アメリカ社会論特殊講義(6.21
10. アメリカにおける犯罪対策と州・地方政府

10.1   犯罪の実態

過去30年間と比べると1990年代に入り、凶悪犯罪発生率は低下傾向にあるが、19992000年のデータで見ると犯罪率は一定している(むしろ郊外や西部、中小都市では微増傾向にある)。

犯罪に対する二つの見方

1. 楽観論 警察行政の改善、好況、警察人員の増員、ベビーブーマーの高齢化、刑務所収容人数の増加→犯罪率の低下へ
2. 慎重論 ドラッグやヘイトクライムの増加、若年犯罪の増加、ホワイトカラー犯罪の増加→かならずしも犯罪の減少とはいえない。

<犯罪解決率の問題点>

窃盗・盗難事件では20%以下、殺人事件で75%、暴行事件で60%、強姦事件は50%、強盗は25%の解決率。逮捕の約3分の2は起訴に至らない。

コミュニティ警察(Community Policing)の見直し

「建物の窓が壊れているのを放置すれば他の窓もまもなく全て壊れるだろう」(J. Q. Wilson)

→ネイバーフッドの物理的崩壊を放置すれば社会的崩壊につながる。→ニューヨーク、ボストンなどの大都市での凶悪犯罪の低下はこうしたコミュニティ警察による改善策が功を奏した。


10.2   警察行政における政府間関係

アメリカで警察行政の中心はミュニシパリティ(60%)。

カウンティが30%、州は10%程度。国家反逆罪、貨幣偽造、誘拐などは連邦犯罪で、FBIが担当


連邦政府の州・地方政府に対する援助−1968年の法執行援助援助局(Law Enforcement Assistance Administration)−1970年代には多額の資金を州・地方警察に援助

しかし80年代のレーガン・ブッシュ政権期には援助を大幅カット。

クリントンの「犯罪法」→88億ドルを警察官新規採用資金として、79億ドルを刑務所建設費として援助。

サイバー犯罪の増加により連邦政府の役割はますます高まっている。

10.3   連邦最高裁と刑事政策

ウォーレン・コートの一連の判決

Mapp v. Ohio, 367 U.S. 643 (1961) 「マップ対オハイオ事件」(1961)

正当でない捜査手続きで得られた事実や証拠物件は裁判で採用されないとした判決。

Gideon v. Wainwright, 372 U.S. 335(1963) 「ギデオン対ウェインライト事件」(1963)

死刑に相当する以外の重罪で起訴された者にも経済的に余裕がない場合は、州は公費による弁護人依頼権を付与しなければならないとした判決。

Miranda v. Arizona, 384 U.S. 436(1966) 「ミランダ対アリゾナ事件」(1966)

連邦最高裁は、警察は被疑者に対して彼らの有する権利−黙秘権、発言が法廷で不利な証拠として用いられうること、弁護人選任権−を告知する義務があると判示し、犯罪の合理的容疑がない限り、人を停止させ、所持品検査をしてはならないとした判決。犯罪捜査の「ミランダ・ルール」として確立することになった画期的判決。
こうした一連のリベラルな判決が犯罪者の権利を過度に擁護し,起訴を難しくしたという批判もある。

1960年代から70年代にかけて最高裁の諸判決により、連邦、州および地方自治体が、嫌がる個人に対して多数派の道徳基準を強制することは一層困難になったのである」(M・Lベネディクト、『アメリカ憲法史』)→近年の最高裁判例では疑わしいものに対する所持品検査や令状なしでの車のトランク検査を合法とするものも出てきている。

10.4 犯罪政策における州のスタンスの相違

A.「被害者なき犯罪(victimless crime)」の場合

ドラッグ、ポルノグラフィの製造・販売・消費、売買春など

合法化による管理→ドラッグの合法化によって組織犯罪の利潤を減らす。医療的管理をする。売春の合法化により定期検診などを義務付ける(例 ネヴァダ州)。  →検察官がより凶悪な犯罪の起訴にエネルギーを回すことができるという擁護論もある。

強力な反対論 「被害者なし」といっても、組織犯罪の横行や性感染症の蔓延など公共利益に反する場合もある。またドラッグ関連の犯罪(交通事故や暴行、抗争事件)なども増加している。またドラッグの一部の合法化も結局は、より強く「違法な」ドラッグへの誘因となる。

B. 死刑政策

1935年だけで諸州は199人の死刑を執行

1972年の「ファーマン対ジョージア事件判決」−州による死刑執行は恣意的、人種差別的、残酷で違憲だとした。

しかし保守化したとされるレーンキスト・コート(1986〜、レーガンが任命)では、死刑を定めたジョージア州法を合憲とする判決や、知的障害者や未成年者に対する死刑の適応も合憲とする判断を示している。

現在は38州で死刑が執行されている(32州が薬物注射、11州が電気椅子、7州がガス室、4州が絞首刑、アイダホ、オクラホマ、ユタ州では銃殺隊による銃殺など複数の方法が取られている。

<死刑の問題点>

しかし倫理的見地に加えて、経済コストの観点からも死刑は問題視されている。

例 フロリダ州では死刑執行一人当たり320万ドルかかる(訴訟費用なども含めて)。

人種問題−黒人は総人口の12%だが、死刑囚の42%を占めている。白人を殺害した黒人は死刑判決の出る可能性が高い。死刑判決が下される女性は2%以下で、執行率はさらに低い。

犯罪抑止効果の高い刑は「すばやく、確実に執行されること」が要件→死刑は必ずしもその要件を満たさないという批判がある。「報復(retribution)」の側面も強い(eg 最近のティモシー・マックベイの死刑執行のテレビ中継など)

C.矯正政策

刑務所の収容能力を超える受刑囚にどのように対応するのか?

→1.仮釈放や保護観察処分を増やす(electronic house detention, 職業訓練プログラムへの参加による懲役期間の短縮)

→2.刑務所の収容状況に合わせて判決を下す。

→3.一定の公的奉仕活動に従事させる。

→4.被害者への補償をする労働矯正施設restitution center)にいれる(フロリダ、アリゾナ、ジョージアなど)。

→5.集中保護観察Intensive Probation Supervision) ジョージア州が先駆