アメリカ社会論特殊講義(5.31)
7.都市の成長と成長管理
7.1 アメリカ都市計画の特徴−スラム・クリアランスから都市再開発へ
<19世紀の都市再開発>−公衆衛生と劣悪な都市環境の改善がメイン
<ニューディール政策期>−住宅所有者金融公庫創設、連邦住宅局(FHA)、全国抵当協会創設。1937年合衆国住宅法制定→スラムクリアランスと公営住宅建設を行なう地方自治体を連邦政府が助成
1949年住宅法−スラムクリアランス用地を民間に払い下げて、その用地の開発と事業運営を企業に委ねた→連邦政府の財政負担になった反面、”Negro Removal” ,”Federal Bulldozer”だと批判された。→1954、1959年の住宅法では建替えより修復・保全にシフト。
しかし1960年には1950年に比べて、低質住宅は38%、配管設備をしてない住宅も10%減少→住宅問題の解消に一定の効果。
フィルタリング理論→理論的には住宅不足が解消されることになるが、実際は住宅の劣化とスラム化が進行。
リンドン・ジョンソン期の改革
・1965年経済開発法−都市中心部の製造施設に限定的な連邦補助の投資を行なう。
・1966年デモンストレーション都市法→モデル都市事業(都市中心部に対象地区を設定し、物理的、社会経済的な改善を図る総合計画を実施する)→住宅、社会サービスの改善、経済開発の点では十分な成果を挙げなかったが、マイノリティの住民参加リーダーを生み出すなど人的ネットワークの形成で成果があった。
経済開発としての再開発へ
都市開発補助金(UDAG) @老朽住宅率A一人当たり所得増加額B貧困率C人口増加率D雇用増加率E失業率などの指標で3つ以上の条件をみたす経済衰退都市にHUD(住宅都市開発省)が都市開発資金を民間との共同プロジェクトに低利融資(成果にはボルティモアのインナーハーバー地区など)
また連邦政府との連動型でない誘導再開発手法としては
1.インセンティブゾーニング(開発にあたって容積率の割増を認める代わりに公開広場として提供させるなど公共目的に奉仕させる)、2.開発権移転制度(TDR) 上空の開発権を隣接に譲渡する制度、3.ニューヨークのミッドタウンゾーニングのような特別地区を設定する手法、4.エンタープライズゾーン 税の減免や規制緩和、公共サービスの強化で地区内での企業活動の活性化を図る(誘致ではない)。
このように アメリカの都市開発政策は、福祉や社会的公正を重視する都市再開発と、市場原理に基づく経済成長志向の再開発とが並存・競合してきた。
7.2 成長管理政策
社会的公正を重視するにしても、経済成長を重視するにしてもいずれにせよ1970年代までのアメリカ都市政策は、成長指向型の開発政策であったといえる。
しかし
人口増加=経済成長=都市の発展という図式の崩壊
→交通渋滞、大気汚染、オープンスペースの喪失、新たなインフラストラクチュア建設のための税負担増、安価な住宅の不足といった都市成長に伴う諸問題が顕在化。
→「成長管理(growth management)」と呼ばれる政策の登場
「成長管理」とは、「新たな居住、商業、産業施設、道路、学校、その他の社会的インフラストラクチュアの増加と、既存の施設内における人口と雇用の増加を制限するための明示的な試み」である。
ゾーニング法などによる成長管理自体は新しい発想ではないが、特に成長そのものを規制する政策を採用することは比較的新しい。
成長管理政策が重要なのは、全米人口でいえば30%以下の大都市圏地域だが、それらの中にはカリフォルニア、フロリダ、及び北東部のアメリカで経済的にもっとも活発な地域が含まれているのである。
<地方政府の管轄区域の問題>
→米国においては、土地利用規制は地方政府の権限なので、住民はその利害に一致した管轄区域を選択する傾向にある→中産・富裕階層の住民は、ゾーニング規制、建築基準、その他の規制を通じて、低所得層が流入できないような高い水準の居住コストを維持する管轄区域を確立しようとする→中心都市と郊外都市、さらには新興郊外都市と古い郊外都市との間の社会経済的ギャップが拡大する。
さらに居住における人種差別が、マイノリティにおける高い貧困人口比率とあいまって、貧困マイノリティ層の貧困地域への集中・孤立化をもたらしている。
<成長管理政策の目的> Anthony Downs, New Visions for Metropolitan America, 1994によれば、
a. 交通渋滞や新たなインフラストラクチュア・コストを低減するため、新規開発の総量を制限すること
b. 新規開発の速度をゆるめること
c. 既存の住民に増税するのを避け、新たなインフラ整備のコストを、新規開発側に負担させること
d. 汚染源を効果的に規制すること
e. 住宅価格を維持し、増税を避け、既存の住民の社会経済的地位を維持するため、低所得世帯の地域への流入を防ぐこと
<成長管理政策の問題点>
a. 地価・賃貸料・家賃の上昇
b. 低人口密度での人口拡散(スプロール)→通勤・交通時間の拡大→場合によっては大気汚染に
c. 同一都市圏内の全ての地方政府が一斉に成長管理政策を採用するのは不可能なので、都市圏全体の成長管理をすることは困難である→成長の拡散現象
<成長の代替案>
a. 平均的な高人口密度成長→効率的な公共交通の利用が可能に
b. 自動車依存型から公共交通活用型に
c. 職場の点在型からビジネス拠点集中型に→固定資産税のシェアなどを考えないと地方政府の反対を招くことになる
d. 土地利用規制権限の分散の弊害→公選の統一的都市圏政府の樹立あるいは州マンデイトを活用により克服する
e. トリックルダウン型(中産階級の住宅の老朽化→価格の低下→低所得層の住宅に)の住宅供給パターン(=前述のフィルタリング理論はこの現象を肯定的に評価しているが)を改め、住宅助成金、低価格住宅(アフォーダブル・ハウジング)の建設を行なう。
このように成長管理を主張する、アンソニー=ダウンズはアメリカのスプロールの社会経済的弊害を是正するため、大都市圏レベルの政府の創設と、低密度拡散型ではなく、高密度平均型(言いかえればヨーロッパ都市型)の都市成長のための戦略であると考えている。
<アメリカにおける成長管理政策の展開>
1.成長管理の第1の波 1972年の北カリフォルニアのペタルーマ市が年間の住宅建設戸数を500戸に制限。人口急増に対応できない自治体が住宅建設戸数を制限するパターン。
2.成長管理の第2の波 州政府で成長管理を行なうところが1980年代以降増加。また「第1の波」の時の中小都市と違って、@ニューヨーク、ボストン、サンフランシスコ、ロサンジェルスなどの大都市によるオフィス・商業利用のコントロールが増えたこと、Aアフォーダブルハウジング政策と連動していること、B歴史的景観保全・町並み保全などの動きも登場したことなどが挙げられる。
<サンフランシスコ市の成長管理政策>
1.1985年のハウジングリンケージ−都心部5万平方フィート以上のオフィスの建設,大規模な修繕をする建設業者は1000平方フィート当たり0.386住宅の建設費または1平方フィート当たり6.384ドルの負担金を支払わなければならないと定めた→相対的に少数のデベロッパーが負担を強いられるという批判もある。
2.容積率の切り下げ(ダウンゾーニング)
1986年 住民提案M Proposition M
1年間で市が開発許可をしうるオフィスの総量を95万平方フィート(8.8HA)に制限。
シアトルでも採用。しかしその他の多くの都市では「開発自体は認めつつ、都市における業務商業機能の立地場所、内容、形態のコントロールが主流」。
サンフランシスコ市における成長管理政策の影響
→法律事務所や会計事務所、コンサルティング会社などの高付加価値サービスや金融、スモールビジネス中心に
1980年代の成長管理運動の主な成果
a. 日照確保など開発されるオフィスの質が向上した。
b. ダラス、ヒューストンのように空き室率が高い(30%)オフィスの乱開発といった事態を避けられた。
c. 開発拠点を分散化できた。
d. 1985年の条例でオフィス開発とアフォーダブル・ハウジングを連動させることができた。
<フロリダ州の成長管理>
州と都市政府が連携した総合土地利用計画をたてる。
その際の原則は,
a. 整合性−総合計画を構成する各要素間で整合性が保たれていること。
b. 計画と手段の整合性
c. 政府間の整合性
d. 同時性規定−開発にともなって発生する道路,交通,水,廃棄物処理などの需要を処理することのできる公共施設の整備を、開発と同時に行うことを要求する
→しかしうまくいかないと州が都市政府に無理な計画をおしつけることになりかねない。
この点、ニュージャージー州の場合は,
「相互承認システム」があり、州政府が定めた広域計画を前提としてこれに対する整合性を一方的に地方政府に求めるのではなく,両者の計画を互いに比較しながら相互に修正していくという広域性と地方自治のバランスをとるシステムになっている。