2011年度協力研究員研究テーマ
植朗子 UE Akiko
研究テーマ:「グリム兄弟『ドイツ伝説集』におけるモティーフ研究」
研究概要:
19世紀初頭に発表されたグリム兄弟の『ドイツ伝説集』Deutsche Sagenを中心に、ヨーロッパ文化の深層に隠されている「異教的・異端的なもの」をドイツ語圏の伝説研究の観点から解明することをテーマとしている。ゲルマン民族の移動期から宗教改革までのドイツ語圏の伝説を含む『ドイツ伝説集』に見られるモティーフについて、兄であるヤーコプ・グリムの『ドイツ神話学』Deutsche Mythologieやノヴァーリス、ハイネなどの作品との比較によって具体例を示し明らかにする。『ドイツ伝説集』はドイツ民俗学や思想研究、あるいは『グリム童話集』の補助資料としての研究がわずかにあるだけで、未だ系統的な研究がなされていないのが現状である。『ドイツ伝説集』を文学的な視点から研究することによって、グリム研究に新たな手法を提案するとともに、ドイツ語圏の精神史の解明に寄与したい。
主要研究業績
- 「グリム『ドイツ伝説集』のホッラさんFrau Holla-モティーフの四大要素と配列-」
『国際文化学』21、2009年9月、pp. 125-138. - 「グリム『ドイツ伝説集』のコスモロジー」『国際文化学』22、2010年3月、pp. 13-26.
エルドンバヤル(額日登巴雅尓) ERDENEBAYAR
研究テーマ:「蒙古青年結盟党(1938-1941年)から蒙古青年革命党(1944-1945年)へ
-日本支配期から戦後にかけての内モンゴルにおける民族主義政党-」
研究概要:
今後の課題としては、まず蒙古青年結盟党の重要な党員の一人であったドルジのその後の行動解明があげられる。モンゴル人民共和国ドルノドアイマク出身、あるいはソ連領のアガ・ブリヤート出身と言われる彼がなぜ内モンゴルで活動していたのかも不明なので、是非とも追究してみたい。その際、仙台、あるいは東京・札幌に留学していたころの彼の行動をも調査する必要があろう。そして、蒙古青年結盟党が東部内モンゴルで獲得した党員の中にソ連出身のブリヤート人たちがかなりいることも注目に値することであり、この理由もできれば研究の対象にしたい。また、満洲国がその国内のモンゴル人に対してとった政策や1939年のノモンハン戦争での日本軍の敗戦によって内モンゴルが受けた影響等については言及できなかったので、今後、それについても研究を深めていきたい。
博士論文で詳しく扱えなかった蒙古青年革命党と内モンゴル人民共和国臨時政府の、中国共産党への併合の経緯も課題である。さらに、チョイバルサン首相が、インドへの亡命を考えていた徳王をなぜモンゴル人民共和国に呼んだのか、徳王自身もなぜチョイバルサン首相の呼びかけに応じたのかについて、史料に基づいて真実を解明した研究は未だ見当たらないので、この一年で、是非追究してみたい。そして、モンゴル人民共和国でのデルゲルチョクトの活動についても是非もっと詳しく研究したいと思う。また、モンゴル国中央文書館所蔵の档案史料と当時の新聞ウネン紙の記述をさらに詳しく調べる必要がある。それ以外にも中国の内モンゴル自治区档案館で見つけた史料や当事者の残した回想録或いはその親族からのインタービュー等を併用し、詳しく分析しながら研究のレベルを上げて行きたいと考えている。
これらの研究課題を、今まで通り外務省研究図書館、防衛省防衛研究図書館や内モンゴル档案館、モンゴル国中央文書館などを利用しながら進めていく所存である。
主要研究業績
- 「日本支配期、内モンゴルにおける蒙古青年結盟党の設立と消滅(1938‐1941年)」『内陸アジア史研究』23、2008年6月、pp.95-113.
- 「綱領の分析から見た蒙古青年結盟党の設立目的及び性格―近代における内モンゴル知識人の民族主義思想の一例-」『日本モンゴル学会紀要』39、2009年3月
- 「蒙古青年結盟党根本綱領の文献学的検討」『国際文化学』21、2009年9月、pp.37-48.
鬼頭尚義 KITO Naoyoshi
研究テーマ:「歌人伝説の形成と展開」
研究概要:
日本各地には、様々な伝説が残されている。英雄に関する伝説、巨木・巨石伝説、または地名由来伝説など枚挙に暇がない。こうした伝説の中でも、特に目を引かれるのが、都からやってきた歌人に関する伝説―いわゆる歌人伝説である。修士課程から博士課程の5年間は、平安中期を生きた歌人である藤原実方に注目して、実方伝説の形成背景とその意味について研究を進めてきた。その概要を簡単に述べておく。実方伝説の形成には、在地の人々―中でも俳諧師や権力者といった、一定水準以上の知識を持った人々―の関与が確認できた。実方伝説に見られる俳諧師や権力者の関与は、図らずも小野小町や西行、和泉式部といった歌人伝説にも見られる構図の一部でもあった。今後は、実方と比較されることの多い在原業平や、実方と親交が深かったと言われている清少納言ら、関西と縁の深い歌人に焦点を当てて、伝説の形成背景と意味について考察を進めていき、実方や小町と同じような構図が当てはまるのかを探っていく予定である。最終的には、旅する歌人伝説のデータベースを構築し、旅する歌人伝説が様々な地域に残されている背景やその意味を理解する一助にしたいと考えている。本研究は、日本文化の基層部分を理解する上でも、欠かす事は出来ないのではないだろうか。
主要研究業績
- 「実方説話と寺社縁起-更雀寺を例として」『仏教文学』32、2008年3月、pp. 64-75.
- 「歌枕を巡る実方―出羽国大沼に残る伝承を例としてー」『説話・伝承学』17、2009年3月、pp. 78-93.
高岡智子 TAKAOKA Tomoko
研究テーマ:「東ドイツとハリウッド映画音楽の比較研究―文化政策とメディア史的観点から―」
研究概要:
本研究は、これまで学問的に考察される機会が少なかった映画音楽に焦点を当て、文化政策とメディア史の観点から東ドイツとハリウッドの映画音楽を比較する。資本主義と社会主義という異なる社会体制のもとで、映画音楽作曲家たちは現実にいかに対峙したのか、また音楽は社会のなかでいかに機能してきたのか。東ドイツの映画音楽については、社会主義国家のなかの映画音楽の全貌を明らかにすることを目指し、同時に文化政策的観点から映画音楽の機能について検討する。この研究と並行して、シートミュージック(sheet music)やジュークボックス(juke box)といったメディアの発展という文脈から、1950年代から60年代のハリウッド映画音楽を読み解きたい。
主要研究業績
- 「東ドイツの文化政策と亡命ユダヤ人作曲家―ワイマール文化から社会主義リアリズムへ―」『社会文化学会』12、2010年3月、pp. 91-112.
- 「コルンゴルトのオペラに見られる『メロドラマ』手法―初期ハリウッド映画音楽の萌芽をめぐって―」『国際文化学』13、2005年9月、pp. 36-60.
寺尾智史 TERAO Satoshi
研究テーマ:「『リキッド化する社会』における言語多様性保全 」
研究概要:
グローバルな社会の液状化が進行する中で、「言語分布域」ありきの少数言語保全政策は曲がり角を迎えている。流動する現代の人間活動の中で、ことばの多様性を担保する方法論が存在しえるのか、国民国家における国家言語形成の焼き直しである「地域・少数言語政策」を採ってきたヨーロッパの経験を批判的に検討することを糸口として考察を深めたい。
具体的には、調査・議論の対象を主に南欧・中南米とし、言語政策が一定の成果を収めているように見えるカタルーニャ語(スペイン)やグアラニ語(パラグアイ)など(いわゆる「地域言語」)の例と、話者数の減少に歯止めがかからないミランダ語(ポルトガル)やニェエンガトゥ語(ブラジル)など(「弱小少数言語」)の例とを対比的に検証する。なお、後者の範疇として「南米における日本語」など、移民が話す少数言語も射程とする。前者(カタルーニャ語など)については、「滅ぼされる前にダイグロッシア(二言語併用社会)の主従関係を打破すること」を目標として掲げる「言語正常化」の名のもと、「地域言語」としての姿が確立されつつある。しかし、テリトリアリティに呪縛されている負の側面も同時に示す必要があろう。後者(ミランダ語など)については、①言語保全運動が表出する前後におけるこれらの言語への非母語話者による他者認識が、その後の運動の成り行きをどのように規定しているか、②大都会・先進国へとシフトする母語話者の生活圏の離散と、過疎の進行によって空洞化する「言語分布域」の現状、ならびにその現実に対応しようとする(数少ない)言語政策上の取組みについて、とりわけ注視する。
主要研究業績
- 「地方都市における多言語表示―美濃加茂市における南米出身者向け表示を事例として」『神戸大学留学生センター紀要』15,2009年3月,pp.25-49.
- 「南部アフリカ・アンゴラにおける多言語政策試行―ポルトガル語とバンツー諸語の間で」『国際文化学研究』(神戸大学大学院国際文化学研究科)32,2009年7月,pp.33-66.
- "Mirandese as an Endangered Language"『国際文化学研究』(神戸大学大学院国際文化学研究科)35,2010年12月,pp.101-126.
彭程 PENG Cheng
研究テーマ:「占領下の官吏養成教育」
研究概要:
日中戦争中、日本の占領当局は北京市において新民学院を設立した。博士論文によって明らかにしたように、新民学院が設立された目的は、「友邦と提携し興亜大業の先覚官吏を養成せんこと」にあった。この「人材」養成の目的が達成されたか否かを明かすためには、卒業生がその後どのような進路をとり、どのような役割を果たしたのかを考察しなければならない。現存の資料が少ないため、不明な点がまだ多い。今後は、卒業生に関する進路調査、および卒業生の戦後における活躍の追跡を行いたいと考える。
また、新民学院に対する検証のみで、「占領と協力者養成教育」を考察するのは限界がある。今後より視野を広げ、戦時下に日本が中国占領地で設立し、運営し、当該地域における「最高学府」といわれた「維新学院」や「蒙疆学院」を検討していきたい。同質でありながらも、これらの地域性の異なる学校に対する論考を通じて、「占領と協力者養成教育」との関係をより明らかにすることができると考えられる。
さらに歴史研究と並行し、日中関係に関する研究も行ってきた。新民学院は負の遺産として認められたが、如何に教訓として生かされるのか、今後の研究によって明らかにすることにある。
主要研究業績
- 「『新民主義』の成立過程について」『国際文化学』21、2009年4月、pp. 139-159.
- 「戦時下の華北地方における中国人青年の思想についての一考察―国立新民学院入学生志望動機を中心に―」『地域社会研究』20、2010年9月、pp. 30-37.
沼田里衣 NUMATA Rii
研究テーマ:「音楽療法、コミュニティアートにおける創造的音楽活動について」
研究概要:
筆者は、これまで音楽療法、コミュニティ音楽療法、コミュニティアート、アートマネジメントなどの領域で、福祉やコミュニティの創成などの現代的ニーズに芸術の様々な可能性が試されている状況に身を置き、音楽の生成、パフォーマンスや享受の過程でどのようなイデオロギーが働き、価値観の交換が行われているのかなど、自ら実践しながら観察・研究してきた。今後もこのようなこれまでの音楽療法やコミュニティにおける創造的音楽活動の研究・実践をさらに追求し、新しいアートを創出するというアート側の欲求と社会的要求がせめぎ合う場面に生ずる課題について、研究を進めて行く予定である。
主要研究業績
- 「音楽療法における即興演奏に関する研究ーセラピストとクライエントの音楽的対話の過程とその意味ー」『日本音楽療法学会誌』5(2)、2005年、pp. 188-197.
- "EinScream!:Possibilities of New Musical Ideas to Form a Community", Voices: A World Forum for Music Therapy Vol.9(1),2009. http://www.voices.no/mainissues/mi40009000304.php
野村恒彦 NOMURA Tsunehiko
研究テーマ:「19世紀英国における科学(特に数学)と自然神学」
研究概要:
チャールズ・バベッジは19世紀の英国において活躍した数学者・科学者である。彼の業績の中で特に著名なものとしては、「階差エンジン」、「解析エンジン」の設計及製作があるが、その業績の範囲は数学を始めとして自然神学、経営学、機械技術等多岐にわたっている。彼が生きた19世紀英国においては、当時刊行された「ブリッジウォーター論集」に見るように、特に科学と宗教の関わり合いが課題となった時期であり、数学の分野においては大陸の解析学導入が批判にさらされた時期でもあった。そこには英国で独自に発展した自然神学が、大きな影響を与えている。これらのことを踏まえ、19世紀英国の科学者(特に数学者)の思考を、バベッジの業績を中心にして、数学と自然神学という異なった文化の関連を通じて追求していきたい。
主要研究業績
- 「チャールズ・バベッジ『第9ブリッジウォーター論集』の数学的意義」『科学史研究』46(244)、2007年、pp. 220-230.
- 「チャールズ・バベッジと解析協会(Analytical Society)」『数理解析研究所講究録』1513、2006年、pp. 36-45.
松井真之介 MATSUI Shinnosuke
研究テーマ:「フランスのアルメニア人ディアスポラのアクチュアリティに関する研究」
研究概要:
フランスのアルメニア系住民はフランスの旧移民として90年近くの歴史を持ち、第二次世界大戦後「統合の模範生」と言われる一方で、今でもアイデンティティの主張を行っている。3世代で同化したといわれる他のフランスの旧移民の中で、アルメニア系住民のこのようなアイデンティティの主張は特異な地位を占めている。私はそれがどのような形で主張され、それがフランス社会からはどのように見られているかということに興味を持ち、現在はアルメニア人ジェノサイド認知活動とアルメニア学校の運営の実態を主軸に調査研究している。それと同時に近年では、それらがフランスの他のマイノリティや地域主義に、さらにはEU(特にトルコのEU加盟問題)にどのように影響を与えているかについての調査研究もはじめている。
主要研究業績:
- 「フランスにおけるアルメニア学校の建設と運営」『フランス教育学会紀要』21、2009年、pp. 79-93.
- 「忘れ去られたジェノサイドの認知―オスマン帝国によるアルメニア人ジェノサイドに関する三つの国際的認知をめぐって」『国際文化学』14、2006年、pp. 15-29.
山田勅之 YAMADA Noriyuki
研究テーマ:「清代雲南ナシ族に関する歴史研究―ナシ族の首領木氏を中心に」
「チベット自治区ラサ市における観光産業発展の動態」
研究概要:
2008年度に提出した学位論文「明代雲南麗江ナシ族木氏土司―中華世界及びチベット世界の狭間で―」を基に加筆修正した「雲南ナシ族政権の歴史―中華とチベットの狭間で」を東京外国語大学AA研叢書から出版することができた。この成果を踏まえて、今後、以下のような研究活動を考えている。
17世紀中葉~後半、三藩の乱やダライラマ政権の雲南西北部の包摂によって、木氏土司の政治勢力が大きく後退する。このような東アジアや内陸アジアにおける激変期の検討を通うじて、木氏土司の位置づけ、さらにはチベット・清朝の関係を描出していきたい。また、18~19世紀、麗江ナシ族の一般住民にチベット仏教カルマ派が浸透し、仏教寺院が建立されていく。その過程を検証することによって、木氏の果たした役割を分析していきたい。そこから、清朝の臣下という従属的な姿ではなく、彼らの能動的な姿をも描出できると想定される。
以上の問題の検証を通じて、「中華世界秩序」や「チベット仏教世界」といったアジアを巡る問題に対して、新たな視角が提示できると考えられる。
また歴史研究と並行して、現代中国の観光政策・民族政策に関する研究も行っている。その目的は、観光産業の発展が少数民族の生活向上にどの程度貢献しているのか、実地調査に基づいて具体的に明らかにすることにある。平成22~23年度科学研究費補助金・研究活動スタート支援「チベット自治区ラサ市における観光産業発展の動態」の助成を受け、2010年12月25日~2011年1月8日にかけてチベット自治区ラサ市の旅行業、ホテル業、観光産品業(土産屋)を実地調査した。本年9月にも再度行う予定です。本年度はこれらの調査結果をまとめ、論文として成果を発表していきたい。
主要研究業績
- 「明代の雲南麗江ナシ族・木氏土司による周辺地域への勢力拡張とその意義――中華世界とチベット世界の狭間で――」『史学雑誌』118(7)、2009年、pp. 60-86.
- 「チベット自治区における観光の発展と政策――チベットを「中華の辺境」としてどのように見せるのか」『アジア経済』51(2)、2010年、pp.2-19.
劉澤軍 LIU Ze Jun
研究テーマ:「文の結束性に関する日中対照研究―主題の省略の視点から―」
研究概要:
日本語では、文と文のつながりに関して、省略、代用、指示等の手段により、文の結束性が形成していると言われてきている。一方、中国語では、どのような手段を用い、文の結束性が形成されているのかは、研究が少ないため、未だに不明な状態である。本研究では、主に主題の省略の視点から文の結束性に関して、日本語と中国語はどのような共通点と相違点をもっているのかについて考察する。これらの考察を研究課題としながら、両言語の対照研究を行うことにより、日本語と中国語における文の結束性についての特徴を明らかにすることが目的である。
主要研究業績
- 《关于日语主题的省略和非省略》「日本語における主題の省略と非省略」『日語学習与研究』《日語学習与研究》編輯委員会、2008年5月、pp. 28-32.
- 《有关日语口语中的主题省略-以日语口语语料库分析为中心》「日本語話し言葉における主題の省略―日本語話し言葉コーパス(CSJ)を中心に」《汉字文化圈近代语言文化交流研究》李運博主編 中国・南開大学出版社, 2010年6月、pp. 231-248.
- 「視点の観点からみる日本語の主題の省略―中国人日本語学習者と日本人母語話者との比較を中心に」『国際文化学』23・24、2011年4月、pp. -.