アメリカ社会論特殊講義(5.17

5.社会経済的格差と教育改革

5.1       教育の社会経済的効果−教育の多面的性格

政策を、経済成長に直接プラスになる開発政策、中立的な配分政策、経済的にはマイナスだが社会的公正の観点から必要な再分配政策に大別すると(Paul Peterson, City Limits, 1981)、教育政策は都市中心部(central city)では「再分配政策」、郊外では「開発政策」としての意味をもつ。また教育目標も,1.先端技術や各学術分野で世界をリードできる人材を養成する、2.平均的アメリカ人の知的水準を向上させ、産業構造の変化、テクノロジーの変化に対応できるようにする、3.社会経済的に恵まれない人々の生活環境、社会経済的諸条件を改善するために教育を提供する、4.識字率を向上させる、犯罪率を低下させる、衛生観念を身に付けさせて感染症を防ぐなど最低限の社会秩序を維持するために教育をするなど様々なレベルでも目標が存在している。

5.2       アメリカにおける教育制度−地方分権的な構造

アメリカの州別義務教育年齢Ages for Compulsory School Attendance)(2000年度)

年齢

州名(カッコ内は同じ義務教育年齢の州の合計)

5−16
5−17
5−18
6−16


6−17
6−18
7−16

7−17
7−18
8−17
8−18

デラウェア、メリーランド(2)
アーカンソー、サウスカロライナ(2)
ワシントンDC、ニューメキシコ、オクラホマ、ヴァージニア(4)
アリゾナ、フロリダ、アイオワ、ケンタッキー、マサチューセッツ、ミシガン、ニューハンプシャー、ニュージャージー、ニューヨーク、ロードアイランド、サウスダコタ,
ウエストヴァージニア(12)

ミシシッピー、テキサス(2)
カリフォルニア、ハワイ、オハイオ、ユタ、ウィスコンシン(5)
アラバマ、アラスカ、コロラド、コネティカット、ジョージア、アイダホ、イリノイ、
カンザス、ミネソタ、ミズーリ、モンタナ、ネブラスカ、ノースカロライナ、
ノースダコタ、ヴァーモント、ワイオミング(16)

ルイジアナ、メイン、ネヴァダ、テネシー(4)
インディアナ、オレゴン(2)
ペンシルヴェニア(1)
ワシントン(1)

Source: Digest of Education Statistics 2000  at http://nces.ed.gov/pubs2001/digest/dt152.html.

 

図表参照 連邦政府は基本的に教育政策を統括する権限をもっておらず、教育は州政府の

管轄領域であり、州政府によって創設され、独自の課税権ももつ学校区school district)−全米で13,726(1997)存在、公選の理事会がフルタイムの専門行政官を雇って行政を行わせるシステム−が学校区内の公立学校の管理運営に当たる。予算、義務教育年齢、カリキュラム要件、教科書選定、生徒−教師比率など重要な問題は州が決定するが、教師の選定・任免や予算の一部や管理全般は地方政府が行う。

連邦政府の教育の役割は限定されていた

理由

1.私立学校への公的助成の合憲性の問題(特に政教分離に関して)
2.人種別学と人種統合教育問題→人種統合を連邦政府が推進するのに対しては「州権」の立場から反対があった一方で、人種別学校への連邦助成にはNAACPなどが反対した。

しかし

1965年初等・中等教育法(ESEA) 学校ではなく、生徒に非宗教的な教科書の購入や図書館資料の購入を補助するという形で成立した。1968年改正で障害児童への援助も開始した。またGI 法(1944)は、州立大学へ復員兵が入学した場合も財政的に援助した。

 

ESEA資金自体は、初等・中等教育に対する地方教育関連支出の7%に過ぎなかったが、1.地方の教育に連邦が介入するようになったこと、2.地方の教育者や貧困層が教育向上の手段として積極的に受け入れ政治的に成功したこと、3.補助金を受け取る州や地方の教育機関は、プログラムが子供に及ぼす影響を評価し、結果を公表しなければならなかったため、子供の学業成果と教育効果についての評価研究が進んだこと、など多大な影響力をもった。


5.3       アメリカ教育の直面する問題

 
A.教育の質の不均等

初等・中等教育の財源は約40%が地方政府の固定資産税に依存→貧困地区では一層、学校教育も貧弱なものにならざるを得ない→中流・富裕層の郊外への脱出により、都市中心部は財政的に困難に(また州の補助金もかつて都市部が裕福だった時代のままのため、農村学区優遇型になっていたために一層状況が悪化)。

1990年代になって、テキサス、ニュージャージー州など各州最高裁が学校区間の生徒一人あたり教育支出の不均等を是正する財政措置を州に取るように命じる判決を出すようになった。(←教育支出と教育効果の相関は不透明。また豊かな自治体の教育支出に横並びしようとすると州側の多大な財政負担となるなどの問題点もある)。
B.人種統合教育

1954年の「ブラウン対トピーカ市教育委員会」判決以来、人種統合教育が大きな課題に

→「強制バス通学」などの手段→「白人の逃避(White Flight)」につながり必ずしも効果をあげず。また黒人内部からも「コミュニティ」の崩壊につながった面もあると批判。

1990年の「ミズーリ対ジェンキンズ事件」判決→連邦最高裁は、カンザス・シティ市学校区に対して固定資産税率を倍にして、高設備の人種統合校の建設を命じた(住民投票では6対1の割合で反対)→連邦主義の原則に反する。

C.学力低下問題

SATなど標準テストにおける長期低下傾向

→高校のカリキュラムが、コアコースを軽視し、「自己表現」、「スキー」、「愛と結婚」といった学生の興味向けのものや、あるいは「大量虐殺」、「奴隷制の歴史」といったトピックス偏重の科目になりすぎてきたことに批判がある一方で、標準テストの文化的バイアスについての批判がマイノリティから出されたりしている。→多文化主義教育の問題と絡みSTANDARDとは何かがますます問題に。1997年には全国テスト法案挫折(←宗教右翼の反対とマイノリティの反対)。また2001年2月にはカリフォルニア大学学長がSATIを入試科目から外すことを表明して波紋を投げかけた。

 

学力と社会経済的背景→高学歴の家庭に育った子供は高学力高学歴に、低所得家庭に育った子供は低学力にという再生産現象


D.現在のアメリカの学校教育をめぐる様々な論点

1.学校内におけるドラッグの使用

2.全米レベルでの教職資格認定問題

3.道徳教育

4.マイノリティ教職者の増員

5.ベイシックス教育の必要性

6.チャータースクール カリフォルニアとミネソタが先陣を切って、州教育委員会から許可状をもらって、自由度の高い学校を作って親や生徒の選択肢を増やす

7.バウチャー制 州や学校区がバウチャー(学費支払券)を親に給付して、公立、私立を問わず学校を子供や親が選択できるようにする。