ル・クレジオ著『ラガ』書評



ル・クレジオの『ラガ』を読んだ。予想通りのものだった。自文化中心主義的な良心的左翼。

ラガというのは、ヴァヌアツ共和国のペンテコスト島を指す。ヴァヌアツはイギリスとフランスの共同統治領としてながらく植民地状態にあったが、1980年独立してヴァヌアツ共和国となった。ペンテコスト島は、ヴァヌアツの北部に浮かぶ南北に細長い島で、大きくは北部、中部、南部で言語が異なっている。そして北部と中部の言葉で、島全体がラガと呼ばれている。ル・クレジオが降り立ったのは、中部のメルシシ村である。ここは、ペンテコスト島全体のカトリック布教の拠点となったところで、フランス人神父が常駐してきたところである。なぜメルシシ村を選んだのだろう。ル・クレジオほどの反骨精神を持ってしても、カトリック布教の拠点ともなった地点、それはとりもなおさず、植民地政策の一つの拠点となったメルシシに来るしかなかったのだろうか。おなじ反骨精神の塊であったゴーギャンが文明を忌避してたどり着いたタヒチは、しかし、文明化する南太平洋の象徴だった。ル・クレジオは良心的にゴーギャンのポリネシア人女性に対してとった行動を批判しており、「変態男」呼ばわりしているが、フランス人が、フランスの植民地でしかもフランスの強い息のかかった地点にやってくる、という点では同じ穴のムジナである。

ヴァヌアツは、英仏共同統治という植民地支配体制を反映して、独立前から独立後にかけて、すべてのものがイギリス系とフランス系に分断されていた。プロテスタントなどの非カトリック系のキリスト教がオーストラリアやニュージーランドから布教され、カトリックはフランス領ニューカレドニアから布教された。前者は英語教育を伴い、後者はフランス語教育を伴っていた。キリスト教も学校もイギリス系とフランス系に分かれた。そしてそこから育った子供たちは、成人するとそれぞれ英語を話すプロテスタント信者、フランス語を話すカトリック信者 となり、結局は独立を目指す政党活動でさえ、イギリスの植民地政策を反映したイギリス系政党と、フランスの植民地政策を反映した複数フランス系政党に分かれてしまったのだ。後者のリーダーの一人が Vincent Bulekone 氏で、ル・クレジオが頼っていったヴァヌアツの政治家である。ル・クレジオは、植民勢力を批判し、征服の暴力を批判する。そして「白い」権力による支配をも批判する。しかし、彼は、植民勢力の