公共文化施設の公共性についての調査研究
――県立劇場を中心に――
プロジェクトの内訳
2008年度 アートマネージメント地域連携部プロジェクト
代表者
藤野一夫 (地域文化論講座)
分担者
薄井良子(異文化研究交流センター地域連携研究員)
竹内利江 (異文化研究交流センター地域連携研究員)
井原麗奈 (異文化研究交流センター地域連携研究員)
岩本和子 (現代文化論講座)
経費の出所
異文化研究交流センター プロジェクト経費
概要
(1) プロジェクトの目的
 公共文化施設の中でも、とりわけ県立劇場の公共的使命は何であろうか。それは、収支バランスや集客率を最優先せざるをえない民間ホールとも、また市民参加型の文化活動による地域づくりを主眼とした基礎自治体のホールとも異なる。県立レベルの公共劇場に期待されるのは、固有のアンサンブルとプロデュース機能を備えた舞台芸術の総合的インスティテューションとしての役割である。それによって、民間や基礎自治体では取り組めない、オペラなどの綜合芸術の自主制作が可能となる。また、短期的リターンにとらわれない教育的事業や、まだ評価が定まっていない同時代の前衛的・実験的芸術への支援も、県立劇場が果たすべき責務であろう。しかし、巨大なインスティテューションを安定的に運営し、その持続的な発展の財政基盤を確保するためには、多額の公的助成(主に県費)にたいする県民(市民)の合意を十分に形成する必要がある。ここに、新たな地域社会や市民社会の形成にとって公共劇場が果たすべき役割という、まさに「公共性」の問題が浮上する。それは、生産→販売→消費(満足)という商品経済サイクルとは異なる経路によって、個人と社会(コミュニティ)の有機的な関係を安定的・持続的に紡ぎだしてゆくプロセスであろう。このような「新しい公共」をつくるという観点から、公共文化施設の公共性の根拠を究明することが、当プロジェクトの目的である。そのために、定性評価を中心した調査研究を行う。
(2) プロジェクトの必要性
 これからの公共劇場のミッションは、市民社会セクターの特性と深く関係する。市民社会セクターは、市場経済セクターからも、政府・行政セクターからも相対的に自律し、貨幣にも公権力にも左右されない領域である。市民社会セクターを紡ぎだす価値観は、信頼、連帯、美的・感性的コミュニケーション、知的充実感などである。これらの価値は、文化的プロセスへの参加と議論を通じて、いわば相互(間)主観的に発見され、認識され、共有されてゆく。こうした文化的コミュニケーション・プロセスの中で、法的・経済的拘束力とは異なる仕方で、個人と個人が結びつき、その結果、安全で安定したコミュニティが創生される。こうした文化的ガバナンスの仕掛けによる新しい公共づくりにとって、公共劇場は有力なメディア(媒体)となりうる可能性を秘めている。インスティテューションとしての文化施設=機関は、市民的・文化的公共圏形成の有力なメディア(媒体)となるよう、その基本理念を明確にし、その実践・実現のための戦略を、地に足を付けて練る必要がある。この点こそが、市民とともに創造するパブリックシアターの意味であり、またその創造プロセスに参画することの中で、公共劇場への公的助成についての市民的合意も形成されるであろう。以上の公共劇場の「公共性」への問いは、あくまで理念形(目標)を提示したものであり、実際には、現実を理想へ近づけるための方法は多様であろう。そこで、公共劇場が公的に助成されうる根拠を見据えて、以下のような3つのレベルもしくは側面を設定してみたい。いかに各分野のバランスを取るかが、公共劇場運営の焦点の一つとなるだろう。
1.  ニューパブリックマネジメント(NPM)の導入によって経営効率を最大化し、またマーケティングと広報戦略(特にメディアミックス)による「創客」を目指す。

2.  共通の芸術体験を自分の言葉で語り合える「議論する公衆」が自発的に形成されるような環境づくり。具体的には「劇場サポーター制度」の導入、公演に関連したシンポジウムや研究会、批評誌などによる「芸術フォーラム」の形成など。

3. 公共劇場が、地域社会・市民社会づくりの有力なメディアとして公共的役割を果たすために不可欠なネットワークの形成。これは以下に大別される。

a.) 地域の文化団体、商店街、市民組織(NPO)、オルタナティブなアートシーン、大学・教育機関等との間でのネットワーク化

b.) 近隣もしくは県内の公共文化施設との間でのネットワーク化。具体的には、芸術文化情報の非対称性を是正し、情報ハブ機能によって公共文化施設間の共存共栄を促進する。また、他の公共文化施設への舞台技術面、プロデュース面での支援など。
(3) プロジェクトの活動計画
 上記の各分野、各レベルにかんして、全国規模で詳細な調査研究を行うことが望ましいが、本年度のプロジェクト予算と時間的制約から、調査対象の絞込みが必要となる。兵庫県立芸術文化センターについては、他のプロジェクトにおいて詳細な調査研究を行う予定があることから、同センターとの比較研究において有効性の高いデータを集積することを優先する。県立クラスの劇場では、同規模の施設と活動内容を有するびわ湖ホールとの比較対照を綿密に行う。その際、びわ湖ホールの公共性については、上記の1.3.についてヒアリング調査を行う。また、兵庫県内の各自治体管轄の公共ホールと県立芸術文化センターとの関係性については、3.のb.)に示したネットワーク化の現状と展望という観点から、踏み込んだ調査が必要となる。そのためには、県内の特徴のある公共ホールを、地域的偏差のないように10館程度選択し、同じく上記の1.3.についてヒアリング調査を行う。このようにして集められたデータを分析し、上記の3点を軸に、公共文化施設の公共性について、藤野および研究員の間で討議を重ね、その過程を報告書にまとめる。
(4) 既公表の関連する業績
科研報告書(代表 藤野一夫)
「舞台芸術環境の国際比較研究―知的支援システムの構築に向けて」、2006

国際文化学部教育研究プロジェクト(代表 藤野一夫)
「公共ホール活性化に向けての市民参加状況に関する調査」、2002

他多数。
連絡先
藤野一夫研究室
住所 〒657-8501
神戸市灘区鶴甲1-2-1    神戸大学国際文化学研究科 (E 320号室)
TEL/FAX 078-803-7471
E-mail fujino*kobe-u.ac.jp
(迷惑メール対策のため@を*に変えております。*を半角の@に変えてお送りください。)