アメリカ社会論特殊講義(5.10)
4.貧困問題と福祉改革
4.1 「貧困」の定義と実態
連邦政府による定義 基本的な食費x3以下の所得=貧困ライン(poverty line)
2000年の場合 単身者 65歳未満 8959ドル、65歳以上 8259ドル(税込み年収、福祉給付を除く)
18歳未満の子供二人を抱える夫婦 17,463ドル
←食費が1/3と仮定していることや、生活費の地域格差、1955年の生活費を基数として消費者物価指数の変動を考慮して計算している点などに批判がある。
貧困の実態 表参照
1.当然のことながら失業者の家庭で貧困率が高い。2.シングルマザー家庭での貧困率が他と比べてかなり高い(いわゆる「貧困の女性化(feminization of poverty)」現象) 3.時系列的に見ると黒人の貧困率の低下が顕著である。4.ヒスパニックと黒人の貧困率はほぼ同率(25%前後)で、年によってヒスパニックが上回っている。
4.2 貧困の原因の解釈をめぐる論争
保守派の解釈 「小さい政府」を志向。公的扶助は自然法に反する。貧困は基本的に個人の問題である。社会福祉政策は、自由市場に干渉し、公的資金をより有効な活用方法からそらし、職業倫理を低下させ、非道徳的行動を促進し、恒常的な福祉受給者の「アンダークラス」を作り出している
→保守派の政策目標 非嫡出子・10代妊娠の減少させること、公的扶助依存度を下げること、福祉予算を削減すること、就労意欲促進型のプログラムに切り替えること
リベラル派の解釈 貧困は社会が取り組むべき「構造」的な問題である。貧困の原因は、不十分な教育、離婚、職業訓練の欠如、就労機会の不足、様々な社会経済的差別、資本主義経済の景気変動など、個人では統制できない多くの複合的な要因によるものである。
→リベラル派の政策目標 政府は公的扶助により貧困者を救済するのみならず、適切な職業訓練プログラムの提供や自立を支援するような環境を整えるべきである。
しかし保守、リベラルを問わず、日本や西欧、北欧と比べるとアメリカは個人主義志向が強いこと、自立自助、自己責任を重んじる競争社会であること、経済的自由主義の伝統が強いことなどから基本的には個人の自立・就労にウエイトをおいた低福祉政策志向が強いといえる。
4.3 アメリカにおける社会福祉政策の展開
アメリカにおける社会福祉政策は民主党と共和党の政権交代によってリベラルと保守の間で変動してきた。
1.ルーズベルト大統領によるニューディール政策 失業率25%の大恐慌が背景。
1935年社会保障法 初めて連邦政府が社会保障制度に本格的に着手した。
特徴 @アメリカ医師会の抵抗で、医療保険が組み込まれていないこと
A失業保険は使用者と州政府のみが負担すること→企業が失業者を出さないようにする制度
B公的扶助は、高齢者、視覚障害者、要扶養児童家族というカテゴリー別扶助で世帯ごとの一般扶助ではないこと
C一般的扶助はカウンティ、シティ、タウンの施策で連邦政府は担当しないこと。
2.1960年代のリンドン・ジョンソン大統領 「貧困に対する戦い」
1964年経済機会法 @職業部隊などの職業訓練事業、A就学前教育、障害児教育などの教育事業、B貧困者のためのボランティア訓練、地域活動事業
1965年社会保障法−メディケア(高齢者医療保険制度)−連邦政府が実施
メディケイド(低所得者医療扶助制度)−州政府が実施、連邦政府が補助
3.1980年代のロナルド・レーガン大統領の新連邦主義
社会保障の一部民営化やAFDC(要扶養児童家族補助金)、フードスタンプの連邦から州への移管を目指すが実現せず。しかしAFDCの受給資格の厳格化や、連邦主導の福祉政策の流れにストップをかけた。
4.クリントンの福祉改革
背景 AFDC受給者が89−94年の5年間で29%増加、70−93年では68%増加。
結婚経験の全くない女性受給者 76−92年 4倍に増加(AFDC受給者の約50%)
特に10代母親の受給が長期化。
1996年「個人責任・就労機会調停法」
AFDCを廃止し、TANF(貧困家庭一時扶助)に切り替えた。→上限付のブロックグラントに
補助金を受けた成人は2年以内に就労することが義務化。
4.4 福祉改革への各州のとりくみ
児童保護 3−5歳児を対象にした、就学前教育・医療プログラム(『ヘッドスタート』)の普及。1988年家族支援法→一定の養育費を父親から徴収することを州に義務付ける。
踏み倒す父親(deadbeat dad)の公表や起訴。
デイケア コロラド、イリノイ、ロードアイランド、ウィスコンシンなどの各州が子供の
託児所施設利用料金の補助金を支給。
未婚母親問題
非嫡出子の出産率 1950年代は4%、1995年32%、そのうち80%が貧困ライン以下の家庭。→貧困家庭の人工中絶のための州政府の補助は、政策的に実現が困難。
「ファミリーキャップ制」の導入→福祉受給中の母親が新たに妊娠した場合、受給額の増額をしないこと(ニュージャージー州)。就職面接を受けなかった母親は現金給付やフードスタンプなどの受給資格を失うこと(ミシシッピ−州)。10代で福祉給付を受けている母親が学校に通学した場合、補助金やデイケアを与えること(オハイオ州)。高卒資格を得た場合に現金ボーナスを支給すること。性教育プログラムの充実化。法定強姦(statutory rape)禁止法の厳密適用化(ハワイ14歳、カリフォルニア18歳、その他の州は16歳を承諾年齢とする)。