上月永文氏のフィードバック

全学キャリア科目(総合科目Ⅱ) 「職業と学びーキャリアデザインを考える」第2回 2008.10.09担当

講師の感想 「自己一致をめざしての活動を」     上月 永文

 今回の全学キャリア科目での講義は、私にとって心の奥深いところからの、嬉しさのほとばしりに伴う喜びを感じさせるものとなりました。此処10年ほど、あちこちで講師活動を手掛けていますと、言語的コミュニケーションはつくづく聴き手にイニシャティブがあることを思い知らされていますが、今回の講義ではそのイニシャティブが充分発揮され、大変喋りやすく、話し手としてこんなに気分の良い講義は、近来に無いものでした。その上、自分の母校での講義であり、受講してくださった皆さんが終始静かに、真面目な態度で聞いてくださり、終了後には私の話に対して、真面目に書いてくださった大量のアンケートという宝物を戴いたことは、最高の喜びでした。このことは自分の培った物を、後に続く人に伝承する「育てる喜び」に通ずることでもあります。

 また、現在では、他の人のキャリアに関わる仕事を手掛けていますので、常に考えていることですが、簡単な情報であってもお話を聞く方々の、今後の人生に関わるかも知れないと言うこともあり、責任を自覚する必要があります。このような意識の下に、間違いの情報提供はできるだけ避けたいと思い、知識の洗い直しとそれに伴う考え方の修正をやった結果、今まで脈絡のはっきりしなかった部分のあった事柄が、鮮明に意識できるようになったという、思わぬ収穫が得られました。こんな機会を与えて戴かなければ、時間を割いて真剣な知識の洗い直しや考え方の修正ができなかったと思うと、心からの嬉しさの表現としての笑みと感謝の念が込み上がってきます。貴重な機会を与えて下さった、関係の方々に心から厚く御礼を申し上げたいと思います。

 数多くの貴重なアンケートを全て読破しました後の印象として、学生の皆さん方が真剣に考え、自分の心の琴線に触れたことを中心に表現して戴き、講義時間に比して内容を盛り込みすぎてお話が雑になってしまったとか、神戸育ちなのに関西弁ではなく標準語まがいの喋りで違和感があるとかをお許し戴くとしても、よく聴いて戴いていると感じました。内容としては、キャリアデザインに対する各人の受け取り方や意味付けの仕方により、個々の表現の仕方に差異が生じたものになっていると思います。各人の心の琴線に触れることが多かった項目について、私が付け加えたい点を少し加筆させて戴きたいと思います。

 まず、最も数が多かったのは「自己理解」についての記述でした。単純に「自己理解」というのは、「自己分析」をして、または、してもらって、自分を知ることによって行動基準や判断基準にする、と考えている場合が一般的です。しかし、キャリアデザインを構築するための判断基準では、もう少し「自己分析」も内的思考の枠組みで考えて欲しいと思います。「自己分析」は自分に関するデータで客観的に決めるものではなく、データを参考にすることはあっても、自分の行動や思考の意味や原因を、自分で考え、自分で洞察する作業であり、もう一歩進めると「自分らしい自分とは」を考えることであります。何故なら「自分らしい自分」は心軽やかに存分に行動や思考ができることになるからです。自分の心が最も安定的に働くのは、自己概念が今経験している体験を、素直に受け容れてくれている状態(自己一致の状態)にあるとき、最高に働きます。その為には、自分についての思い込み(自己概念)を自分自身の意識でコントロールすることが必要で、自分を客観視することができるスキルを身に付けることが重要になります。このスキルの一つの例として、メタ認知能力という「もう一人の自分」を頭の中で描けるような能力を、自分で習得することが良いと考えられます

 自己分析では「自己概念」と「メタ認知」がポイントになりますので、簡単な例を上げて理解の補助とします。
自己概念は「私はこういう人間である」というイメージないし思い込みですが、この働きは行動や思考の評価をするスクリーンの役目を果たします。自己概念として「読むことが下手だ」という思いを持つと、自分が読んでいるときに少しでも笑い声が聞こえただけで、「やっぱり自分は読むのが下手なんだ」と思ってしまいます。だから、読む事をしなくなり学校でも先生が「君はよく読めないなあ」と言い、通知表でそれを両親が知ると、また下手だと言われる、というように一種のらせん状のマイナス効果が出てしまいますので、これを自分でコントロールすることが難しいものになります。自己概念がかたくなになりますと、極端には「引き篭もり」状態に繋がります。

 次に、メタ認知の例としてはお友達と遊びに行ったときでも、遊ぶことが楽しくて集中している筈なのに、頭のどこかで帰りの混雑のことが気になってしまうことがありませんか。このように「遊んでいる自分」のほかに「帰りを気にしている自分」の二人の自分がいることに気付くでしょう。この「行動している自分」をより高いところから眺めて、いろいろアドバイスをしたり、考えたりしてくれる「もう一人の自分」がメタ認知なのです。この能力を身に付けることで「危険を避けたり」「効率よい計画を立てたり」「自分の為すべきことを判断したり」する事ができます。この能力は心の成熟とともに身に付いてきますが、日常生活で常に心を覗く習慣を身に付けて、積極的にスキルを習得する事で自分を客観視し、自己概念のコントロールに役立てて「自分らしい自分」として行動してください。

 このほかに「自己決定」自己責任」の項目で、これが出来るか、出来ないかによって一人前の大人として扱われるかどうかの判断基準になる、ということも数多く記述がありました。これのポイントは「自己理解」と「意思決定能力」ですが、「意思決定能力」は下記の意思決定のプロセスを、忠実に行うことを訓練することが必要ではないかということに止めておきます。

情報―(記憶)―知識―(推論)―思考―(知的作業)―問題点解消―(納得)―意思決定

 因みに直観力はこのプロセスのスピードを早くする事で、プロセスを省略することではありません。

 以上、雑学的で纏まりがありませんが、構想の材料提供ということでお許し戴きたいと思いますが、最後に、キャリアデザインとは、自分の人生について一生懸命に考えることと申し上げました。しかし、その中で最も大切なことは目の前の日常生活において、自分の生活環境が自分の都合を全く考慮することなくどんどん変化して行くことに気付いて、その変化に対して不適応の状態(自己不一致)になることなく適応していく行動や思考ができることであります。そのために自己一致の状態を保つには、自己概念が今経験している体験を素直に受け容れるようコントロールすることが必要です。

 環境が変化するから適応できないということで、変化することを怖がったりしないで真剣にキャリアデザインを考え、自分の健康や経済も含めたリスクを考慮して、なりたい自分になるための実力を蓄えて、なりたい自分の実現に努力されることを望みます。(2008年10月15日)