アメリカ社会論特殊講義(6.14

9.ドラッグとアメリカ社会−カウンター・カルチュアからドラッグ・コントロールまで

「社会集団は、これを犯せば逸脱となるような規則をもうけ、それを特定の人々に適用し、彼らにアウトサイダーのレッテルを貼ることによって、逸脱を生み出すのである。この観点からすれば、逸脱とは人間の行為の性質ではなくして、むしろ他者によってこの規則と制裁とが『違反者』に適用された結果なのである。逸脱者とは首尾よくこのレッテルを貼られた人間のことであり、また逸脱行動とは人々によってこのレッテルを貼られた行動のことである。」(H・S・ベッカー『アウトサイダーズ』1963

「サイケデリック思想は主義として社会の強制システムを拒絶した。そのため真の独創性と奇抜さ・狂気とに、あるいは通常要請される社会的適応力を超える能力があることとその要請にこたえる力がないことに体系的で明確な区別をつけられなかった…ヒッピーは人の心をひきつけ散発的な独創性を発揮したが、しばしば甘やかされた子供のように振舞った…集団でLSDでトリップするような心理的共同体は、日常生活に役立つ取り決めを何一つしなかったため、本物の共同体のモデルにはなり得なかった」(L・グリーンスプーン=J・B・バカラー『サイケデリック・ドラッグ再考』1979)

9.1      アメリカ社会とドラッグ

逃避的行動―ロバート・マートンによれば、「ある社会における支配的な文化的目標とその目標を達成するための制度化された手段の両方をともに放棄すること」(『社会理論と社会構造』)e.g. 自殺、家出・蒸発、アルコール中毒、薬物乱用

目的志向性が強く、物質的成功や競争原理を重んじるアメリカ社会では同時にドロップアウトを生み出しやすい(また自覚しやすい)社会でもある→

社会的なストレスを「発散」させる嗜好物のうちで、合法的なアルコール、タバコと、ドラッグ類の線引きをどこでするのか?(反復性、依存性、犯罪などの逸脱行動の誘発性、組織犯罪との関係etc)

<薬物乱用の要因(麻薬・覚せい剤乱用防止センターによる)>

1. 生活水準の向上に伴い、価値観が多様化し、社会的規範の低下やサブカルチャーを容認する傾向が助長されていること。

2. 都市化現象に伴う自然環境からの隔離、社会的連帯感の希薄化、疎外感の助長、都市のもつ匿名性、享楽的風潮などが助長されていること。

3. 進学率の著しい上昇、高学歴化の進行、受験準備の大衆化にともなって、落ちこぼれる児童・生徒が続出していること。また、教師と生徒との人格的触れ合いが不足する傾向にあること。

4. 核家族、少子家族が一般的となり、大家族がもっていた家族の教育・養育機能が低下する傾向にあること。

5. 情報化の進展の中で、的確な判断や情報の選別力に青少年が情報の洪水(例えばアルコール飲料のコマーシャル)に押し流され、主体性を失うおそれが強くなるとともに、青少年の考え方や行動が感覚的になってしまう傾向にあること。

6. 国際化の進展の中で、海外渡航した青少年が大麻などの薬物乱用に汚染されて、その流行を持ち帰る危険性が増大していること。

1960年代初期までは、マリファナ、ヘロインすべてに対してアメリカ国民は不寛容であった→1960年代半ばに ハーバード大学ティモシー・リアリー博士の行ったLSDの実験や前衛芸術家やアーティストによるサイケデリック・ドラッグの使用や、公民権運動やベトナム反戦運動でのマリファナ使用などが、ドラッグ= サブカルチュア、カウンターカルチュアとして容認されるムードが出てきた。

9.2 薬物政策の展開

1970年     包括的薬物乱用防止・管理法 薬物をスケジュール(一覧表)で分類

→マリファナ、ヘロイン、LSDはすべてスケジュール1(中毒性が高く医学的価値が低い)、コカインは2(医薬的価値もあり)、3、4、5は乱用の危険が低いもの。

ニクソン政権の対麻薬政策

1.国際的な麻薬ルートを断つことで薬物を入手困難にする(トルコ,メキシコ、フランスなどのヘロイン・ルートの摘発)
2.国立薬害研究所を設置して,中毒者の治療・教育を行なう。→国内の下層階級の薬物中毒者には犯罪防止・医療管理を行ない,中産階級のマリファナ使用には教育や予防措置をとった。

しかしその後のフォード、カーター政権はマリファナ容認の方向

1976年 18から25歳の若者の25%、12−17歳の少年の12%が過去一ヶ月にマリファナを使用→1979年にはそれぞれ35%、17%へ急増。

議員たちも子弟のマリファナ使用により、厳罰主義に二の足を踏んだ。

1979〜85年にはマリファナ吸引率はそれぞれ21.8%、12%へと低下

レーガン政権の対麻薬政策

1984年犯罪管理法 麻薬の売人のみならず薬物所持違反者も後半まで拘留できるようにし、また罰金も増額した。

「ゼロ・トレランス」政策

80年代後半からクラックが流行

麻薬使用が中産階級から下層階級に拡大

→クラックを扱うギャング間の抗争の激化、クラックを買うための売春の増加、中毒母親による子供の遺棄、クラッカーズ・ベイビーの誕生などの社会問題が生ずる。さらに薬物を静脈注射する男女にHIV感染が広がった。

1986年薬物乱用防止法 
1.マリファナ販売を懲役刑に、2.いわゆる「デザイナーズ・ドラッグ」をスケジュール1に指定して規制、3.マネーロンダリングの規制

1988年の薬物乱用防止法に基づいて、大統領府に国家薬物管理政策局(Office of National Drug Control Policy)設置

強硬な薬物取締り策→刑務所が受刑者で飽和状態に。州財政の負担に。

またマイノリティ貧困層をターゲットにした摘発も社会的公正の観点から問題に

1990年犯罪管理法

麻薬取締りを強化する州や都市に連邦補助金を増額

文教地区や田園地区での薬物取り締まりの強化


9.2      十代のドラッグ使用の実態

資料参照

クラブ・ドラッグ「エクスタシー」やGHB、ハルシオンなどの悪用→教育現場でも「ゼロ・トレランス・ポリシー」が重要に

9.3 今後の展望

ドラッグの普及とドラッグの「回し打ち」によるHIV感染率の上昇→公衆衛生の点から「注射器交換(needle exchange)」制の導入が検討され始めた(コネティカット州ニューへブン、ワシントン州タコマなどで実施され、一定の効果を上げる)→しかしドラッグ容認という社会的メッセージを公共機関が発しているととられかねないので多くの自治体ではまだこの制度は採用されにくい状況にある。