英文ライティングを採点・添削していて気づいたこと(2003.3...時々改訂します)
安岡 正晴
平成13年度の全学共通の英語は夜間主コースも含めて、前後期計8クラスを担当し、200人近い学生の答案や英文スピーチを採点・添削した。また平成14年度後期は「英語プロダクティブ」という英作文プロパーのクラスを担当した。その過程でいくつかの共通した弱点や文法的な誤り、問題点に気づいたので今後の英語学習の参考のために思いつくままに列挙してみたいと思う。ここでは問題点の指摘に留めるので、具体的な参考書については、「推薦辞書・参考書」のページを見てほしい。
<文法について>
@itの濫用について
添削していて気づいたのは、なぜか多くの学生がit thinks that ...という文章を書いていた。「…と思われる」という意味で書いたようである。こういう場合は、it seems (to me) thatやit appears thatを使ってほしいと思うが、全体として感じたのは、日本語ではあまり主語を明示しないためか、自分の言いたいことを英語で書こうとして、何を主語にしてよいかわからずにとりあえずitにした、といった印象の英文が非常に多くて驚いた。written
Englishとspoken Englishとでスタイルが違うが、スピーチの原稿の場合は、あまり代名詞を多用せず、該当する名詞をダイレクトに使ったほうが聞いていて理解しやすい。例えばIt seems to me that Mr. Suzuki is
a nice person. というよりもMr. Suzuki seems
to be a nice person. といった方がわかりやすいだろう。なるべく聞くだけでわかりやすいダイレクトな表現を心がけてほしい。
AI don't think that 肯定文
非常に多かったのは、「私は、AはBではないと思う」の英訳として、I
think that A is not B. というような文章を書いている答案である。この場合は、NOTを前に持ってきて、I don't think that A is B.と書くのが自然なので注意してほしい。
B動詞の名詞形
試験講評でも書いたが、動詞と名詞で形が異なるもの、例えばinsist (v) →insistence (n), try (v) → trial
(n) , oppose (v)→opposition (n) , argue (v)→argument
(n)の区別を誤り、動詞をそのまま名詞として使おうとしたものが多かった。辞書でよく確認して使ってほしい。
Cfor example, for instance, such asについて
「例えば」「〜のような」ということを言いたい時にひたすらfor example という表現を使っているものが多かったが、文頭の場合はともかく、「大阪や神戸といった関西の都市では…」というのを英訳する場合は、In
western Japanese cities, such as Osaka and
Kobe, という具合にsuch asを使ってほしい。「〜のような」という意味のlikeという表現はくだけた会話ではよいが、スピーチなどやや改まった文章や場面での多用は望ましくない。
D誤訳・文法ミスについて
日本語の「文章」という単語をsentenceと訳す学生が非常に多い。言うまでもないが、sentence とは、「主語・述語からなる一文」であって、日本語で言う「文章」であれば、essay, writing, article, story, report などの単語を内容に応じて使い分けるのが望ましい。またdiscourage A from B ing をdiscourage A to B とした誤りが多かった。確かに「勧めて〜させる」という場合は、encourage A to B なので誤りやすいところだが注意してほしい。makeを使役動詞として安易に使おうとしている学生も多いが、makeは例えば、He
made me nervous.のようには使うが、He made
me go to college. という表現はあまり自然ではなく、しかも「無理やり」というニュアンスがつきまとう。letやallow,
persuade, get などの動詞の用法の使いわけを改めて復習したり、またなるべく使役動詞を使わないで、能動動詞を使うように心がけてほしい
E間接話法の回避
学生の英作文の顕著な特徴は、間接話法を回避することである。例えば「高校を出てすぐ働いている友人に、何故大学に通っているのか聞かれた時、私はうまく答えることができなかった」という文章を訳す時に、When my friend who do not go to college asked
me "why do yo go to college?,' I could
not answer well. などと訳している学生が圧倒的に多い。10人中9人が間接疑問文を避けてしまっている。直接話法→間接話法に変えるためには、@疑問文を平叙文に戻すA主語の時制・人称を一致させるなど文法的にクリアしないといけないポイントがいくつかあるので、避けてしまうようだ。上の例の場合、When my friend who started working immediately
after graduating from high school asked me
the reason why I go to college, I could not
give him a convincing answer. というような訳をしないといけないのだが、なかなかできないようだ。台詞や引用以外でクオテーションを濫用するのは不自然なので、ぜひとも間接話法を避けずに使う練習をしてほしい。
F一歩上の表現をめざして
「一般的に受け入れられた理論」をgenerally accepted theoryとシンプルに訳出した答案は少ない。英語ではこのように、例えばwidely-known argument(よく知られた議論)とかcritically acclaimed movie(賞賛を浴びている映画)といったような、副詞+過去分詞+名詞といった表現が多用されるので英語的表現をマスターするために覚えてほしい。
<文章の書き方について>
@英文パラグラフの書き方について
授業中にも何度か、パラグラフ・ライティングの基本について教えたが、日本語のライティング・スタイルとかなり異なるため、十分に身についてない答案やスピーチが多かった。最低限抑えてほしい点は、@各パラグラフが、トピックセンテンス(言いたいことを簡潔に明示)→本論(具体的な論点・論拠の例示)→結論(トピックセンテンスの言い換え)という構成になることと、Aそうしたパラグラフが集まって、スピーチ全体が序論のパラグラフ→本論のパラグラフ→結論のパラグラフという形になることである。もう一点は形式的なことだが、各パラグラフの冒頭は、インデントといって2〜5字分下げて書くようにするのがルールなので注意してほしい(キーボードの「tab」キーを押すと字下げを行なうことができる)。
A単語の言い換えについて
よく指摘されることだが、外国人が英文を書く場合、語彙が乏しいため、ついつい繰り返して同じ言葉を使ってしまう傾向にある。なるべくシソーラス(同義語辞典)や英英辞典を使って、同じ文章やパラグラフの中で同じ単語を繰り返さないように気をつけてほしい。
B文章のロジックについて
学生の英文を添削していて痛切に感じたのは、おそらく日本語の小論文を書いている場合も共通しているのかと思うが、自分の狭い体験に基づいた主観的な議論が多く、年齢や社会的立場、国籍、文化圏などが異なった読者をも説得できるような論理を展開していないものが多かった。日本の小中高での作文教育は読書感想文や体験談が中心で、「自分の経験を踏まえながらの感想・論評が望ましい」とする(暗黙の?)傾向が強く、それが外国人にも理解できるような論理的な英文を書く場合の障害となっているように思われる。日本語の構造自体が非論理的であるというよりも、日本人的な発想から抜けられない点が問題なのではないだろうか?。すぐに改善するのは難しいかもしれないが、自分でいったん文章を書いてみて、友人だけでなく、できれば外国人や年齢が違う人に読んでもらって、感想を聞くのも自分の視点や考え方に潜んでいる偏見や先入観を発見する上でよい経験になるかと思う。周りに文章を見てくれる人がいない場合でも自分で文章を推敲していくらでも改善することはできる。その場合に注意してほしいのは、例えば自分がある主張を書く場合、それと反対の議論は成り立つかどうか、自分が根拠としてあげているデータや例証は十分に説得的かどうか、などをよく見直してほしい。自分の文章を客観的に読み直すトレーニングは英文のみならず日本語の論文を書く場合も大いに役立つはずである。
C「正論」の濫用について
Bで書いた、いわば「わがままな文章」とならんで、時事問題のスピーチのクラスで多かった英文は、ありがちな「正論」を濫用した文章だった。例えば「世界の人々はお互いに対立すべきではない。話し合えばきっとわかりあえるはずだ」といったような主張があるとする。しかしただ単にこういう主張をあなたのスピーチや答案で繰り返す意味はどのくらいあるのだろうか?誰もが反論できないような、よく言われる「正論」を単に書いただけでは、いいスピーチにも文章にもならない。授業中の課題や試験という仕方なくやらされていることであっても、時間を使って、あなたが他人に聞かせている(読ませている)以上、他人の文章なりスピーチではなく、あなたの文章を読んでわかる、あるいは気づく、新しいメッセージや事実が何か一つでも二つでも含まなければならない。その「正論」があなたにとっての信念であるとしたら、「正論」であるにもかかわらず現実の世界で実現が難しいのは何故か、理想に近づくために私たちがやらなければならないことは何なのか?を十分に考えた上で、なるべく具体的な議論を展開してほしいと思う。「優等生的な作文」を脱する努力をしてほしい。
<翻訳ソフトについて>
提出されたスピーチ原稿を添削していて気づいたのは、翻訳ソフトを使ったような不自然な英文が多かったことである。実際にソフトを使ったのか否かは確認できなかったが、確かに現在ではインターネット上でも無料の翻訳サイトがあるし、比較的安価の翻訳ソフトも出回っている。「下訳」を作るのにこうしたソフトを使うのは構わないが、ソフトに訳させた英文を自然な英文に修正できる英語力がある人は、最初からソフトを使わなくてもまともな英文を書くことができるだろう。従って、ソフトに頼る人は、ソフトが作った不自然な英語のどこが不自然かわからず、そのまま使って、意味不明な英文になり、悪い点数しかとれないことになりがちである。重文、複文を濫用して文意が取り難い、意味不明な英文を書いている学生が少なくなかったが、日本語で書いた長めのセンテンスを翻訳ソフトで直訳すると、そういう英文になってしまう。稚拙でも自分の力でシンプルな英文を書く努力を積み重ねてほしい。その方がよほど外国人にも通じる文章になるはずである。