アメリカ社会論特殊講義(4.26)

3.都市における人種問題の諸相−黒人問題に対する見方を中心に−


3.1      公民権運動(Civil Rights Movement)と人種差別解消政策(desegregation policies)の展開

1870年の憲法修正15条で黒人参政権が認められたり、1909年には全米有色人種地位向上協会(NAACP)が結成されるなど、19世紀末から20世紀初頭にかけても黒人問題の法的改善に向けての進展があったが、実際には識字テストや投票税による投票参加の事実上の制限や、1896年の連邦最高裁「プレッシー対ファガソン」判決のように、「分離すれども平等(Separate, but Equal)」が原則とされ、鉄道などの公共交通や各種公共施設、住宅・教育・雇用などでの人種隔離が継続した→転機となったのは、1954年の「ブラウン対トピーカ教育委員会」判決→人種別学は違憲と判断→1957年にはリトルロックの白人高校への黒人生徒の入学に抵抗したアーカンソー州知事に対して、アイゼンハワー大統領は連邦軍を派遣して認めさせた

1955年のバスボイコット事件→M・L・キングというすぐれた指導者を得て、白人リベラル層も巻き込んだ公民権運動が盛り上がる→1963年のワシントン大行進

公民権運動に同情的だったケネディ大統領と彼を引き継いだリンドン・ジョンソン大統領の主導で

1964年の市民権法の成立―@公共的な場所における人種差別の禁止A雇用における人種・宗教・性による差別の禁止B人種共学促進のための措置C被差別者に代わって訴訟を起こす司法省の権限D黒人の投票権の保護(→65年投票権法へ)

…一連の人種差別撤廃政策は、連邦最高裁など非公選エリート主導の政策過程であった。

 

市民権法の成立にもかかわらず、1965年のロサンジェルスでのワッツ暴動など黒人暴動がクリーブランド、シカゴ、デトロイトなど全米主要都市で相次いで起こる。(←法的平等の実現による期待の高まりと現実の社会経済生活の改善の遅れのギャップの増大が一因)。

ゲット−問題の顕在化

・資料 白人と黒人の人種的住み分けの実態(「非類似係数(Index of Dissimilarity)」による変化)


3.2      現在の黒人問題

・強制バス通学(bussing)の功罪−人種統合教育をめざして通学バスによって、統合学校へ黒人学生あるいは白人学生を通学させる⇒必ずしも黒人学生の学力向上につながらず、むしろ白人中産階級層の郊外への脱出(White Flight)を促進した。

・     アファーマティブ・アクション(affirmative action 積極的差別是正措置の問題)

ニクソン政権以後、従来、過少代表されてきた少数民族や女性・障害者などに雇用・昇進・

入学などの機会を積極的に与えるよう指導するアファーマティブ・アクション政策が推進された⇒黒人の社会経済的地位の向上に貢献し、黒人中産階級も幅広く形成されるようになった。←しかし具体的な数値目標を設定して少数民族を優遇するため、「逆差別」という批判も根強く起こってきた。

1978年「カリフォルニア大学評議会 対 アラン・バッキ−」判決

→連邦最高裁は黒人を優遇する入学制度について違憲判断

→90年代末にはカリフォルニア大学も中国系総長の下で、入学における人種枠の撤廃方針を打ち出した→黒人、白人学生が減少し、アジア系学生が増えるという傾向がみられる(人種間「学力格差」の問題がからむ複雑な問題である)。

 

・     アンダークラス−黒人中産階級や企業の郊外への脱出と、産業構造の転換による単純労働の喪失によって社会経済的資源を奪われた最貧層が都市中心部(インナーシティ)に取り残され、犯罪・麻薬取引などの温床になっているという議論(William J. Wilson, The Truly Disadvantaged, 1987)

←AFDC(要扶養児童家族補助金)などのリベラルな福祉政策が貧困母子家庭を生み出したという保守派の議論(Charles Murray, Losing Ground, 1984)に対する反論。


・若年出産・婚外子・母子家庭の増加・・・「結婚対象有職男性」が問題。また白人−黒人間の結婚年齢格差は大学進学率とも相関関係がある。

・SATなどの学力格差論争 「ベル曲線論争」など
・「ヘイト・クライム」

             
3.3      人種問題とアメリカ社会−諸問題はどう連関しているのか?

アメリカの現在の人種問題の複雑さは、貧困問題と人種問題がリンクすることにより、福祉、貧困、犯罪などの問題が黒人問題として捉えられがちなことである。黒人内でも階層分化が進むことにより、アファーマティブ・アクションに批判的な、保守系のアッパーミドルの黒人も増加している。また大学入学制度に見られるように、同じマイノリティ(非白人)の中でも白人よりも高収入・高学力を示すアジア系なども増えており、人種間関係はより複雑化している。もともと個人主義志向が強いアメリカで、黒人問題の解決も含めて、貧困問題や人種問題を政策として取り組むべき社会構造全体の問題として捉えるのか、それとも個人の問題に還元するのかが政策スタンスの大きな分かれ目となっている。公民権運動期と違って、一応の法的平等や黒人中産階級の成長も見られるようになった今日、マイノリティ政策へのコンセンサス形成が困難になってきているといえよう。