2003/1/16 アメリカ社会概論  12. アメリカン・メディアの再検討
"The basis of our governments being the opinion of the people, the very first object should be to keep that right; and were it left to me to decide whether we should have a government without newspapers or newspapers without a government, I should not hesitate a moment to prefer the latter.” (Thomas Jefferson, 1787)

1. マスメディアとアメリカン・デモクラシー

デモクラシーにおけるマスメディアの役割
@      議題設定機能agenda-setting function−選挙や政治の争点を決める
A      政治的監視機能−政府や政治家の行動を監視・批判する
B      解釈・説明機能−事件や社会現象を解釈・説明する。
C      (政治的)社会化(socialization)機能文化的・社会的行動規範を伝達する
D      情報操作・世論誘導デモクラシーにおいては否定的に捉えられる機能だが、戦争や危機的状況下ではしばしば行なわれる(場合によっては「統合」機能を果す)。

政治的アクターとしてのメディア−政府の「第4部門 the forth branch of government」として
行動パターン
@調査報道による暴露muckraking
ジャーナリストによる調査報道→公表→世論の喚起→政策の立案→政策の実施・浸透(←しかし政策形成における世論の役割は過大視できない面もある)
Aフレーミング(−問題を捉える枠組を決める(→1999年の「コロンバイン高校銃乱射事件」の例を参照)
B議題設定例えば「財政赤字」の解消、環境政策の実施などメディアが争点を設定していく)(→「発がん性物質」についてのメディア報道に対する化学者の認識グラフ参照)

アメリカの政治システムもこうした政治アクターとしてのジャーナリズムを尊重してきた。

・「ニューヨークタイムズ社対サリバン事件」(1964)376 U.S. 254(1964)
1960年3月29日付のニューヨーク・タイムズ紙上に、マーティン・ルーサー・キングJr.らのグループがアラバマ州モントゴメリー市警察の暴力を訴える意見広告を載せたのに対して、同市警察本部長のサリバンが名誉毀損でニューヨーク・タイムズ社を訴えた事件。ブレナン裁判官は、「公共問題に関する討論は禁圧されず、力強く、かつ広範囲になされなければならない」という原則を打ち出し、公務員に対する名誉毀損が成立するには、「現実の悪意(=言明が虚偽であることを認識して行なわれること)」によってなされた場合に限られるとして、サリバンの賠償請求を棄却した。
・「ニューヨーク・タイムズ社対合衆国事件」(1971)403 U.S. 713 (1971)
連邦政府の対ベトナム政策決定過程をまとめた国防省の秘密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」をニューヨーク・タイムズ紙とワシントン・ポスト紙が公表しようとしたのに対して、ニクソン政権は公開差し止めを求めて訴訟を起こしたが、最高裁は「(公表の)事前抑制を認める厳格な要件を満たしていない」として政府の主張を退けた。

「ワシントンポスト」紙によるウォーターゲート事件の報道、上記のベトナム戦争批判、公民権運動などでメディアの果した役割は大であった。
ベトナム反戦運動では、新聞・テレビ報道が「不正義の戦争」に対する反対の世論を喚起し、最終的に政府のベトナム撤兵を導いたというのが「通説」である。

←しかし別の見方もあり、「ベトナム反戦運動は、アメリカ人にこれまでない不快感を与えた〜戦争に反対する運動なのに、暴力的な破壊活動を行ない、警備陣に催涙弾を投げつけ、アメリカ国旗を踏みにじり、あまつさえアメリカ的価値を汚辱にまみえさせたのである。こうした行動が世論を逆撫でしたばかりか、潜在的な戦争反対者は怖がって、反対運動に加担するのをためらったのである」(ハリー・G・サマーズJr『アメリカの戦争の仕方』講談社、2002)という「逆説」的な捉え方もある。

⇒実際、運動の「過激化」が進み、それがテレビで放映されたりすると、かえって運動への支持が下がるということはありうるだろう(最近のジェノバサミットでの反グローバリズムNGOの「暴動」などもその例)。

イデオロギー>こうした世論形成に大きな役割を担うメディアは平均的な国民より「リベラル」(資料参照)→メディアの「リベラル偏向」がしばしば指摘されてきた(最近ではBernard Goldberg. 2001. Bias: A CBS Insider Exposes How the Media Distorts the News. National Book Network

アメリカ・メディアの特徴

<新聞>
アメリカの新聞は日本よりも発行部数が少なく、全国紙ではなく、地方紙が中心である。(←アメリカにおける地方分権主義、国土の広さ、ワシントンよりローカルニュースへの関心の高さなどを反映)⇒しかし各地方紙もAP、ロイターなどの通信社配信の全国ニュースを掲載しており、ローカルニュース以外は似たりよったりになりつつある。

表1 アメリカの日刊紙上位10紙(2003.1現在)

紙名

発行都市

発行部数

1.       USA Today
2.       The Wall Street Journal
3.       New York Times
4.       Los Angels Times
5.       The Washington Post
6.       Chicago Tribune
7.       New York Daily News
8.       Denver Post
9.   The Dallas Morning News
10.     Philadelphia Inquirer

ワシントンDC(全国紙)
ニューヨーク(準全国紙)
ニューヨーク(準全国紙)
ロサンゼルス
ワシントンDC(準全国紙)
シカゴ
ニューヨーク
コロラド州デンバー
テキサス州ダラス
フィラデルフィア

2,610,225
1,800,607
1,671,865
1,376,932
1,048,122
1,012,240
801,292
789,137
784,905
747,969

Source: Audit Bureau of Circulations

上位10紙は上にあげた通りだが、USA Todayが全国紙で、大衆向けでありWall Street Journal は経済紙で、保守的、New York Times, The Washington Postはアメリカを代表する新聞でリベラル。Los Angels Timesは近年成長著しく、国際ニュースも比較的充実している。Chicago Tribuneは中西部を代表する有力紙である。他は地方紙である。主要紙はリベラル系が主流だが、保守系で有名なのは、全国紙のChristian Science Monitorや共和党寄りのWashington Times などがある。アメリカの新聞の場合は、新聞社の「編集委員」が論説を書くのではなく、新聞社と契約したsyndicated writerと呼ばれる各分野の専門家が寄稿する(複数の新聞に寄稿するコラムニストが多い−日本のThe Japan Timesなどにも寄稿する)。

表2 日本の日刊紙上位10紙(社団法人ABC協会及び社団法人日本新聞協会調べ)

紙名

発行部数

1.読売新聞
2.朝日新聞
3.毎日新聞
4.日本経済新聞
5.中日新聞(名古屋)
6.産経新聞
7.北海道新聞
8.西日本新聞(福岡)
9.中国新聞(広島)
10.東京新聞
11.    神戸新聞

10,177,310
8,236,393
3,920,386
2,878,249
2,718,472
2,002,568
1,233,328
842,607
735,491
633,607
550,354

日本の新聞は、アメリカ的基準だと、全てUSA Today的な一般向けの性格が強い。全国紙で宅配中心であるため発行部数も多い。アメリカの場合と比べると、記者クラブ制度など政府と記者の関係が密接で、情報も多く共有しているため、政治記事は政策の論評よりも政界の人間関係に関する詳細な報道が多い。良くも悪くも与党とも野党とも記者が密接な関係にあるためアドバルーン記事を書くこともある。また新聞社の人間が論説を主に担当するので、新聞社の方針と異なった論説を書くことは稀である。政治的には朝日、毎日がリベラル、日経が経済界寄り、読売が保守系(自民党寄り)、産経が保守でナショナリスト的というような特徴がある。地方紙でも仙台の河北新報、長野の信濃毎日など論説に定評のある新聞もある。テレビ局や週刊誌なども新聞社により系列化されており、同じ情報ソースを共有しているので多様性に乏しい面もある。

<テレビ>
アメリカで3大ネットワークと呼ばれるのはNBCABCCBSで、日本ではそれぞれ読売(日本テレビ)、NHK、毎日(TBS)系と提携している。CATVの普及と多チャンネル化で三大ネットワークの寡占状況は崩れ、1991年の湾岸戦争で急成長したニュース専用チャンネルCNNや、エンターティメントに強いFOX、映画専門のHBOなどが台頭してきている。ニュースソースとしても表3にみるようにCATVが他のメディアを上回っている。アメリカの公共放送はPBSであるが、受信料収入のあるNHKやイギリスのBBCと比べてきわめて弱体で、大統領選挙のテレビ討論以外の機会に存在感を示すことができない。ラジオは全時代のメディアと捉えられがちだが、大統領が政策方針をラジオ演説で発表する伝統が今でも残っている。

表3 政治ニュースをどこで知るか(%)

24時間ニュース専用チャンネル(CATV
三大ネットワークなど地上波放送
新聞
ラジオ
わからない

35
28
22
12

Source : Eva Gerber, “Divided We Watch,” Brills Contents (February 2001)

2.             メディアを通じた日米関係

戦後の日米関係もしばしば過熱化したメディアの報道によって振り回されてきた。1980年代に入り、日米貿易摩擦が激化すると、アメリカのメディアは「ジャパン・バッシング」として捉えられるようなセンセーショナルな報道を行ない(日本製品を壊すアメリカ労働者のパフォーマンスの映像を流すなど)、また日本も「NOといえる日本(石原慎太郎)」「嫌米」などナショナリズムを煽るような報道を行ない両国関係を刺激してきた。メディアの報道が両国民の感情を正当に代表するものでないとしても、政策決定者から一般国民に至るまで、メディアが相手国を理解する主たる手段である以上、影響力は絶大である。

@情報に関しては日本が圧倒的に「輸入超過」である。

図で示したように日本報道が増えたのは、50年代の日米講和交渉、60年の日米安保交渉、70年代の沖縄返還の時期と、80年代の貿易摩擦の時期で、日本経済が低迷している、90年代以降現在までは報道量は顕著に減少している。アメリカの日本への関心が高まった1980年代の調査でも一週間に朝日新聞がアメリカについて報道した記事は112本にあったのに対して、ニューヨーク・タイムズは24本しかなかった。こうしたアメリカの「日本」に対する無関心さは、日本人がよく指摘するところだが、一方でアメリカのニュース番組が日本を報道する場合は、経済・日米関係を取り上げることが多いのに対して、日本のニュース番組が取り上げる場合は、犯罪・暴力・社会の乱れなどが多いことに不満をもつアメリカ人も少なくない。
A関心が急上昇したのは80年代におけるアメリカ経済の低迷と日本経済の相対的上昇の時期
アメリカの各紙の日本報道が急増するのは、日本がアメリカ経済を脅かすライバルとして認識された80年代初頭である。日本経済の低迷で関心は減少したが、依然として経済紙『ウォールストリートジャーナル』での報道量が一番多いのが象徴的である。
B日本のアメリカ報道は、アメリカの日本報道ほど変動がない。しかし「日米」関係としての報道は貿易摩擦の沈静化以降、減少している。
C日本は依然として世界第2位の経済大国であり、アメリカ第2位の貿易相手国だが、90年代後半以降、アメリカの日本に関する報道量は中国についての報道量よりも少なくなっている。(ジャパン・バッシングからジャパン・パッシングへ)
D日本の記者クラブ制度は外国人記者が日本の情報ソースにアクセスする障害になるばかりでなく、日本人記者が日本政府や政治家の立場と接近し、アメリカ側の見方を十分報道できない傷害となっている場合がある。

概括すれば日米関係における、日米のメディアの問題点を指摘すると、アメリカの場合は日本に対する関心の低さ・狭さ・日本の情報ソースへのアクセスの限界などが挙げられ、日本の場合は、メディアの硬直性・系列化がアメリカについての世論形成で多様な見方を十分にできていないことにつながっているといえよう。

日本の新聞のアメリカ情報の「多さ」は、必ずしも「質」を伴うものでないとしても少ないよりはよいと評価できるかもしれない。『ニューヨーク・タイムズ物語』(中公新書)の著者三輪裕範氏は、ニューヨーク・タイムズと日本の新聞の記事をいくつかの事例で比較しながら、@情報量の豊富さ、A多様な視点、B現実主義が長所であると指摘している。日本のメディアは長らく55年体制(自社対立)、冷戦思考の図式を引きずり、善玉・悪玉図式で描きがちだったので「報道量」が多くても、バランスのとれた見方を提供できず、しかも政策論よりは、情緒的な政治家論が中心なのでその傾向が助長されていた(例えば小泉首相、ブッシュ大統領、金正日総書記などの政策よりパーソナリティにより焦点をあてる)。また政治的態度を表明している欧米メディアと違って、日本のメディアは不偏不党を標榜しているため、一見「中立」的である態度をとっていることが、逆に読者がその政治性に無頓着になりかねない傾向を生んできた。⇒「メディア・リテラシー」の必要

インタネット・メディアの発達で、情報の双方向性が高まり、既成メディアの権威が相対化され、様々な議論や情報をネット上で共有できるようになった意味は大きい。またニュース検索で違った立場の新聞の意見も容易の読めるようになった意味は大きい。

3.メディアは「危機」をどう報道するのか?

平常時は、多様な視点を提供するように努めているアメリカ・メディアであるが、危機的状況の報道となると、先の同時多発テロ事件のように「多様性」が保証されない事態も発生する。

<「危機」に対するメディア報道のプラス、マイナス効果>
−大災害などが発生したとき、メディアは安全情報を提供し、被災者はテレビやラジオ報道に触れて、一体感・連帯感をもったり、安心を得るほか、救援基金を募ることができるなどのプラス効果があるが、反面、パニックを引き起こしたり、連鎖反応を起こしたり(1992年のロス暴動)、ヘイトクライムを引き起こしたりするのがマイナス効果である。さらに戦争・テロ事件発生時などの報道管制が問題だが(
特に1991年の湾岸戦争時は、ベトナム反戦運動の反省から、米軍・政府当局は徹底した情報統制を行なった)、ロサンゼルスタイムズとミラー社が行なった当時の世論調査では8割が軍による情報統制を「支持」していた。戦争報道は、戦争当事者同士の情報戦になる。例えばアメリカ空軍による「誤爆」がしばしば問題になるが、アメリカ側からすると「誤爆」であることを強調するが、イラクやタリバン政権からすると国際世論の喚起を意識して、学校や病院だった施設内部に軍事施設を作って、「誤爆」を誘発するという戦略をとることもある(いわゆる「人間の盾」)。湾岸戦争時にイラクに残ることを認められ、イラクの被害状況を報道しつづけてCNNのレポーターは、反米報道に利用されていると非難された。いずれにしても戦争時の報道の信憑性はどちらの視点に立っても著しく低下する⇒しかしいかなる形であれ、戦争の被害が報道されることは反戦・厭戦世論を高めるともいえる。

<むすびにかえて>
マスメディアは民主政治に不可欠な手段であり、様々な重要な役割を果しているが、メディアは人々に体系的に情報を提供すると同時に、ある見方を提示することで、それ以外の見方を隠蔽したり、目立たなくするという意味では体系的に情報を「奪っている」とも言える。アメリカの政治文化を反映して、平時のアメリカ・メディアにおいては意見の多元性が保証されているが、先の同時多発テロ事件や対アフガニスタン攻撃、今後の対イラク攻撃など、アメリカメディアの批判力が深刻に問われる事態が今後も続くことと思われる。同時多発テロ事件に対する政府の対応の悪さを批判する内部告発が行なわれたり、エンロン不正会計事件が表面化した点にはアメリカ・メディアの復元力が残されていたことを示すものといえるかもしれない。


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