金井壽宏教授のフィードバック

2008年度全学キャリア科目「職業と学び――キャリアデザインを考える」

第3回金井セッション(200810月23日)への
コミュニケーションシートについての
フィードバック

            経営学部 金井壽宏20081029日)

1.まえがき

 ゲストに来られるどの卒業生にも神戸大学の大学生のときがあります。そして学部や大学院は神戸大学とは違うかもしれませんが、どの先生にも、学生だったときがあります。

 キャリアは、語源的には歩んだあとの轍(わだち)であり、皆さん方が、フルタイムで働く前に、キャリアのことをデザインしようと思ってもむつかしいのは、まだその足跡がないからです。

 でも、勢いに乗ってがんばっていれば、偶然が味方してくれます。節目だけ自分で選んだ気になれるなら、それで十分にキャリア・デザインといえます。節目と節目の間以外は、キャリア・ドリフトでいいとわたしは思っています。これを、学問的に証明しようと思うと難しいのですが、キャリアについて充実した歩むみをしているひととのインタビュー、またキャリアの節目で苦労しているひととのインタビューを聞いていると、わたしにはそのように思われます。(研究調査が難しい領域のひとつです。ほんとうに、40年にもわたるキャリアを、同じ人物について調べ上げようと思ったら、40年かかります。そういう調査をlongitudinal studyと呼び、米国にはあるのですが、日本では乏しいです)。

 皆さん方のレポートを丹念に読ませていただきました。大半のレポートは、非常にていねいに書かれていて、わたし自身もたいへんに考えさせられることがたくさんありました。それらについていくつか述べておきましょう。

 毎年、こんなに長く書くことはできないと思うのですが、いろいろ考えさせられることがあったので、長い目のフィードバックレポートを書きました。ひとりひとりのレポート全部に言及できていなくてすみません(159ものレポートの数ですので、ご容赦を)。

2.夢の現実吟味について

 パイロットになった林洋一郎さん(金井ゼミから航空大学校、日本航空へ)の話に言及されている方が多かったです。夢の現実吟味(reality-testing of dreams)の鮮明な例示になっているからでしょう。Yさんは、「正直、こんなひともいるのか、と愕きました」と書いておられました。前の夢をあきらめたままでもいいです。むりせずに。それが現実と照合される機会がきたら、それが節目の選択というものです。キャリアの節目は、たいへんですが、そこは不安があるだけでなく、夢がクローズアップされ、現実に照らし合わせられるのです。わたしの姪のひとりは、同志社大学で英文学を学び、ふつうの会社では飽きたらず、元からの夢だったパティシエの修業の道を選んでいます。

 就職活動をしている先輩が、給料や福利厚生、留学制度、など現実的なところを見るのはまったく間違っていません。それに加えて、新しい世界に向かう不安のなか、夢も現実吟味したらどうですか、というのがわたしたちの提案です。緊張よりも希望を、不安よりも夢を紙一重でも優先するような人生をわたしは送りたいです。Sさんが言われる客観的で現実的な企業研究も必要だし(世界を見るために)、主観的だけど意志や決断にかかわる夢(と不安)の吟味も必要です(自分を見るために)。

 遠くを見すぎていると心配しているひと(たとえば、Sさん)は、そんなときこそ、時間展望の心理学や希望の心理学がうまく活用してきた、遠隔目標と近接目標というレンズ調整をしてください。極端な例ですが、たとえば大学院の入試のときに、ノーベル賞が夢というのはいいけれど、それを「夢しか実現しない」というほど強い意志でもってそういえないのなら、まず「英文のジャーナルに掲載されるような修士論文をめざす」というより近い目標をキャリアの第1ステップとしてもつのがいいです。

 節目を彩る夢と不安が、前頭葉の同じ部位にかかわっているということを知ったときにはわたしも愕きましたが、TさんやTさん(「夢を考えることは脳の構造上、不安もついてくる」という要約はすばらしいです)をはじめ10名以上の受講生が、そこにふれていました。いきあたりばったりの生き方はあきませんが、いきあたりばっちりという生き方をめざしているソニーの石垣さんという方がわたしのMBAゼミにおられました。いきあたりばっちりというのは、スタンフォード大学のジョン・クランボルツ先生が主張するplanned happenstanceと発想として似ています。

 イヌも歩けば棒にあたるは、別名、イヌも歩かないと棒にさえあたらないということなので、努力・実行・活動重視が大事だとわたしは思います。「今、私には会いたいひとはいません。もしそう思えるひとがいたらすぐにでも行動したいのですが、それと平行して夢らしい夢もありません」というKさんは、まず、歩いてみること、もっと大勢のひとと話してみることをスタートラインにしたらいかがでしょうか。身近なところと、ふだん縁遠いところと両面攻撃で。縁遠いところもなぜ大事なのかというと、それが「偶然性を大切にする柔軟な考え」(Uさん)につながるからです。イヌも歩くのなら、人間も、なじんだところ、未知のところ、双方を歩むべきでしょう。Sさんは、「『犬も歩けば棒に当たるというが歩かないと棒にも当たらない』という歌詞にも出てきそうな先生の言葉が非常に印象的だった」と書いてくれていました。だれか、これを歌詞に、いきあたりばっちりと歩むひとにエールを贈る歌を作曲してください!!

 「なれる」よりも「なりたい」を優先するという考えは、前者が現実、後者が夢にかかわりがあるので、本来は両方が大事です。紙一重、なりたいを大事にしたらという提案にすぎません(これも、学問的に検証されたアドバイスにはなっていません)。「今日の授業で私は、自分が小さい頃に描いた夢を思い出した」Iさんは、就職活動が近づいた節目で、「なれる」を「なりたい」とつなげて考えることができたら、それも、夢の現実吟味の一種ではないでしょうか。講義を通じて「夢を身近に感じることができた」Mさん、がんばってください。メタファーも大事にして。また、打ち込むことはあったのに、将来につなげることができていませんと断言せずに、打ち込んだ経験を糧に。遺伝工学、建築学に惹かれながら、経営学部に入り、経営戦略など興味のある分野がみつかりかけているKさんへ、遺伝子の組み換え技術や、建物の設計と、経営戦略の立案どこかで似ています。表面的な学問の分け方ではないところで、やりたいこと、実現できそうな夢を探すのもあり、ではないでしょうか。同じように、基礎工学でロボットをしたかったというOさんへ、ホンダがアシモをつくっていることなど、経営学のテーマとしても扱えますので、「夢に少しでも近づけるように、身近なところからコツコツとしていきたい」という気持ちを大切にしてください(大阪大学のロボット先生、浅田先生は確かに夢いっぱいですね)。

3.デザインとドリフトについて

 「デザインする部分(節目)と成り行き任せという面の組み合わせというのは非常に印象に残りました」(Sさん)、「デザインとドリフトの話は感銘を受けました」(Kさん)というような意見もみられました。Kさんは同時に「夢が叶うといいなぁと思う一方でとても不安です」と書いておられますが、ジョージ・バーナード・ショーでさえ、人生でこまったことは、望みが叶わないことと、望みが叶ってしまうことだといい、別のひとは、希望をもって旅しているほうが、目的地にたどり着いてしまうよりもいいと述べています。一昨年にこの講義にきてくれたわたしのゼミ卒業生の長谷川さんは、叶うという字は、口で十回それを唱えることを意味すると述べています、いつも。

 P&Gを1年で去り、そのことがいい転機だった卒業生のお話をしましたが、お友達の話として、「看護の専門学校を1年経たずしてやめました。やはり専門学校なので将来は看護系だとほぼ決まっているが勉強してみて看護は合わないと思ったそうです」という記述がありました(Sさん)。学生のときに病院実習があっても、看護師になってからリアリティショックでやめるひとがいます。だから、その世界に入らないとわからないことが将来にある限り、不安は不可避です。だから、いっそう夢にあたるもので中和しないと、デザインも、元気よく勢いにのってドリフトするのも難しくなります。
 「とにかくやり始めることが大切」(Nさんのレポートの1行目)というのが、むちゃ正しい。

 かつて経営学者のヘンリー・ミンツバーグは、陶芸家だった当事の奥さんと、経営戦略を会社でつくっているひとと、陶芸家をともに集めて、話し合ってもらい、両者は似ているという議論をしました。なにをつくりたいかおおまかに考えていないとなにも作れないが、実際に土を触ったり轆轤(ろくろ)をまわしたりしないと、ほんとうのところなにをつくりたいかわからないところがあると、みなで気づいたのでした。陶器も、経営戦略もそうなら、キャリアにもそういうところがあるでしょう。別の経営学者のカール・ワイクというのは、「わたしがなにを言いたいかは言ってみないとわからないでしょう」と言ってのけた少女に言及しています。わたしの講義もまた、なにをいいたいかおおまかに描いていないと、なにも話せないですが、がんじがらめに決めていて、たとえばそれを読み上げたら退屈です。そして、実際にパワーポイントとか用意していても、それを見ずに話せば、なにを話すかは、話し終わってみないとわからないところがあります。だから、楽しいということになれば、話す側にとっても聞く側にとっても最高のひとときです。陶器づくりにも、クラフトワークのような戦略づくりにも、デザインとドリフトが同居しています。

 自分のお名前そのものをこのような観点から描いた学生さんがおられます。レポートに書かれていることは、つぎのとおり。「わたしの人生はカンバスです。わたしは『彩加』という名前なのですが、これは「人生というカンバスに、彩りを加える」という意味で名づけられました。生まれたとき、真っ白だったカンバスに、わたしは今まで筆をのせてきました」(Nさん)と。講義を通じてのいい内省だなと感心しました。

4.語ること話すことの大切さ

 仕事の世界を歩んでいるひとと話し合うことは非常に有益です。キャリアのことを考えるのに、まだフルタイムで働いたことのない学生さんがひとり悶々と考えるよりは、先輩、親や親戚、アルバイト先で知り合ったひと、運動部や文化系サークルの顧問の先生の話を聞くことは大切です。「だれかと話した相談することの大切さについてすごく納得した」と言われるKさんが、同時に、「人生は迷路だ」というメタファーに恐れ入ったそうです。大いに迷っても、必ず出口があるという迷路です。キャリアをなにに喩えますかという、やりとりは不発弾に終わる問い掛けになることもありますが、素敵な生き方、働き方をしているひとに出会う度に聞いてください。蝋燭、迷路、旅、劇場など興味深いメタファーに出会います。その方が、なぜ人生やキャリアをそれにたとえるのかという点が大切です。

 わたしは、ひとの仕事上の経験や生き方についてインタビューするのが好きですし、仕事(研究)面でも、実に夥しい数のインタビューをしてきました。『プロジェクトX』や『ザ・プロフェッショナル』に出たひともインタビューしていますが、ポイントは、そういうレベルのひとの話でなくても、すべて興味深く聞きます。だから、「今日の金井壽宏先生が自分や友だちに起こったキャリアに関するいろいろな物語を話したのはすごく面白かったと想います」(シェレンクー・ソブドさん)という感想どおり、具体的な人物の物語になしにキャリアの講義は成り立ちません。だから、このコースが内田先生のおかげで、キャリアを歩む卒業生をゲストにして成り立っているわけですし、研究面でも、物語こそこれからの新しい社会科学の命だとみなすナラティブ(物語)論というのがあります。

 レポートのなかで、限られたスペースですが、自分の歩み、そのときどきの夢を、ナラティブしっかりしてくれたAさんのレポートは新鮮でした――ミュージシャン、ボクサー、社会人野球、予備校講師、今の夢はギタリスト!(Oさんも聞きますか?)

 高校のとき受験勉強なんかでぴりぴりしていたときと比べると皆さんと親の世代とのコミュニケーションはよくなっていると思うのですが、仕事の世界の話について、うまくやりとりができると、深まります(わたしのゼミ生が、キャリアアンカーというエクササイズをするときに、父さんや母さんが登場するときに、いつも感動的な深まりが親子にあったりします)。だから、Tさんに限らず「今回の授業、資料をとおして、『今日、家に帰ったら、改めて親と話し合ってみよう』と思いました」というひとは、その日の間にできなくても、つぎの週末にでもぜひ、話してみてください。わたしは、自分のキャリアにかかわる本の一冊を父親と長男に捧げています。父とは、そして母とも、今でも毎週、子どもとは出張していない限り毎日、仕事のことも含め、いろんなことを話し合います。

 お母さまがキャリアカウンセラーをしているKさんは、レポートで宣言されているとおり、キャリアについて「今度相談してみよう」という一言を、すぐにでも実現、実行してください。

5.この日の講義そのものへの感想(その感想への金井の感想)

 最初の3分の2ぐらいの時間帯は、パワーポイントをほとんど使わなかったにもかかわらず、「今日は、1時間半ずっと集中して話を聞くことができました」という感想(Sさん)はうれしかったです。「お話に聞き入ってしまいました」とNさんは書いてくれましたが、実は、わたしも、「話し入っていました」。こういう経験が稀にあるのですが、話しながら、すごく話している中味に自分がナチュラルに入れる日があります。皆さんが熱心に聞いてくださったからだと思います。「今日の講義ではたくさんの驚き・感動があった」というOさんの印象に残った点は、「希望と夢」が前頭葉では同根だということでした。「夢しか実現しない」という言葉は、さいしょ「え!?」と思ったが自分の子どものころの夢と神戸大学の農学部に決めたときの夢を思い出してくれました。農学部からの移動はたいへんなのに、出てくださってありがとう。

「今日金井講師のお話しを聞き、すごく驚かされる言葉や自身や友人の体験談など、すごく心に残るお話ばかりでした」(Kさん)も感想文では稀にみる言葉でありがたいことです。その巌本さんからは、「たくさんのお話の中で、いちばん感銘を受けたのは、ドリフトすることは悪いことではないとういこと」と感想をいただきました。「キャリア・デザインというと堅苦しい話ばかりだと思っていたので、まさかこんなに親しみやすい話だと思いませんでした!!」(Kさん)というお言葉は、大学の先生という堅苦しいひとばかり多いので、わたしとしてはうれしいです。また、キャリアを考えることで元気をなくす話ばっかりだったら、それはおかしいとわたしは思っています。ノーテンキなだけではいけませんが、長期にわたるキャリアなのに(節目だけではなくて)いつもがちがちにデザインしろ、計画しろというのなら憂鬱になってしまう。元気の出るカレーも大事なら、元気の出るキャリア・デザイン論もいります。

 自分で考えるということがいちばん大事ですので、「自分の考えてきたことが整理された」(Sさん)の感想は、ナイスです。でかい字で「夢しか実現しない」と二重線で書き記したYさん、こういう言葉の力も大きいです。これは、Mさんのセルフトークですが、トップ・アスリートして活躍しているひとたちも、プラスの自己暗示につながるセルフトークをたくさんもっているものです。

 経営学部の学生さんのなかには、経営学は実学でお金の話ばかりと、また現実的な話ばかりと思われていた方のなかに、加護野先生もわたくしも夢の話をしたのが、意外だったがよかったという感想があり、また、なかには、金井ゼミに入りたいという宣言まであって、これもまたうれしい限りでした(たとえば、Eさん、Oさん)。

 わたしが学部の学生のときにもっとも感銘を受けた河合隼雄先生の講義は、むちゃくちゃ深いのに、はてしなく面白かったです。深淵なことを軽妙に話せる河合先生はすごいと思いました。まだまだわたしは、人間に対するそういう深い洞察がないのですが、それでも、「とてもおもしろい講義でした」(Aさん)というストレートな感想と、内容的には、「偶然が重なって夢が実現するというのが印象的でした。近すぎる夢、遠すぎる夢など、自分に適切な夢を探していくのが重要だと感じた」という率直な感想とありがとうございました。「夢は一部の才能のあるひとやラッキーな人かと思っていたけれど、どの人も夢を実現できる大きな可能性があるとわかって、うれしくなりました」(Kさん)というご意見も、キャリアの話で憂鬱になるよりも、皆さんの学生生活が元気になり勇気がわくことが大事だと思っているので、わたしもこの感想を聞いてうれしくなりました。がんばってください、皆さん。いいがんばりと、いい楽しみと、学生時代に打ち込むことの尊さ、ともに成し遂げるという経験など。それぞれに自分らしくがんばってください。努力が無駄になることはありません。

 お名前をリストするのがむつかしいほど、大勢のひとが、高校生向けに書かれたものですが、わたしの「7つの鍵」が参考になったようで、大学生向けに書き直しているわけではないのですが、お配りしてもらってよかったと、内田先生に感謝しています。

6.ベスト・ペーパー

 この159葉のレポートを評価目的で読んだわけではありません。自分の頭で考えた記録が提出されたこと、そのまえに考える時間、書く時間をすごしたこと自体に意味があると考えています。それを前提にしたうえで、聞いたことの理解、書き方のていねいさ、想いがこもっていることと、前向きに実践につなげようとしている点から、ベストペーパーをあげるとしたら、Nさんのものです。非常によく書けていました。

7.蛇足

 ドリフトをドラフトと間違えているひとが多かったです。また、わたしが、planned happenstanceを板書しなかったのがわるいのかと反省しましたが、スペルをまちがっていたり、違う英語になっていたり、過去分詞にプランがなっていなかったり、間違いがこれも非常に多かったです(もちろん、いちいち全員のお名前をあげられないですが、名誉のために、Wさんのように、正しくスペルが書けている学生さんもいました)。蛇足ですが、教育的配慮で、最後に一言。言葉を大切にしましょう。


(注)この授業では毎回出席者全員にコミュニケーションシート(自由記述アンケート)を課していますが、金井教授は提出された159枚の感想文をすべて読んで詳細かつ丁寧なフィードバックレポートを書いてくださいました。また、文中で挙げておられるベストペーパーもご覧になれます。文中の受講生の名前は頭文字を略記しています。ただし、同じ頭文字が複数回出てきても、すべて同一人物とは限りません。例えば、Tさんといっても田中さんや田端さんその他の場合もあります。(編集記)