1章 地球温暖化

 

1 不都合な真実

 

 ノーベル平和賞を受賞したアル・ゴアの映画および著書『不都合な真実』は、その衝撃的な映像とともに大勢の人びとに大きな影響を与えた。CO2を排出し続けることによって地球が温暖化し、やがては海面の水位が6m上昇して大変な事態になる、ということをセンセーショナルに訴えた著書で、ゴアは「私たちが直面している気候の危機は、ときにはゆっくり起こっているように思えるかもしれない。しかし、実際にはものすごい速さで起こっている。これほど明らかな警告が私たちの指導者たちの耳に届いていないように見受けられるのは、なぜなのだろうか?それを認めた瞬間に、道義的に行動を起こさねばならなくなることを知っているがために、警告を無視するほうが都合がよいから、というだけなのだろうか?そうなのかもしれない。しかし、だからといって、不都合な真実が消え去るわけではない。放っておけば、ますます重大になるのである」と主張している(ゴア 2007)。以下では、この著書からゴアの主張するいくつかの文言を拾い上げることで、その趣旨を描いていこう。

 1)「明らかに、私たちのまわりの世界に、ものすごい変化がおきている」(ゴア 2007:42)。この説明とともに、1970年のキリマンジャロの雪と氷河を写した写真と、30年後の氷も雪も激減している山頂の写真とが対比されている。そして2005年のキリマンジャロの、ほとんど雪と氷のない山頂が次のページに掲載されている。

 2)「米国のグレイシャー(氷河)国立公園は、遠からぬ将来“昔は氷河として知られた公園”と名前を変えなくてはならなくなるだろう(ゴア 2007:46)。この説明とともに、1932年の氷河の写真と、氷河が消えてなくなった1988年の写真が対比されている。

 3)「世界中の山岳氷河はほぼ例外なく、溶けつつある。しかも、その多くが急速な勢いで。ここには耳を傾けるべきメッセージがある」(ゴア 2007:48)。この説明の後、急速に後退するアラスカのコロンビア氷河の事例が紹介され、1978年のペルーのコリ・カリス氷河と、後退してしまった2006年の同氷河の写真が対比されて配置される。同じく、パタゴニアの1928年のウブサラ氷河と、一面に広がっている氷が溶けて湖状態になっている2004年のコリ・カリス氷河の写真が並べて提示されて、それに続いて、世界の氷河の溶けている状態が写真で説明される。

 4)1860年から2005年の地球の温度をグラフ化して、「この期間の全記録の中では、最も気温音の高かった年は2005年である」と述べている(ゴア 2007:73)。それに続いて、ヨーロッパでの熱波、アメリカ合衆国における異常高温の事例が列挙され、海洋における温度の変化も人為的な温暖化の結果として予測されたものと一致していることが示されている。

 5)「海水温が上がると、暴風雨の勢力が強まる。2004年フロリダは、4つもの並外れた強烈なハリケーンに襲われた」(ゴア 2007:80)。それに続いて、日本の事例が紹介され、それまでの台風の最多年間上陸回数は7つであったのに、2004年は10もの台風が日本を襲ったと述べられている。そして、オーストラリアでは、2006年には観測史上例を見ない巨大なサイクロンが出現したことも付け加えられている。また、それまでは「南大西洋にハリケーンが来ることはありえない」と教科書に書かれていたが、2004年に初めてブラジルをハリケーンが襲ったことが述べられている。そして、「同じ2004年、米国で発生した竜巻の数も、史上最多だった」とも付け加えられている(ゴア 2007:86)

 6)温暖化によってハリケーンはより強力に、より破壊的になっているという2005年のマサチューセッツ工科大学の研究では、「1970年代以来、猛威をふるう大型の暴風雨は、大西洋でも太平洋でも、その勢力を保つ期間も強度もかつての約1.5倍となっている」という結論を出している(ゴア 2007:92-93)。このマサチューセッツ工科大学の報告の1ヶ月後、ハリケーン・カトリーナがフロリダを直撃し、大きな被害をだした。その悲惨な状況の写真が並べられ、水につかった子供の死体の写真も提示されている。ハリケーンによる被害は、その後もアメリカで続いた。ハリケーン・リタによるルイジアナ州の被害の写真も提示されている。一方、ヨーロッパやアジアでは2005年に洪水に見舞われたという。スイスの被害やインド、中国の被害を示した水浸しの写真が提示されている。

 7)「アフリカの南スーダンからチャド湖の東に至る地域などでは、信じがたい悲劇が起きている。スーダンのダルフール地域では、大量の虐殺が日常茶飯事となっている。チャド湖のすぐ西にあるニジェールでは、この地域をくまなく襲った干ばつが飢饉をもたらし、数百万人が危険にさらされている。飢饉や大虐殺の背後には複雑な原因がたくさんあるが、あまり議論されていない要因が1つある。チャド湖がなくなってしまったということだ。かつては世界で6番目に大きな湖だったチャド湖は、わずか40年の間に姿をほぼ消してしまったのだ」(ゴア 2007:116)。チャド湖の航空写真が、1963年、1973年、1987年、2001年と並べられているが、確かに、1963年にあったチャド湖は2001年にはほとんどなくなっている。

 8)「北極の浮氷の厚みはこれほど薄く、北極海をぐるりと囲む北極圏の北の陸地では凍った土の層もとても薄い。だから、北極は急上昇する温度に特に弱いのだ。その結果、温暖化が北極に及ぼしている最も劇的な影響は、氷が加速度的に溶けていることだ。北極では、地球上のいかなる場所よりも急速に温度が上昇している」(ゴア 2007:126)。こう述べた後、北極で最大の棚氷であるワード・ハント棚氷が半分に割れてしまった写真が提示されている。そして、北極圏の永久凍土が溶け始めている例として、永久凍土の上に建つ建物が崩壊している写真を提示している。また、北極の氷冠が急速に溶ける理由として、氷が太陽放射を鏡のように反射するという現象を取り上げて説明している。つまり、一面が氷に覆われていると太陽放射はほとんどが反射されることになるが、温暖化で一部の氷がとけると、その部分で太陽熱が吸収され、海水温があがり、さらに氷がとけるという連鎖反応がおこるというのである。

 9)「北極が溶けると、地球の気候パターン全体が根本的に変わってしまう可能性がある」(ゴア 2007:149)。ゴアは、ルース・カリーの説を紹介しているが、それは、グリーンランドの氷が急速に溶けると北大西洋に膨大な淡水が流れ込み、海流の流れを止めてしまうというものである。北大西洋では暖流のメキシコ湾流が蒸気となって蒸発し、塩分濃度が高くなると同時に海底に沈みこんで、寒流となって再度南下していくという仕組みがあるが(通称、熱塩ポンプと呼ばれる)、グリーンランドの大量の氷が海水に入り込むことで塩分濃度が薄まり、暖流であるメキシコ湾流がほとんど流れなくなってしまう、つまり熱塩ポンプが停止してしまう可能性があるというのである。そうなると、暖流の影響で暖かさを保っていたヨーロッパは、寒冷化し、氷河期状態になるというのである。ゴアは、1万年前に同様の現象が起こったと追記している。

 10)「この2530年の間に、30ほどの“新しい病気”が出現している。そして、一度は抑えたはずの昔の病気の中にも、ふたたび猛威をふるい始めているものがある」(ゴア 2007:174)。ゴアは、いくつものウィルスなどの写真を並べるとともに、北米に広がった西ナイルウィルスの例を挙げている。

 11)「マーサーは1978年に、このように述べている。「南極で危険な温暖化の動きが進んでいることを示す警報の一つは、南極半島の両岸での棚氷の崩壊だろう。まず最北端で割れ始め、しだいに南へと広がっていくだろう」。・・・・いったん海上の棚氷がなくなると、その後ろでこれまで抑えられていた陸上の氷がじりじりと移動し始め、海に砕け落ちるようになる。これも想定外の事態だった。そして重要な意味を持っている。なぜなら、山岳氷河にせよ、南極やグリーンランドの陸地の上にある氷床にせよ、氷が溶けたり海の中に砕け落ちると、海水面が上昇するからだ」(ゴア 2007:180,184)。そして、「海水面の上昇に伴い、太平洋の海抜の低い島国に住む人々は、すでに家から避難しなくてはならなくなっている」と述べ(ゴア 2007:187)、その文には、ツバルのフナフチの高潮の写真が添えられている。

 12)「もし、グリーンランドまたはグリーンランドの半分と南極の半分が、溶けたり割れたりして海中に滑り落ちると、世界中の海水面は5.56メートル上昇することになる」(ゴア 2007:196)。こう述べた後、そうなったときのフロリダの状況、サンフランシスコの状況、さらには、オランダ、北京、上海、カルカッタ、バングラデシュ、マンハッタンの状況が合成写真で提示される。

 13)「そして、最も多くの技術を有している者は、その技術を賢明に用いる倫理的責任も最も多く負っている。そしてこれもまた政治的な問題である。政策が重要なのだ。このグラフは、各国がどれくらい温暖化の原因となっているか、その割合を示したものだ。米国は、中南米、アフリカ、中東、オーストラリア、日本、アジアのすべてを合計した以上の温室効果ガスを排出していることがわかる」(ゴア 2007:250)。示されている地球温暖化への寄与率の数字は、米国30.3%、ヨーロッパ27.7%、ロシア13.7%、東南アジア・インド・中国12.2%、中南米3.8%、日本3.7%、中東2.6%、アフリカ2.5%、カナダ2.3%、オーストラリア1.1%である。

 

 ゴアの目的は、こんなに大量の温室効果ガスを出しているアメリカが、京都議定書に調印しないことを批判することであった。

 

2 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)

 

 アル・ゴアとともにノーベル平和賞を受賞し、人為的な地球温暖化に警告を鳴らし続けているのが、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)である。IPCC1988年に、WMO(世界気象機関)とUNEP(国連環境計画)により設立された。これは三つの作業部会から構成されており、第一作業部会は、気候システム及び気候変化の自然科学的根拠についての評価を行う。第二作業部会では、気候変化に対する社会経済及び自然システムの脆弱性、気候変化の好影響・悪影響、適応策について評価する。第三作業部会は、温室効果ガスの排出削減など、気候変化の緩和策について評価を行う(山本 2007:38)。これまで、第一次報告書(1990)、第二次報告書(1995)、第三次報告書(2001)を公刊し、2007年に第四次報告書が出された。この報告書は、3 年の歳月と、130 を超える国の450 名を超える代表執筆者、800 名を越える執筆協力者、そして2,500 名を越える専門家の査読を経て、作成され物であり、温暖化の現実について以下のような点が主張されている(IPCC 2007a:2-4)

1)気候システムの温暖化には疑う余地がない。このことは、大気や海洋の世界平均温度の上昇、雪氷の広範囲にわたる融解、世界平均海面水位の上昇が観測されていることから今や明白である。

最近12 年(19952006 年)のうちの11 年の世界の地上気温は、測器による記録が存在する中(1850 年以降)で最も温暖な年の中に入る。過去100 年間(19062005)の線形の昇温傾向は100 年当たり0.740.560.92]℃ 1 であり、第3次評価報告書で示された0.6℃[0.40.8℃](1901-2000)の傾向と比べて大きい。温度上昇は地球全体にわたり生じており、とりわけ北半球のより高緯度地域でより大きい。陸域は海洋に比べより速く温暖化している。

海面水位の上昇は温暖化と一貫している(整合性がある)。世界平均海面水位は、熱膨張、氷河や氷帽の融解、極域の氷床の融解により、1961 年以降、年平均1.81.32.3mm の速度で上昇し、1993 年以降について言えば、年当たり3.12.43.8mm の速度で上昇した。1993 年から2003 年にかけての海面水位上昇率の増加が十年規模の変動あるいは、より長期的な上昇傾向を反映しているのかは不明である。

2)全ての大陸及びほとんどの海洋における観測結果から、多くの自然システムが、地域的な気候変化、とりわけ気温上昇によって、今までに影響を受けていることが示されている。雪、氷、及び凍土の変化が、氷河湖の数と規模の拡大、山岳地域及びその他永久凍土地域における地盤の不安定化、北極及び南極のいくつかの生態系における変化をもたらしたことの確信度は高い。いくつかの水文システムもまた、氷河や雪解け水の流れ込む河川の多くで、流量増加と春の流量ピーク時期の早まりにより影響を受けていること、温暖化しつつある河川や湖沼の温度構造や水質が影響を受けていることの確信度は高い。

 

そして、こうした温暖化の原因として以下の点が述べられている(IPCC 2007a:5-6)

1)大気中における温室効果ガスとエーロゾルの濃度の変化や、地表面及び太陽放射の変化は、気候システムのエネルギーバランスを変化させる。産業革命以降、人間活動による世界の温室効果ガスの排出量は増加し続けており、1970年から2004年の間に70%増加した。

二酸化炭素(CO2)は最も重要な人為起源の温室効果ガスである。その年間排出量は、1970 年から2004 年の間に約80%増加した。供給された単位エネルギー当たりのCO2排出量の減少という長期的な傾向は、2000 年以降逆転している。

2)世界のCO2、メタン(CH4)及び亜酸化窒素(N2O)の大気中濃度は、1750年以降の人間活動の結果、大きく増加してきており、氷床コアから決定された、産業革命以前の何千年にもわたる期間の値をはるかに超えている。

2005 年における大気中CO2濃度(379ppm)とメタン濃度(1774ppb)は、過去約65 万年間の自然変動の範囲をはるかに上回っている。世界のCO2 の大気中濃度の上昇は第一に化石燃料利用に因るが、土地利用の変化も、これにやや劣るものの重要な寄与である。

観測されたメタン濃度の増加は主として農業や化石燃料の使用による可能性がかなり高い。メタン濃度の増加率は1990 年初め以降減少しており、総排出量(人為起源と自然起源の合計)がこの時期、ほぼ一定であることと整合する。亜酸化窒素濃度の増加は第一に農業によるものである。

1750年以降の人間活動が、温暖化の正味の効果を持つことについて確信度はかなり高い。

3)20 世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為起源の温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性がかなり高い。過去50 年にわたって、南極大陸を除く各大陸において大陸平均すると、人為起源の顕著な温暖化が起こった可能性が高い。

 

4次報告書では、シナリオ別の温暖化と海面上昇の予測が示してあるが、提示されているB1A1TB2A1BA2A1Fという各シナリオは以下のとおりである。

A1というのは、「高成長社会シナリオ」であり、高度経済成長が続き、世界人口が21 世紀半ばにピークに達した後に減少し、新技術や高効率化技術が急速に導入される未来社会。A1 シナリオは技術的な重点の置き方によって次の3 つのグループに分かれる。つまり、A1FI:化石エネルギー源重視、A1T :非化石エネルギー源重視、A1B :各エネルギー源のバランスを重視、である。

A2というのは、「多元化社会シナリオ」であり、独立独行と地域の独自性を保持するシナリオ。出生率の低下が非常に穏やかであるため世界人口は増加を続ける。世界経済や政治はブロック化され、貿易や人・技術の移動が制限される。経済成長は低く、環境への関心も相対的に低い。

B1というのは、「持続発展型社会シナリオ」であり、それは地域間格差が縮小した世界を言う。A1 シナリオ同様に21 世紀半ばに世界人口がピークに達した後に減少するが、経済構造はサービス及び情報経済に向かって急速に変化し、物質志向が減少し、クリーンで省資源の技術が導入されるもの。環境の保全と経済の発展を地球規模で両立する。

B2というのは、「地域共存型社会シナリオ」であり、経済、社会及び環境の持続可能性を確保するための地域的対策に重点が置かれる世界。世界人口はA2 よりも緩やかな速度で増加を続け、経済発展は中間的なレベルにとどまり、B1 A1 の筋書きよりも緩慢だがより広範囲な技術変化が起こるもの。環境問題等は各地域で解決が図られる(文部科学省他 2007:9)。

 以上のようなシナリオ別に温暖化と海面上昇を予測しているのが、次の表である(ICPP 2007a:8)。

 

表1 21世紀末における世界平均地上気温の昇温予測及び海面水位上昇予測

 

 

 

気温変化

(1980-1999 を基準とした

2090-2099における差(℃))

海面水位上昇

(1980-1999を基準とした

2090-2099 における差(m)

2000年濃度一定ケース

最良の見積もり  可能性が高い

予測幅

モデルによる予測幅

流氷の急速な力学的変化を除く

B1

A1T

B2

A1B

A2

A1F

1.8     1.1-2.9

2.4        1.4-3.8

2.4        1.4-3.8

2.8        1.7-4.4

3.4        2.0-5.4

4.0        2.4-6.4

0.18-0.38

0.20-0.45

0.20-0.43

0.21-0.48

0.23-0.51

0.26-0.59

注釈:

a:温度は、観測値による制約及びさまざまな複合度の階層的なモデルから得られる最良の見積もりと可能性の高い不確実性の幅として評価される。

b2000 年濃度一定ケースの予測は大気海洋大循環モデル(AOGCM のみによる推定

c: 上記はすべて、6つのSRESマーカーシナリオである。2100 年における、人為起源の温室効果ガスとエーロゾルの影響による放射強制力に相当するおおよそのCO2濃度(第3次評価報告書のp823を参照)は、B1A1TB2A1BA2及びA1FI の各SRES シナリオについて、それぞれ約60070080085012501550ppm である。

d:気温変化は、1980-1990年の期間からの差で表わされる。1850-1899年の期間に対する差を表すためには0.5℃を足す。

 

3 人為的温暖化に対する懐疑論

 

 ICPPの報告にもかかわらず、地球温暖化についてはいくつかの懐疑論も見出せる。それらの温暖化懐疑論は大きく分けて三種類に分かれる。1)実際に温暖化が起こっているか疑問とする立場、2)温暖化は事実だろうが、その原因は二酸化炭素増加以外にあるとする立場、3)温暖化が生じても地球全体から見ればマイナスではなくプラス面が多いという立場、である。このうち三番目の主張は、最も弱いものであろう。確かに、地球規模で23度上昇したとしても、温暖になるだけで、マイナス面よりもプラス面が多いということは言えなくもないが、現在の状況から大きく条件が変わるという点では、現状を中心に世界を構成してきた人類の生活にとっては、やはり大きなマイナスがかかると判断せざるを得ないだろう。そこで、一番目と二番目の立場からの懐疑論を見ていくことにしよう。両者は分離していることもあるが、融合していることもあるので、以下では、「人為的地球温暖化」という議論に対する疑義を中心に取り上げる。

 まず、社会学者の薬師寺は以下のようないくつかの点で疑義を提示している。

 1)「将来の気候は予測可能なのか」(薬師寺 2007a:30)。薬師寺は、50年後、100年後の気候について予測することは出来ないのではないかと、気象学者・朝倉正の「実のところ、気候予測ができるのかどうかわかっていない。もしかしたらできないかもしれない」という言葉を引用して、疑問を呈している。

 2)「仮に長期的な気候が予測可能な現象に属するとしても、現在の科学がその予想を的中させることができるか」(薬師寺 2007a:31)。現在の温暖化の議論は、コンピューターを用いた数理シミュレーションによるモデル予想に基づいているが、そのモデルの精度が必ずしも信頼できるものではない、というのである。この点については、気象学者の住も同様のことを述べているのである( 1999:82-100)

 3)「気候に関する議論を支配する空気の変わりやすさ」(薬師寺 2007a:32)。1950年頃までは、二酸化炭素による地球温暖化論が注目を集めていたが、やがて1960   年代半ばから1980年代にかけては、地球寒冷化論が登場し、昭和38年の日本での サンパチ豪雪を始め世界各地での大雪などによって氷河時代の到来かと騒がれたという。そして現在の地球温暖化論である。薬師寺は、「学説が正反対になったり 元に戻ったりするほどの科学的な新発見が何であったのか、是非とも教えて欲しい」と言う。

 4)「少なくとも海面水温の変動に限って言えば、それを規定する主要因は、太陽活動だと思われてならないのである。一方、大気中のCO2濃度と平均海面水温偏差との関係を示すグラフ(図1)を見ると、明らかに、まず水温の変化が先にあり、それに連動する形で、事後的にCO2濃度が変化している」(薬師寺 2007b:92)。「太陽黒点周期が短いとき、すなわち太陽表面の活動が活発なときに気温は高くなり、太陽黒点周期が長いとき、すなわち太陽表面の活動が鈍いときには気温が低くなっているという印象を受けざるを得ない。・・・その一方、大気中のCO2濃度と気温の関係を示すグラフ(図3)を見ると、明らかに、まず気温の変化が先にあり、それと連動する形で、事後的にCO2濃度が変化していることが読み取れる(薬師寺 2007b:93-94)。これら両者をつなげると以下のようになる。つまり、太陽活動の変化の結果、海面水温が変化し、そして大気中のCO2濃度が変化したのであり、太陽活動の変化が起こった結果気温が変化し、それに伴ってCO2濃度の変化が生じたということになるだろうということなのである。

  同様のことを、IPCCを構成している科学者たちの中にも主張する人はいるという。その主張の主なものは「二酸化炭素により、太陽活動が活発になった影響のほうが大きい」ということと、「二酸化炭素が増えて暖かくなったのではなく、何かの原因で暖かくなった⇒海水中に溶けていた二酸化炭素が大気中に出てきた⇒二酸化炭素が増えた」とする説があるという(武田 2007b:42)

 

 さて、環境回復科学を専門とする伊藤は、ゴアの『不都合な真実』に、温暖化の結果生じた異常気象などの例として挙がっている現象について15点について反論している(伊藤 2007:124-144)。以下にいくつか紹介しよう。

1)キリマンジャロの雪の減少:原因は、地球温暖化のためというより、太陽熱による昇華であるという(伊藤 2007:125)

2)氷河の後退:氷河の後退・前進の原因は場所によって異なるのであり、アイスランドの氷河の多くは気温の変化と対応しているが、降水量の変化が氷河の後退・前進を決めている地域も多いという。また、氷河末端が崩壊して海に崩れ落ちる現象は、温暖化によって氷河の体積が減少しているというのではなく、上部で供給される雪氷に押し出されているだけであるとも述べている。

3)ヨーロッパで生じた熱波:温暖化によって偏西風の変化が起こり、南からアフリカの熱気がヨーロッパに流れ込んだという説もあるが、熱波が生じた年は降水量が少なかったため、土壌から水分が蒸発して冷却させる効果が減少したため、という説もある(伊藤 2007:129)。 

  4)ハリケーンの増加:最近の論文に寄れば、ハリケーンは最近になって増加したというより、19701990年に少なかったのが回復したという。これら少なかった期間には、太陽活動の影響でハリケーンの成長海域で風が強かったため、ハリケーンが成長しなかったらいしという(伊藤 2007:130)

 5)チャド湖の消失:宇宙航空研究開発機構・地球観測研究センターのホームページには、「最近の先年間においては、・・・水位が大きく変動しつつ、おそらく6回干上がったことが分かっています。1908年頃には湖面水位が下がって、南北二つの湖に分裂しました・・・。1960年代後半以降、この地域での雨が少なくなり、チャド湖に注ぐシャリ川などの水を利用する灌漑計画が進んだため、水位が急速に減少し・・」と述べられていることが紹介されている(伊藤 2007:131)

 6)北極圏の氷の消失と永久凍土の融解:北極の氷りが消失しているのが確かだとしても、その理由は良く分かっていないのが現状だという。そして、地球温暖化によるというよりも、暖かい海水が北極海に流れ込んだため、という説を紹介している。また、永久凍土の融解によって家屋が崩壊する例をゴアは挙げているが、これらの家屋の中には、暖房によって地面の氷りがとけたケースがあるという報告も、合わせて指摘している(伊藤 2007:134-5)

 7)熱塩ポンプの停止:ゴアが指摘した1万年前の出来事とは、最終氷期が終わって気温が上昇してきたときに出現した「寒の戻り」、つまりヤンガードライアス期と呼ばれる寒冷期が生じたことを指す。気温の上昇に伴って北アメリカの氷りが融けて五大湖が出来たが、氷のダムによってせき止められていたアガシズ湖のダムが決壊し、大量の淡水が生みに流れ込んだという。しかし、最近の研究によるとアガシズ湖の決壊時期は、寒冷期が戻ってきた後のことであり、しかも、ゴアが言うよりももっと南に流れ込んだ。つまり、熱塩ポンプ説そのものに疑義が生じることになるというのである(伊藤 2007:139)

 

人為的地球温暖化という点について、確かに異論が様々に出現している。面白いことに、圧倒的多数の支持を得ているICPPを構成している世界の多くの科学者たちに対して、少数の研究者が徹底的に交戦を試みているのである(cf. 近藤 2005)。たしかに、ICPPにかかわらない研究者の数は膨大であり、ICPPだけが世界の研究者の代表というわけではない。しかし、日本で人為的地球温暖化論に反対している研究者たちは、やはり、世界でICPPの結論に対して反対している研究者と歩調を合わせていることも確かなのである。

 

4 『地球温暖化の真実』

 

 住が1999年に著した『地球温暖化の真実』は、比較的ニュートラルな立場にたった意見として参考になる。この著作が出たときは、ICPPの第一次報告書が出ただけであったが、2007年の第8刷まで内容の変更をしていないので、その大筋は現在までかわっていないと考えられる。彼の議論は、比較的シンプルである。まず第一に、温暖化するということについては、5%の精度で確かだとしてか言えない、ということである。その理由は、気候システムは様々なフィードバック過程があり、その効き具合によって二酸化炭素が大気中に倍増したとしても温度上昇量は変化するため、早急に明快な結論を得ることが出来ないということなのである(住 1999:47)。

 住は、地球史的な視点からも温暖化を考察している。表2は、住が作成した地球気温の変動の様子を示したものである。地球史的にみれば12万年前くらいから氷河期に入り、1万年くらい前から、現在の間氷期に入っているということになる(表2のcとd)。そして、現在問題となっている温暖化状況よりもはるかに温暖であった時代があったことも分かる。1億4600万年前から6500万年前まで続いた白亜紀は、今よりはるかに温暖で、大気中の二酸化炭素の濃度も現在の10倍程度であったと言われている。つまりは、ICPPが予想している温暖化の程度は、地球全体の歴史の中で見れば、地球固有の変動の範囲内にあると言うことが出来るという(住 1999:57)。

しかし、その先が懐疑論とは多少異なった意見となる。住の第二の主張とも言えることは、地球史から見ると現在は寒冷化の中にあるが、この100年での温度の上昇は地球の歴史の中で見出すことが出来ないほど急激なものである、ということである。住は次のように述べている。「氷が溶けて急速に温暖化したとされる氷期―間氷期でさえ、100年につき0.08度程度の変化率です。ところが、現在の温暖化の程度は、100年で0.5程度といわれています。・・・つまり、現在経験している温暖化は、地球が経験したことのないような急速な温暖化であるということです」( 2007:58)。彼は、ICPPの第一次報告書によっているために0.5度という数値を出しているが、第四次の報告書ではそれがさらに上昇して0.75度となっている。

      表2 地球平均気温の変動(住 1999:54-55より)

第三の主張は、温暖化予測の根拠が必ずしも磐石ではないということである。住は、気象学者らしく、現在の段階でまだ確定ではないものは、そのまま確定できるわけではないと述べて議論を進めている。たとえば、気候の変動を見るうえでの観測点は陸地に偏っており、そのため、地球の大半を占める海上での観測が不十分であるとか、数十年スケールの自然変動や気候システムに固有の変動が存在し、それが地球温暖化のシグナルの上に付け加わっているのかもしれないので、自然変動のメカニズム解明が必要である、とか正直に現状を述べている。また、四次元データ同化システムというものが開発されて、海洋上での観測も可能となり、より多くのデータが得られるようになってきたことも付け加えている(住 1999:68-73)。

 第四の主張とでもいえることは、先にも紹介したが、人為的温暖化論がよって立つ数値気候モデルの不確定性である。彼は、次のように述べている。「現在の数値気候モデルを用いて、現在の二酸化炭素の濃度をもとに長い時間、積分を繰り返します。そうすると、数値気候モデルが正しいとすれば、その時系列のなかに、気候システムがもつ自然の変動を含んでいるはずです。実際、このような計算を行ってみますと、二酸化炭素を増加させない限り、最近のデータでみられる100年に0.5度というような温度上昇は出てきませんでした。一方、二酸化炭素を増加させますと、簡単に、100年について0.5度程度の気温上昇が実現できます」(住 1999:83)。しかし、この気候モデルを構成している大気モデルと海洋モデルが不完全なため、気候モデルで表現される気候状態は自然の気候状態と異なったものになるという問題点を持っており、それを補正するために、気候モデルでは何らかの定数を与えて外的に調整するということが行われているという。これが、多くの議論を呼んでいる根本的な問題点なのだ(住 1999:87)。

 しかし彼は、温暖化懐疑論に対しても距離をとる。彼は言う。「暑い夏があったり、集中豪雨があったりすると、すぐに「地球温暖化がきた」と脅かすマスコミは、確かに問題があります。自分たちの生活も省みず、声高に「温暖化」を叫ぶ「環境グループ」に対する感情的な反発も理解はできます。しかし、そうだからといって、「温暖化はウソだ」と主張するのは行き過ぎです」( 1999:106)。温暖化が悪いのか、という疑問に対しても、彼の態度は中立的である。つまり、彼は地球の気温が温暖化したとしても恐れるに値しないし、物理的な状態としてはもっと激しい状態を過去に経験している、と捉えている。しかし、だからといって問題がないというのではないという立場を貫く。住は、高度に発達した経済社会に生存している現在、環境変動に適応するためにはそれなりのコストが要求されるのであり、温暖化に伴って食料生産の現状も変化をこうむるとすれば、これもかなりのコストを覚悟する必要があると述べるのである( 1999:108)。その意味では、地球が温暖化するということは、良くないことでもあるのであるということになるのである。

地球温暖化を極端に騒ぎ立てることは問題だが、温暖化を否定することもまた問題であるというのが、いわゆる「真実」に近いところだろう。住は、「地球の温暖化に関する科学的知見の教えるところは、今のまま何もしないで現在の生活様式を続けていけば、必ず気候は温暖化してくるし、その結果として、人間社会のなかに大きな影響を及ぼすであろう」と述べているが(住 1999:111)、温暖化懐疑論者と目される武田でさえ、「地球温暖化の本質は我々の活動があまりにも激しく、地球の気温を左右するまでになったということであり、その変化が急激だというところに問題がある」と述べているのである(武田 2007a:165)。この100年の間の急速な温暖化が人為的な影響を抜きにしては考えられないというICPPの見解は、懐疑論者とされる人でも共有しているのであり、その意味で、一般に認められた見解と言える。人為的な影響という点も、それの大きさについての見解は異なるが、これまた認められているところであろう。二酸化炭素以外の要因の重要性について懐疑論者が指摘するが、それは、ICPPの側でも計算済みであり(ICPP 2007b)ICPPが二酸化炭素以外を無視しているわけでもない。これらの科学的な議論が、京都議定書を巡る問題にみるように、政治的な問題と連動するために、様々な極論が横行することになるのである。二酸化炭素だけが温室効果ガスであるかのように論じたり、京都議定書の主唱者であったゴアのように、温暖化の結果、極端に悲惨な状況を誇大に論じたりすることも多かったのである。

 

参考文献

ICPP
  2007a『第4次評価報告書統合報告書制作者決定者向け要約』 http://www.env.go.jp/earth/ipcc/4th/interim-j.pdf
  2007b Fourth Assesment Report:Working Group I Report ‘The Physical Science Basis’.

伊藤公紀

 2007 「『不都合な真実』の“不都合な真実”」武田邦彦他 2007『暴走する「地球温暖化」論』pp.117-150.文芸春秋

ゴア、A.
 2007  『不都合な真実』ランダムハウス講談社

近藤邦明
 2005「二酸化炭素地球温暖化脅威説批判」http://env01.cool.ne.jp/ss02/ss025/ss025.htm

住 明正
 1999『地球温暖化の真実』ウエッジ選書

武田邦彦
 2007a『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』洋泉社
  2007b『環境問題はなぜウソがまかり通るのか2』洋泉社

文部科学省他
 2007「気候変動に関する政府間パネル(ICPP)第4次評価報告書「第1作業部会報告書(自然科学的根拠)の公表について」http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=9125&hou_id=7993

薬師寺仁志
 2007a「なぜ、消えた「地球寒冷化論」」武田邦彦他 2007『暴走する「地球温暖化」論』pp.21-47.文芸春秋
 2007b 「科学を悪魔祓いする恐怖政治」武田邦彦他 2007『暴走する「地球温暖化」論』pp.73-98.文芸春秋

山本良一
 2007 『温暖化地獄―脱出のシナリオ』ダイヤモンド社