アメリカ社会論特殊講義(7.5

12. コミュニティにおける政治・市民参加


12.1   なぜ参加するのか・しないのか?

A・トクヴィルの指摘以来(『アメリカにおけるデモクラシー』)、個人主義とコミュニティの両立はアメリカ社会にとって大きな課題で在りつづけてきたが、個人の価値を最大限尊重し、政府の介入を最小限に押さえようとする場合、市民と国家の中間団体として様々な結社、集団、グループが発達してきたのがアメリカ社会の一つの特徴である。

・コミュニティにおける市民参加のパターン

発言 (VOICE)                      <積極的>     退出 (EXIT)

・ 政治家に接触する                             ・ その自治体から引っ越す

・ 政治問題を議論する                            ・ 行政サービスに代わる民間サービスを活用する
     政治活動する            
      政治献金する
      ネイバーフッドグループに参加する
      抗議運動を行なう

<建設的>                                              <破壊的>

忠誠 (LOYALTY)                               無視(NEGLECT

・ 投票する                                 ・ 棄権する
      コミュニティを積極的に評価する                      ・ 自治体と争うことは無意味と考える
      行政活動に参加することを通じてコミュニティを支持する。          ・ 自治体職員を信用・期待しない

             <消極的>

Source Lyons, William E. and David Lowery. 1986. “The Organization of Political Space and Citizen Responses in Urban Communities: An Integrated Model.” Journal of Politics 48(2), p.331.(ちなみにVoice, Exit, Loyalty のモデルは、A・O・ハーシュマン『組織社会の論理構造』ミネルバ書房、1975参照)

12.2   市民参加・政治参加は衰退しているのか?

アメリカ人は、国際的に比較した場合、市民が政治に高い関心をもち、積極的にコミュニティ活動やヴォランタリ活動に参加する、「参加型市民文化 participant civic culture」を持つ国民であると自認してきた(またそれはGabriel A. Almond & Sidney Verba. The Civic Culture. 1963以来、様々な実証研究で確認されてきた)。1990年代に入って、こうした前提に疑問が投げかけられるようになってきた。

ロバート・パットナムの指摘 (Putnam, Robert. 1995. ”Turning In, Turning Out: The Strange Disappearance of Social Capital in America.” PS: Political Science & Politics, 28(4), 664-683 . 後に).

1.PTA,女性有権者同盟、赤十字などの団体や任意団体への参加が過去20〜30年間に25〜30%減少した。
2.余暇を社交やコミュニティ活動に割り当てる人が著しく減少した。
3.政治的請願や寄付は減少してないが、政治集会への参加や政党のための活動は36〜50%程度過去20年間の間に減少した。

パットナムによる「市民参加の衰退原因」の説明

仕事の多忙化、経済不況、郊外化、女性の社会進出、家族生活の崩壊、60年代のカウンターカルチュア、福祉国家の台頭、市民権革命、テレビジョンなどのテクノロジーの変化などの諸要因の中で、特に@「市民世代(1910〜40年生まれ)」の高齢化とAテレビ視聴時間の長時間化による余暇の「私化(privatization)」が市民参加減少の最大の要因であると指摘した。⇒90年代後半からアメリカにおいて、Civic Engagement論争がさかんになった。

パットナムへの反論Schudson, Michael. 1995. “What If Civic Life Didn’t Die? “The American Prospect 25.)

a. 教会は独身者クラブや就学前教育など活動領域を広げて、参加者を拡大してきた。
b. YMCAのジムを利用していた人が、地元のフィットネスクラブを利用するようになったりと、もともと実利的な目的で非営利組織を利用していた人が減少したと見ることもできる。
c.ツーリングの趣味サークルが、ヘルメット着用義務法制定の動きに反対運動を起こしたりするといった具合に、趣味団体が急遽、政治化することもありうる
d.パットナムはメーリングリスト組織をカウントしていないが、「対面型の市民参加」のみを市民参加だとする考え方は狭すぎる
e. パットナムの言う「長い市民世代」は、フランクリン・ルーズベルトのような国民の尊敬を集める大統領と大義名分があった第二次大戦を経験した、むしろ例外的な世代、その後は、正当性の疑わしい戦争(ヴェトナム戦争、湾岸戦争、ユーゴ空爆)とモラルの低い大統領(ニクソン、クリントン)の時代。
f. テレビ番組の内容に着目すると、むしろ政治化したコメディ、トークショー、テレビマガジンなどが増加している。一概にテレビ→政治的・市民的無関心とは言えない
g. 政府や政治に対する不信感が増大した1965から95年は女性、黒人、同性愛者、高齢者などの権利が著しく増大した時代であり、1930年代以来始めての消費者運動もおこり、また禁煙運動も大規模に繰り広げられたが、こうした動きは全て草の根の運動でもあった。

概括すれば、パットナムが火をつけた、「市民参加論争」は、集会などに直接参加・対話する昔ながらの草の根デモクラシーを重視する派と、社会や時代やテクノロジーの変化を前提として、寄付金やメールによる支持だけでも一種の政治参加として肯定する派との間の議論だと言える。政治的な関心自体はアメリカ人の間で決して低下しているとは言えず、むしろ多くの社会的争点が政治化される傾向にあるといえるだろう。

12.3   アメリカにおける直接参加の制度と特徴

1890〜1920代にかけてのいわゆる「革新主義運動」の時代に、政党など職業的政治家の影響力を排し、住民の直接的な政治的発言力を高める政治制度が各州、各都市で導入された。

Popular referendum (住民レファレンダム) 議会が制定した法律の施行を遅らせたり、阻止するための住民投票。5−10%の有権者が請願に署名すれば、法案は住民投票にかけられることになる。現在、25州で採用。

Referendum レファレンダム 有権者が州憲法、州憲法修正案、州議会制定法について賛否を問われる、いわば義務的な住民投票。

Initiative イニシアティブ(住民発案)有権者の請願により法案が投票にふされ、それが採択されるとそのまま州法となる制度。州議会はイニシアティブにより提案され、有権者によって承認された法案を修正・廃止することはできない。現在、24州で採用。

1950〜60年代にはあまりイニシアティブは行なわれなかった。

1970年代に入って、原発建設や環境運動が活発化するにつれてイニシアティブは多用されるようになった→特にさかんなのがカリフォルニア州

<カリフォルニアにおける著名なイニシアティブの例>
1978   提案13号Proposition 13) 固定資産税を増税する場合は有権者の3分の2の賛成を必要とするとした。いわゆるTax Revolt(納税者の反乱)の先駆け

1994  提案187号 不法移民と子弟に対する公教育・緊急医療・社会福祉サービスの停止

1996      提案209号 州政府、地方政府、州立大学などにおけるアファマーティブ・アクションの廃止
1997      提案227号 30年来の公立学校における二言語教育を廃止、代わりに一年間の英語集中教育を提供する。

<イニシアティブ政治の問題点>
1. 企業や労働組合などの組織力をほこるグループや、選挙運動を専門とするPR会社、署名集めを専門に行なう利益団体など一部の限られた団体の声を過大に代表することになる→“Populist Paradox”といえる現象が生ずる。
2. 反対に1972年に環境保護を目標にした提案9号(鉛入りガソリンの販売禁止や海洋油田の採掘中止、原子力発電の建設見合わせ)が未成立に終わったように、企業の利益に反する場合、企業が大量の資金をつぎ込んで、住民団体の提案を阻止する場合もある。
政党や、代議制を迂回した「民主的」制度がかえって、「非民主的」な政策につながりかねない場合もある。

市民参加、市民文化と公共政策
ライスとサンバーグは、アメリカ各州の市民文化の成熟度と各州政府の行政パフォーマンスの関係を実証研究した(図参照 Rice, Tom W. and Alexander F. Sunberg. 1997. "Civic Culture and Government Performance in the American States." Publius:The Journal of Federalism 27(1):99-114.)。彼らの研究では、政府のパフォーマンスを、@政策リベラリズム、A改革的立法の成立度、B行政効率などの指標で測り、市民文化の度合いを、@一人当たりコミュニティ開発・慈善団体数、A女性の社会進出度、B新聞購読率、C一人当たり図書館蔵書数、D低犯罪率などの諸指標で測り、クロスさせた結果、市民文化の成熟度が高い州ほど、行政パフォーマンスの指標も高い数字を示すことが確認された。

⇒市民参加・市民文化の成熟度が政府を応答的にし、政治を活性化させる。同時に直接参加的な政治の危険性も認識し、代議制や政党の役割を再認識することも重要。