ベトナム反戦運動などで成長したニューレフト的価値観を背負った運動であった(⇔日本の場合の環境政策は、高度成長に伴う公害に対応して、まず革新自治体が環境規制条例を制定し、国がその後を追う展開となった)。
@ 大企業中心の資本主義経済体制への批判A政府による民間企業の規制を支持など、アメリカの政治文化の主流よりもかなり左派的な色彩が強いものであった→その点が世論や政策に影響を及ぼす上で、既存の企業利益や政党政治にとらわれない点ではプラスだが、幅広い支持をうるためには限界があるということにつながっている。しかし「クラスアクション」などアメリカで盛んな集団代表訴訟制度も環境訴訟に有利な要因として働いた。
環境立法は、70年代は、「公害統制型」(出口での排出量を規制)
・1980年包括的環境対処法(Comprehensive Environmental
Response, Compensation, and Liabality Act
of 1980)−「通称スーパーファンド法」
@化学・石油産業に課税し、その収益の一部をトラストファンド(政府の信託基金)に回して有害廃棄物処理費用とする。
A有害廃棄物を不法投棄した企業を政府や市民が訴えられるようにした。→しかし有害廃棄物投棄を解決するには、@訴訟対象の特定が困難、A投棄場所の清掃が時間がかかること、B環境団体の拡大により「不法投棄」指定を求める場所が急増し、対応が追いつかないなどで、2000年時点で、全米で2000以上の有害廃棄物投棄現場が未解決のまま放置されている。
こうした現状をふまえて1990年代には、環境立法は「公害未然防止型」(産業界による自主的・非強制的な公害未然防止事業に力点。汚染削減のインセンティブを高める)へと転換。
→「公害統制型」がニューレフト的運動の色彩を色濃く残しているのに対して、「公害未然防止型」は、よりアメリカの政治風土にあった内容となっている。
→「京都議定書」に対するブッシュ政権の「対案」もこうした1980年代以降のアメリカ環境政策の展開を踏まえたものだといえるだろう。
<環境団体と環境政治の類型>
環境団体は、経済団体と違って、その活動の成果が団体以外の後半な利益につながるので、「公共利益団体 public interest group」と呼ばれる。環境団体には、@企業との対話や強力を重視する穏健派 例 全米野生生物連合、世界自然保護基金など−募金活動などで自然保護を推進、A中間派−議会への情報提供や啓蒙活動を重視 例 シエラクラブ(連邦公有地での商業伐採の禁止などの原生林の保有や大気汚染の問題に取り組む、民主党の支持基盤)、B企業との対決や直接行動を重視する急進派 例 グリーンピース(1971年にカナダで創設、アムステルダムが本部で30カ国に支部がある、反捕鯨、反核運動で有名)、地球の友、熱帯林行動ネットワーク
京都議定書に対する各団体のスタンスは、例えばシエラクラブは議定書支持だが、グリーンピースは「京都議定書は抜け道が多い」としてより厳格な国際規制を求めている。全米野生生物連合も温暖効果ガス削減を同じ目標にしながらも、京都議定書における「森林吸収量」の定義に疑義を唱えている。このように同じ環境団体といっても各論に入ると、自己主張も含めてスタンスが様々であるために一つの勢力としてまとまりにくい難点がある。
J・Q・ウィルソンは、環境政治には以下の4つのパターンがあり、<企業家型>が主流だとしている。
<企業家型政治>例 地球温暖化−組織されない集団の利益が組織された集団の利益より優先される
<多数決政治>例 排ガス規制−組織されない集団は自己責任で恩恵を得る
<利益集団政治>例 酸性雨規制(汚染除去装置会社と低公害石炭会社が入札競争)−組織された集団間の競争
<顧客政治> 例 殺虫剤規制−特定の企業や団体が利益を得る
|
<コストが> |
|
<便益が> |
分散 |
集中 |
分散 |
多数決政治 |
企業家型政治 |
集中 |
顧客型政治 |
利益集団政治 |
Wilson, James Q. and John J. DiIulio, Jr.
2001. American Government, 8th ed.604-605
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