アメリカ社会論特殊講義(9.13)
13.アメリカ社会と日本社会−類似と相違
「アメリカと日本は、議論の余地はあるが、世界の主要な社会のうちで最も近代的である。アメリカはまた日本にとって最良の友であり、唯一の同盟国である。しかしこの二国の文化はどちらも近代的とはいえ、まったく異なっている。二国の相違点は、個人主義と集団主義、平等主義と階級制、自由と権威、契約と血族関係、罪と恥、権利と義務、普遍主義と排他主義、競争と協調、異質性と同質性といったものの間の差異として数え上げられてきた。こうした相違点は、いまは小さくなりつつあるかもしれないし、文化的な収斂のようなものが起こっているかもしれない。しかし結果として、私の思うに、アメリカ人は、日本人の考え方と行動を理解するのにまだ困難を感じ、他のどの国の国民よりも日本人とコミュニケーションをとるのが難しいと思っている」(サミュエル・ハンチントン著・鈴木主税訳『文明の衝突と21世紀の日本』集英社新書、2000)
13.1 自国に帰属意識の強い日米国民(23カ国世論調査より)
国際比較調査では日米ともに9割近くの国民が「他のどんな国よりも自国民でいたいと思う」と回答し、自国への強い帰属意識を示している(資料参照)→どちらの社会も自己の社会の評価軸で他国の社会や文化を理解しがちな国民であるとも言える(その一方で、「アメリカ例外主義American Exceptionalism 」論や「日本異質論」、「日本文化論」が流行したように、両国ともに自国の文化に対する外国人の論評に敏感な面がある)。
13.2 社会変化・社会問題についての認識
<日本> 日経3000人電話調査(2000年12月)結果(数字は%)
21世紀の日本はどうなるか 持続的発展(11.6)、現状維持(58.8)、衰退(26.7)、不明(2.9)
21世紀における日本の課題 (複数回答)
1.財政再建・経済構造改革(61.1)、2.社会保障体制の整備(51.9)、3.教育・人材育成(50.1)、4.国際的競争力の強化(27.8)、5.外交力の強化(24.7)、6.国家意識の確立(18.2)、7.文化・芸術の向上(15.6)、8.軍事力の強化(4.4)
内閣府・平成12年12月調査(資料参照)景気、雇用、財政、社会風潮、治安の悪化を懸念
※日本の場合は、不況と老後の生活不安などを反映したイッシュ−が過半数の関心を占め、政府に対する要望も同様の分野に偏っている。しかし長びく不況の中にありながらも、将来の見通しについては、7割の回答者が「発展+現状維持」で、あまり危機感が感じられない。
<アメリカ> Gallup社、2001年5月の世論調査による
@アメリカの現状について満足度は、クリントン政権期には経済回復に伴って上昇したが、この3年は低下傾向にあり、満足と答えた回答者は過半数を切っている。
Aアメリカ人の社会経済的属性別に、満足度を検討してみると、共和党支持者、中・高額所得者、大卒者、働き盛りの男性は6割近くが満足しているのに対して、女性、リベラル、非白人、高卒・高校中退以下、民主党支持者、低所得層は反対に6割近くが不満を示しており、二極分化している。
B政策、社会問題の分野についていうと、エネルギー問題(ガソリン価格の上昇、電力問題など)がやや高い関心を集めている以外、特に顕著に注目を集めている分野はない。
C人種問題はついては、前述のアメリカ人一般の世論調査では、他の社会問題と比べて特に高い関心を集めてはいなかった。しかし1999年秋に行なわれた人種問題についての意識調査(資料参照)によると、コミュニティにおいてほとんど人種差別がないとするのが白人では75%に登るのに対して、黒人では36%に留まっており、人種間の人種問題に対する認識ギャップが大きい。ただし人種関係全般の改善については、人種を問わず悲観的な意見が大半である。
D長期的に見てみると、社会問題が経済問題より大きな注目を集めた、1960〜70年代前半はむしろ例外。他の時期は経済問題が国民の主たる関心事である。
→経済など生活関連イッシュ−が国民の関心の中心で、経済状況の好不況により、雇用や治安などの社会不安が影響される点では日米共通しているが、アメリカのほうでは人種間や社会経済的上層の人々と下層の人々、保守とリベラルの間に大きな認識ギャップが存在し、また人種問題に対する白人の「無関心」がほぼ一貫していることも特徴的である。
13.3 文化がもたらす相違と制度がもたらす相違
貯蓄率 日本の個人貯蓄率・約14%、アメリカ約4%→文化的理由から説明される場合もあるが、むしろ消費者ローン・住宅論ローンの所得控除を大幅に認めるアメリカの税制に対して、利子所得を大幅に認めてきた日本の税制という制度の相違が背景にある。
学歴 日本での学歴社会批判は、特定の高校・大学が進学・就職・昇進で有利であることに対する場合は多いが、アメリカでは学歴差を生み出す背景の相違(人種、社会階級など)を問題にすることが多い。
離婚率 離婚率の高さ(アメリカ人口千人当たり4.5、日本1.6)は、@女性の経済的自立、A結婚における自己実現の重視、B離婚に寛容な社会的意識変化などで説明されている。結婚率(アメリカ8.7日本6.3)と比べて離婚率の差が開いていることと日本より低い離婚率の諸国は、アジア諸国かイスラム諸国であることを考慮すると文化的要因が大きいともいえる。
終身雇用制 日本も不況により終身雇用制は大きく見直される方向にあるが、80年代までのデータだと表のように日米で転職にかなり大きな差が開いている。しかしアメリカでも中高年以降の転職数は限られており、過度に日米差を強調するのには注意を要する。
→安易な「文化還元論」は禁物。しかしどのような制度が採用され、どのような形で運用され、定着するのかと言う点において「文化」的要素が働く(例えば司法制度)
13.4 今、なぜアメリカ社会を学ぶのか?
<日本人から見た、「アメリカ社会」を学ばない(学びたくない)理由>
もはや学ぶものがない、文化が商業的で浅薄である、情報が多すぎる、アメリカの大国主義的姿勢への反発
<アメリカを学ぶ(学ばなければならない)理由>
・西欧文明をグローバル化・現代化・脱階級化したアメリカ(cf. ハンチントン『文明の衝突』)
・日米関係、世界政治経済におけるアメリカの重要性
・多文化共存のルール作りのモデルとして(アファーマティブ・アクション、多文化主義教育、二言語教育など)
・様々な社会的病理に対する対応策の先進国として(PTSD、ドメスティック・バイオレンス、被害者救済など)
・日本社会を相対化するため。戦後の日本の政治経済システムの原型の確認