1789年のフランス革命とそれに至るまでの18世紀をどうとらえるかということは19世紀フランスの知識人たちにとって大きな課題であった。1836年以降のジョルジュ・サンドの思想に決定的な影響を与えたのはピエール・ルルーであった。私たちは主として『ルードルシュタット伯爵夫人』の最後の数章における秘密結社の本拠でのエピソード、「エピローグ」および「フィロンからイグナス・ジョゼフ・マルチノヴィッチへの手紙」を詳しく検討することにより、サンドの創作した秘密結社「見えざる者たち」がこの作品中でいかなる役割を担っているか、それが作者のフランス革命観や女性観とどのように結びついているのかを明らかにし、また、この作品における秘密結社と音楽や旅との関係についても考察した。
サンドが『ルードルシュタット伯爵夫人』を書く際に大いに参考にしたのはバリュエル神父の本であったが、サンドは著者がフリーメイソンの奥義とされる自由・平等・友愛がフランス革命の引きが目となったことを非難しているが、サンドはそれを高く評価してこれらの標語を「見えざる者たち」の目的とした。また、この団体のメンバーとしてトレンクやサン・ジェルマン伯爵のような実在の人物を登場させるだけでなく、ヴァンダという「巫女」によって新しい女性の生き方の例をも示した。また作品の最後に実在の秘密結社イルミナティのメンバーと、アルベルトやコンシュエロを出合わせることにより、理想の音楽家像を提示するとともに18世紀中盤のヨーロッパの地理的・階級的「周縁」から、「中央」へ、そしてフランス革命へと向かう運動をしめしている。民衆による、そして周縁から生まれた運動の結果としての革命と理想社会の建設というルルーとサンドの信念がフィクションとして実を結んだのが『ルードルシュタット伯爵夫人』であるといえよう。