近況:一覧
昨日は今年度の仕事をだいたい片づけてしまい、桜の開花も間近で、まさに春がきたという感じのうららかなお天気にさそわれて、新学期に着る服を買いにいきました。今日は朝から冷たい雨や風で、季節が足踏みしていますが、明日から4月だと思うと何だか張り切って本の整理をしたり、なまった体をひきしめるためひさしぶりにスポーツクラブに行きました。
春というのは多くの人の気分を浮きたたせ、未来に対する希望(たとえそれが根拠のないものであっても)を持たせる季節だと思います。学校の入学式や会社の入社式を春にするようになった理由にはたぶんこれもあるのではないでしょうか。ただし「5月病」もそれにともなって発症するわけですが。日本の学校の入学を秋にするのは、世界的に見れば合理的かもしれませんが、今の日本人の感覚だとちょっとわびしくないかなと思います。まあ、若者はあっという間に適応できるでしょうが。
今日は多くの国立大学の入学試験日です。それで、なんだか自分の受験の日を思い出してしまいます。当時はセンター入試などはまだない時代で、国立大学は1期校と2期校の二つのグループにわかれており、難関大学は、いわゆる「足切り」のための1次試験と2次試験をおこなっていました。
東京の大学を受験する私は、1週間ほどの予定で大学近くの旅館(普段は修学旅行用の宿)に泊まりました。最初の2日だけ母がいっしょにいてくれたのですが、あとはひとりです。同じ宿に鹿児島の名門高校からの受験生たちが集団で来ていました。受験生とはいっても友達同士、まるで修学旅行のように楽しげでした。自分の部屋で、たったひとりで黙々と受験勉強をする以外やることがない私には、それがとてもうらやましかったものです。
1次試験が終わってまもなく結果の発表があり、それに合格した人だけが数日後の2次試験を受けます。同じ宿に泊っていた鹿児島の高校生のうち何人かはその時点で東京を去ることになったようでした。旅館の玄関で、偶然私は仲間たちに見送られながら泣いている学生を見てしまいました。帰る本人はもちろん悲しいけれど、見送る仲間もとてもつらそうでした。私にとってそれは、「競争原理」の非情さをはじめて直接目にした、衝撃的な場面でした。あの時泣いていた女の子たちはその後どうしたでしょうか。他の大学に受かって、笑顔で春を迎えたのでしょうか・・・。遠い昔の思い出です。
12人で一緒に作っている本が苦戦しています。全員の原稿はとっくにできているのですが、出版社の人の目から見ると、章ごとにばらばらで一貫性が足りないようで、書き直し部分が多く、なかなか先に進めません。「論文集」のようなものなら、他の人の書いた部分の内容や文体をあまり気にせずに自分のペースが貫けるのですが、共著本としてひとつのまとまりを持ち、かつ多くの読者に読んでもらえるものを作るのはたいへんなことだとしみじみ思います。自分が今まで読んだ本を振り返ってみても、著者が複数の場合で非常によくできた本は少なく、内容が章によって玉石混交状態のものになりがちでした。しかし、一人の著者では持てない広がりや深さを複数の人間が交響曲的に構築することも可能ではないかと期待しています。ここしばらくが正念場で、ぜひとも良い本を出したいものです。
このところ忙しかったせいか落ち着いてブログを書く気力がないので、なんとなく自分の「近況」をクリックして過去に書いたブログの一覧を見ました。日付順に並んでいる短い文章はまるで日記みたいで、自分で書いていながらとっくに忘れていたものが多く、結構楽しんで(?)しまいました。
学年末近くになり、この3月末に退職される同僚の最終講義が行われる時期になりました。近い将来自分の番がきたらこのブログのアーカイブを利用して自宅で「回想録」でも書こうかとか、いやいや退職後は全く新しいキャリアをめざそうとか、いろいろ空想しているのですが、とりあえずは目の前にある仕事を片づけなくてはなりません。
やっと冬休みまでたどり着いたのですが、胃の調子が今ひとつです。いろいろなストレスが、今頃になって体に出てきているのではないかと思います。そのためクリスマスも忘年会もほとんどパスということになってしまいました。そして、自宅で静養すると食事くらいしか楽しみがないのですが、胃が悪いとそうもいきません。
ネットで衝動買いした、1960年代末の洋楽ヒットのCDを聞いて、そこに書かれている宣伝文句「音楽は『心のタイムマシーン』です」というのは本当だとしみじみ思いました。ローティーンだった頃にラジオから流れていたヒット曲を耳にすると、あの頃のことがまざまざと蘇ります。当時の学校生活や友達やほのかなあこがれや失恋など、記憶の底に埋もれていたさまざまな物事です。ただ、あの頃に帰りたいかと言えば、微妙です。精神的にあんなに不安定で、行動があんなに不自由だった学生時代・・・。体はかなりくたびれてきていますが、私は今の自分と現在の生活のほうが好きです。
クリスマスカードには、だいたい短い手紙(近況報告など)をつけています。昔親しくしていて、今は年1回のカードだけが生存確認(?)の人もいるからです。言語は英語とフランス語ですが、以前はがんばってドイツ語の手紙を書いていたこともありました。でも、ドイツ語の勉強をしなくなって時がたち、年に1回ドイツ語の辞書をひっぱりだすのもおっくうになってからは、ドイツ語でしかコミュニケーションできない人にはその年にとった自分の写真を入れたりするだけでなく、カード自体も、立体カードやカレンダー付きのものなどにして、できるだけ相手が喜びそうなものを選んでいます。テキストの貧しさをそれ以外の「もの」で埋め合わせる工夫です。切手もきれいな記念切手を貼っています。長い手紙を同封できる人にはそういう気遣いをしないのですが・・・。書籍も似たようなものかもしれません。内容だけで勝負できないものは、挿絵、装丁、果ては何かのプレゼントなどの特典と、いろいろ工夫して読者の注意をひきつけなくてはいけないのですね。
毎日バタバタとせわしなく過ごしているので、あっという間にレスボス島訪問も過去のことになってしまいました。でもミティリニの街のちょっとしたことで妙に印象に残っていることがあります。
観光ガイドブックに載っていたギリシア風サンドイッチを食べてみようと、ホテル近くのカフェ(のような所)に行きました。身振り手振りで肉と野菜を選び、マスタードをつけてもらい、クレープみたいなパンにはさんでもらいました。ボリュームたっぷり、かなりジューシーな感じで(値段は300円くらい)、テイクアウトしたいと言うと紙にくるんでくれました。ホテルの部屋に戻ってそれを食べようとしたときに、サンドイッチには紙が二重にきっちり巻かれていて、食べるさいに中のソースがこぼれたりしない工夫がされているのに気づき、何だか感激してしまいました。汁気の多い日本の某ハンバーガーのように、食べる人の都合をほとんど考えていないような包装が当たり前のように思っていたので、これはうれしい発見でした。
レスボス島の人たちは午後1時くらいからゆっくり時間をかけて昼食をとり、その間は仕事やお店はお休み。夕方からもう一仕事して、9時くらいに夕食をとっていました。経済の問題はあるにしても、あちらの人々はこせこせしないゆったりしたペースで生活しているように見えて、ちょっとうらやましく思ったものでした。