北部ラガ(ペンテコスト島北部)


ペンテコスト島は大きくは三つの言語圏に分かれる。北部、中部、南部である。ラガというのは、北部の言葉でペンテコスト島全体をさす。

左地図のAは北部ラガ地区のタリ空港のあるところ、タリ空港が出来るまではロノロレ空港(B)しかなく、北部ラガに行くためには、ロノロレからトラックで9のメルシシ村まで行き、そこから船外機付ボートで8のバトナプニ村まで、ボートを乗り換えて北部ラガへという方法を取っていた。

番号1はラブルタマータ村。北部ラガでも最も「伝統的」な村と言われている。2はアバトゥントラ村で、この村は早くから地方行政の中枢を担ってきたところ。病院などもある。3はラオネ村で、比較的大きな生協の店舗が設置されており、北部ラガにおける市場経済の中核的位置を占めてきた。すぐ隣のラマランガ村は、ヴァヌアツの独立運動を指導し、ヴァヌアツを独立に導いたウォルター・リンギ氏の出身の村である。番号4はロルトン村。こ村が位置するロルトン湾には観光目的のヨットがしばしば訪れ、ロルトンにはこうした観光客を迎えるためのローカル・レストランがある。この村から内陸部にかけてトラックの道があり、その道は内陸部を縦貫して村々を結んでいる。5はラモルントア村、6はアタボアウ村、7はラタノ村である。

ペンテコスト島はカヴァの産地としても知られており、北部ラガでもカヴァは多量に栽培されている。





この地図は、1982年当時のラブルタマータ村。200人程の村である。北部ラガで最も大きなナカマル(集会所)がアタフェウ地区にあったが、台風で倒壊し、下の写真にあるように、臨時のナカマルが、やはりアタフェウ地区に設けられている。現在は、補助金を得て、コンクリート製のナカマルが完成したということである。

ロルケレブア地区にある学校は小学校で、近隣の村落からも子供達が通ってくる。

アラゲタ地区はこの村の海岸部分。ここで船外機付ボートなどで接岸。荷物を降ろすが、そこから坂道を登って荷を運ばねばならない。村の中央に位置するアタフェウ地区は、高台になっている。

教会はアングリカン(聖公会)。北部ラガは全体としてアングリカンの影響下にあるが、一部、ロルトン村の西にあるラタノ村周辺だけがカトリックの影響下にある。

人々は農耕民で、毎日のように畑に出かける。ラブルタマータ村は島の西海岸の岬の上に立地しているため、海岸から高台にかけて出来上がっているが、島そのものは海岸から急斜面が続いて、台地状の内陸部へと向かう。畑はこの内陸部にあるため、人々は村から西側の急斜面を登ってアタボアウ村近辺にある畑へと出かける。

ロルトン村へは、海岸線に沿った崖づたいの踏み分け道がある。ラモルントア村へは、登りつづけの踏み分け道がある。ラブルタマータ村にはトラックの通れる道が通じていないため、歩くか、船外機付ボートを利用するかしかない。















 アバトゥントラ村:台地状の島の様子がよくわかる。


 ラブルタマータ村


 ラブルタマータ村の臨時のナカマル


 ナカマルの中での石蒸し料理の準備