ヨーロッパにおける多民族共存とEU
──多民族共存への多視点的・メタ視点的アプローチ──
活動状況
  • 本プロジェクトの報告書。[内容
  • 2月15日、2月23日、3月2日に当プロジェクト主催の連続セミナー[チラシ: PDF]
  • 1月25日 講演会「EU統合の深層:政治、宗教、文化」(講師:ジル・フェラギュ)[チラシ当日の様子]
  • 12月11日 講演会「欧州の活性化:EU地域の重要性とフランダースの現状」(講師:ベルナルド・カトリッセ)[チラシ当日の様子]
プロジェクトの内訳
2009年度 研究部プロジェクト
代表者
石川達夫 (地域文化論講座)
分担者
三浦伸夫 (異文化コミュニケーション論講座)
藤野一夫 (現代文化論講座)
岩本和子 (現代文化論講座)
坂井一成 (異文化コミュニケーション論講座)
寺尾智史 (地域文化論講座)
松井真之介 (異文化研究交流センター 地域連携研究員)
経費の出所
異文化研究交流センター プロジェクト経費
概要
(1) プロジェクトの目的
 国際化・グローバリゼーションがますます進展し、国家を超えた人・物・情報の移動・交錯・交流が激しくなってきている今日の世界において、多民族共存の問題に取り組む上で最も必要とされることの一つは、多民族共存の複雑な現象を、一つの民族に同一化した一つの視点ではなく、複数の民族の複数の視点から見ていく多視点的アプローチであり、さらにそれら複数の視点を何らかの意味で統合しうるようなメタ視点的アプローチであろう。
 この点で、ヨーロッパは歴史的に多民族が複雑に葛藤と融和を繰り返しつつ共存してきた地域として、豊富な事例を提供している。また現代のEUは、「多様性における統一」を基本理念として掲げ、近代国民国家の原理に制限を加えながら、加盟国すべての国語の公用語化やマイノリティの保護など、様々な先進的で興味深い試みを行っている。
 したがって、今年度のプロジェクトは、昨年度のプロジェクト「多言語・多民族共存と文化的多様性の維持に関する国際的・歴史的比較研究」を踏まえつつ、ヨーロッパに焦点を当てて、ヨーロッパにおける多民族共存の諸問題について欧州評議会やEUなどの理念・政策と絡めて研究を進め、多民族共存への多視点的・メタ視点的アプローチの確立をめざす。
(2) プロジェクトの必要性
 多民族共存の問題をめぐって、今日特に重要な課題として浮かび上がってきているのは、異なる諸民族が同じ場所に「共存」はしていても、必ずしも十分な「相互理解」はしておらず、そのために互いの主張・立場・視点が噛み合わず、折り合わず、したがって十分な「相互理解」に基づいた平和的な「共生」のための条件が整っていないこと、そのためにひとたびテロや経済危機などが起こると、昨日までの隣人が途端に不気味で異質な「異邦人」と化してしまい、そこに思いもかけない民族的軋轢や衝突が発生するという問題である。
 これは、いわゆる「多文化主義」の重大な欠陥としても指摘されている点である。即ち、「多文化主義」を標榜するオランダなどの国において諸民族集団が互いに干渉し合わない「自由」の中で相互理解を欠いたまま孤立的に自分たちの社会を築いてしまう「柱状化現象」が問題にされ、さらには、現代の精神疾患として増えている「解離性同一性障害=多重人格」は「歩く多文化主義」(大澤真幸)だとして、社会のレベルでの「柱状化」した「多文化主義」は個人のレベルでの統合的人格を欠いた「解離性同一性障害」に対応するものとして問題にされている。
 このような問題に取り組む上でまず必要なのは、多民族共存への多視点的・メタ視点的アプローチであろう。即ち、アプローチする者は、共存する複数の諸民族集団それぞれの主張・立場・視点を──どれか一つに自己同一化することを極力避けつつ──まず「多視点的」に理解するように努め、その上でそれらの主張・立場・視点を鳥瞰し、それらを噛み合わせ、折り合わせ、対話させうるような「メタ視点」を獲得するように努めることである。もちろん、このような「メタ視点」の獲得は極めて困難であろうが、しかしそれなしには「解離性同一性障害」的「多文化主義」の問題の克服もありえないであろう。
 また、具体的な問題に照らし合わせてみても、例えばチェコにおけるドイツ人-チェコ人-ユダヤ人-ロマ人、ベルギーにおけるオランダ語系住民──フランス語系住民──ドイツ語系住民、フランスにおけるフランス系住民-アルメニア系住民-イスラム系住民など、複数の主張・立場・視点が対峙してきた場において、実際に多視点的・メタ視点的アプローチが試みられ、ある程度の成果も上げていると言える。 そして様々な先進的な理念と政策を掲げてきた欧州評議会やEUは、ヨーロッパの多様な諸民族の主張・立場・視点を鳥瞰し、それらを噛み合わせ、折り合わせ、対話させうるような「メタ視点」を作りだし、ヨーロッパの多様な民族的諸「人格」を統合する「メタ人格」に多少ともなりつつあると言えるかもしれず、少なくともその注目すべき試みであると言えよう。それ故に、欧州評議会やEUの理念と政策を検討することも必要である。
(3) プロジェクトの活動計画
  本研究は、国際化・グローバリゼーションがますます進展する今日の世界において、近代国民国家の原理に規定された排他的な自言語・自文化中心主義の限界を自覚しつつ、多民族の平和的共存のためには何が必要かを探求する前提として、多民族共存の場において生じる現象を一つの視点からだけではなく複数の視点から解読しつつ統合する多視点的・メタ視点的アプローチの確立をめざす。
 その際、具体的なフィールドとして、歴史的に多民族が複雑に葛藤と融和を繰り返しつつ共存してきたヨーロッパを取り上げてその具体的な事例を分析し、また、「多様性における統一」を基本理念として掲げて様々な先進的試みを行ってきたEUに注目する。
 したがって、本プロジェクトの活動としては、まず各メンバーが以下の研究活動を進める。
1.ヨーロッパにおける実際の多民族共存の場とそこで生じてきた諸問題について、通時的ないし共時的に、歴史と現状を分析する。
2.欧州評議会やEU、さらにヨーロッパ各国や国連が、多民族共存、マイノリティと少数言語保護のために、いかなる理念を掲げ、いかなる政策を実施してきたかを分析する。
3.こうして、ヨーロッパの具体的な現実に即して、いかにして多民族共存への多視点的・メタ視点的アプローチが確立されうるかを考究する。
 さらに、以上の課題をめぐって外部から研究者を招いて講演会・シンポジウム・セミナーなどを開催する。
 そして、最終的なまとめとして、各研究員の研究成果と講演会・シンポジウム・セミナーなどの成果を研究報告書にまとめて、異文化研究交流センターのホームページ上で公開する。
(4) 既公表の関連する業績
  • 石川達夫『チェコ民族再生運動──多様性の擁護、あるいは小民族の存在論』(岩波書店、2009年9月刊行予定)(『多様性の擁護、あるいは小民族の存在論──チェコ民族再生運動とは何か?』神戸大学大学院国際文化学研究科サバティカル・三菱財団人文科学研究助成研究成果報告書、2008年、全316ページの改著)。
  • 坂井一成『ヨーロッパの民族対立と共生』(芦書房、2008年)、全301ページ。
  • 岩本和子『周縁の文学――ベルギーのフランス語文学にみるナショナリズムの変遷』(松籟社、2007年)、全408+viiページ。
  • 藤野一夫「文化多様性」をめぐるポリティクスとアポリア──マイノリティの文化権と文化多様性条約の背景」『文化経済学』(第22号) 2007年3月、文化経済学会、P.7-14。
  • 三浦伸夫「科学伝搬における覇権言語の興亡」、木村護郎クリストフ・渡辺克義編『媒介言語論を学ぶ人のために』、世界思想社、2009年6月刊所収。
  • 寺尾智史「言語観の日欧比較文明論――"言語外言語"視座から見た"言語内言語"の可能性」『比較文明』(比較文明学会、査読付き)23号、2007年、205-222ページ。
  • 松井真之介「フランスのアルメニア学校の建設と運営」『フランス教育学会紀要』第21号、2009年(フランス教育学会、査読付き、掲載予定)