フジテレビ「世界の絶景100選」にみる神秘の演出

-「南太平洋に輝く神秘の湖・ブルーホール」-


1 エスニックからエコへ

 確かに、テレビにおける「未開の演出」は減少してきたのかも知れない。日本のテレビ番組においてしばしば「未開社会」あるいは「原始社会」として取り上げられてきたメラネシアのヴァヌアツに関しても、最近は、自然の描写に関する番組が増えてきているともいえる。その意味では、エスニック・ツーリズムからエコ・ツーリズムへの変遷が見られるのかも知れない。しかし、忘れてはならないのは、エコ・ツーリズムは結局はエスニック・ツーリズムと重なるということである。手付かずの大自然が「文明」のど真ん中にあると思う人はいない。エコ・ツーリズムの対象となる自然は、「未開」な社会と隣り合わせにあるということなのである。そして、そうした「未開性」と関連した自然を描くのに、「神秘」という言葉が用いられるのである。
 「神秘」という表現は、「未開」と対比した時、ある意味で「発展途上」と似たような位置に立つことになる。「発展途上」というレッテルは、かつて「未開」というレッテルの貼られていた地域が独立することによって用いられるようになったことは周知の事実である。「未開」は「文明」にむかって開かれていくのと同様に、「発展途上国」は「先進国」に向かって発展していくという視点がこめられている。意味からすれば、発展途上という言い方は、未開という言い方と同じである。しかし、「未開」という表現は差別的なニュアンスを伴うが、発展途上という表現は、そういう響きもなく、むしろ developing という前向きの視点が含まれているからか、しばしば当たり前のようにして用いられているのである。同様に、「神秘」という表現も、「文明」「先進国」とは相容れないものとしてのイメージを持っており、科学的にまだ解明されていないことに対してもしばしば用いられることから分かるように、非科学的なニュアンスをも備えている。その意味では、「未開」とおなじような位置に立つが、「未開」とは違って、「魅力的」というニュアンスがついている。したがって、プラスの評価を与える側面をもつこの表現は、それ自体、あまり問題にされたことがない。そのため、「未開の演出」と「神秘の演出」に対する反応の間には、ギャップが存在する。つまり、「未開の演出」に対しては、異文化理解という側面から大いなる反論を加えたとしても、「神秘の演出」ということになると、「そんなに目くじらを立てて言うほどのことではないのでは」ということになるということである。

2 感動的な映像:ブルーホール

 確かに、そんなに取り上げて言うほどのことではないのかも知れない。2005年6月4日に放送されたこの番組では、ヴァヌアツの人々が愚弄されているわけではない。エンターテイメントとして、面白く、そして感動を呼ぶようにさまざまな演出が仕掛けられているのである。そしてその思惑通り、ヴァヌアツのブルーホールの映像は、他の何かを馬鹿にしたり愚弄したりすることなく、大いなる感動を呼び起こした。
 ヴァヌアツのエスピリトゥ・サント島にあるブルーホールが紹介されているのだが、この池とも言える小さな湖は、ラピスラズリが溶け出したブルーの色をした湖で、たしかに神秘的なたたずまいと色合いをかもし出している美しい湖である。
 番組は、女優の羽田美智子がブルーホール目指して旅を続けるという形で、進行する。最初は、ヴァヌアツ南部の島・タンナ島の活火山ヤスールを訪れ、ここで裸のいでたちの案内人と合流する。ヤスール山は、歩いて火口まで簡単にいける活火山として観光の名所になっているところである。夜、ヤスールの火口から溶岩が吹き出るところが映し出さ、すぐそばに座っている羽田美智子が驚きの声を上げるという場面が流される。日は変わって、一行は飛行機でサント島に飛ぶ。降り立つとすぐに、ジャングルの中をトラックで進んでいく映像が流される。雨が激しいのでブルーホール行きは中断して、案内人の村に寄る、という設定で、案内人の村に到着。全員裸で暮らしている村の様子が描かれた後、その村の古老からブルーホールについての謂れを聞く。日が変わって、場面はシャンパンビーチと呼ばれる美しい砂浜の映像になる。この映像の後、再びジャングルをトラックで進む映像に切り替わる。
 しばらく進むが、歩きに代わり、「ここから先は杖を使って」といわれる。竹で出来た滑りやすい橋を渡り、歩き続けること1時間、途中、ココナッツを案内人にとってもらって、そのジュースを飲むという場面が挿入される。さらに歩き続け、ナレーションは「4時間経過」と説明。ジャングルを見渡せる峠にくる。「ここで、最大の難関を迎えて、幸運をもたらすおまじないをする」、というナレーションが入り、羽田美智子と案内人は顔に染料で化粧をする。30メートルに及ぶはしごを降り、流れの急な沢をわたり、「最大の難関、魔の洞窟」と呼ばれるミレニアムケーブに着く。「最近まで誰も近づかなかった洞窟」、「ブルーホールを目指すものは避けては通れない最大の試練、魔の洞窟」というナレーションとともに、案内人と羽田美智子が半身水につかりながら洞窟の中を流れる川を必死に歩いていく姿が映される。7時間経過したその時出口が。「あの先にブルーホールが?」という羽田美智子の問いかけに案内人はうなずく。洞窟を抜け出すと開けた場所に出る。そして、その先にブルーホールが現れる。
 ブルーホールが映し出されたときには、スタジオにいた芸能人がいっせいに驚嘆の声を上げた。本当にブルーの水をたたえた小さな湖が映し出されたからだ。感動のあまり涙を流す羽田美智子がアップになり、スタジオの芸能人も感動の涙をぬぐう場面が映し出された。インターネットではさまざまな掲示板があり、そこでは番組に関するさまざまな意見が寄せられている。この「絶景100選」に関する記事も多くあり、とくに、ヴァヌアツのブルーホールは「感動した」「行ってみたい」という意見が大変多く見られる。その意味では、番組の意図は大成功であったといえる。しかし、この演出は、やはり、やりすぎであると、言うべき性質のものだったのである。

3 「やらせ」による神秘の演出

 ミレニアム・ケーブは、確かにサント島の観光コースのひとつになっており、サント島の町・ルガンヴィルから日帰りでいけるということで比較的人気のあるツアーコースでもある。しかし車で1時間ほど行ったところの村から、羽田美智子一行が渡ったように、竹の橋をわたり、斜面を登ったり降りたりしながら、歩かねばならない。番組で放送されたように、雨が降った場合には、非常に歩きにくいし、観光客にとってはきつい行程である。ツアーコースでは、洞窟に入る前に、染料で化粧を観光客に施すことも行われているので、この番組では、その観光コースどおりに羽田美智子一行が歩いたということになる。それゆえ、ミレニアム・ケーブ・ツアーそのものに嘘はない。
 問題なのは、このミレニアム・ケーヴとブルーホールは関連がないということである。サント島にはブルーホールがたくさんあって、番組で取られた映像がどのブルーホールであるのかは判然としない。しかし、どのブルーホールも、ミレニアム・ケーヴを通らねば行けない、というものではない。むしろ、多くのブルーホールは、車で行くことが出来る。番組で紹介されていたブルーホールの場合、(分からないが、おそらくマテブル・ブルーホールであろうと思われるが)番組を良く見ると、洞窟を抜けて開けた場所出るという設定で描かれたその開けた場所に、轍のあとがしっかりとついているのが見えている。番組で描かれているこのブルーホールも、実は、車でアクセスすることのできるところなのに、それでは感動を呼ばないから、「神秘の演出」をするためミレニアム・ケーヴと合体させたということなのだ。
 たいへんな思いをするからこそ、その後、目にするすばらしい景色に感動する。これが「絶景100選」の描き方である。それを何とか貫くために、苦難の旅を創り出し、それを通過してはじめて美しい神秘の湖に到達できる、という架空の物語を作り上げたのだ。これは、明確に「やらせ」であろう。

4 未開と神秘

 番組では、ヴァヌアツを「地球最後の秘境です」と紹介する。そして、最初に、ランドダイヴの映像が流され、 「未開の地ならではの神聖な儀式が今なお行われているのです」とナレーションが続く。これらは嘘とは言えない。ヴァヌアツでは、今でもキリスト教に改宗しない人々が一部いて、伝統的な暮らしを送っている。元祖バンジージャンプと言われるランドダイヴをするブンラプ村周辺の人々もそうで、彼らは裸で暮らしている。しかし、「世界ウルルン滞在記」で、すでに日本では紹介されたことだが、このブンラプ村には電話があり、都市部との間で商売の交渉を行ったりしているのである。つまり、「未開の地ならではの」という形容が当てはまるというわけではない。また、この番組で使われたランドダイヴの映像には、西洋からと思われる観光客の姿が大勢映し出されていた。このランドダイヴは観光の対象にもなっており、見るためには結構な見物料が要求される。観光客のいる「未開の地の神聖な儀式」の映像は、珍しかった。
 ところで、主役の羽田美智子はいきなりタンナ島から旅を始める。案内人は、裸のいでたちである。暗闇での火山の噴火の模様を写した映像は、羽田美智子が座っているすぐそばで噴火が起こっているように見せているが、おそらくは、どこかから噴火の映像を持ってきて、さも羽田美智子の目の前で起こっているように見せているのだろう。「この日一番の大噴火です」というナレーションとともに流れるテロップでは、溶岩が噴出される高さが100メートル以上であると述べる。そのそばに人間が座ってそれを見ているということは考えられないだろう。ちなみに、案内人の男性は、裸に布のふんどしといういでたちだが、靴を履いている。これはごつごつした火山の岩肌をあるくのには素足ではきついからということなのだろうが、なんとも奇妙ないでたちだった。 
 番組ではタンナから飛行機でサント島に飛ぶが、現実にはこんな便はなく、必ず首都のポートヴィラで飛行機を乗り換えねばならない。それはカットされている。ついでに言えば、サント島についたら、そのまますぐにジャングルをはしるトラックの映像がながれるが、サント島にはルガンヴィルという町があって、そこが何をするにも基点となる。都市的な光景が挿入されることは、「神秘の地」を描く場合には極力排除される。神秘の地にそぐわないからであり、ある意味、興ざめするからであろう。
 同様の演出は、村落描写の場合にも適用される。案内人が連れて行った彼の村(と言われているところ)では、人々は裸で生活していると紹介され、裸の人々が不自然に並んでいる映像が流れる。しかし料理を並べる場面で、映像を良く見ると分かるが、洋服を着た女性やシャツに長ズボンの人物が背後に映し出されている。裸での映像を「やらせ」で撮ったのだろうと想像させるにはこれで十分である。神秘の演出のためには、未開の演出も不可分のものだったのである。

5 はじめ人間ギャートルズ

 番組は、雄大な景色、神秘的な景色を紹介して、どれが一番いい絶景なのかを芸能人が判定する娯楽番組である。そして、ヴァヌアツのブルーホールの映像では、神秘を演出するために、未開の演出の助けを借りることになった。その結果、審判の基準も、こんなにたいへんな思いをして行き着く未開の地にある「美」、ということで貫かれていた。スタジオの船越英一郎は、「大自然と闘ってみたい。おんなじ戦いをするんだったら、果てにあるものが本当に自然のヴァヌアツのブルーホールを目指してみたい」というコメントを付けている。そして、同じくスタジオで絶景を判定する「さまぁ〜ず」は、ヴァヌアツの映像を称し「はじめ人間(ギャートルズ)みたいな・・水があって火山があって・・・」と述べていた。やらせによって作られた神秘が、結局は、「はじめ人間ギャートルズ」に行き着くのだ。目くじらをたてて言うほどのことはないのかも知れないが、「やらせの神秘」は、「やらせの未開」と、結局は重なるということを忘れててはならない。

2005年6月28日記載