今、日本の社会が求める人材像と就職環境
(1) もはや会社は、入ったら終わり、これで安心というところではなく、自分のキャリア・アップを図る場所の一つとなっている。それは、多くの企業で、年功序列や終身雇用が崩壊し、リストラ(人員削減)が敢行され、また企業自体が合併や分散を行い、入社時の企業の存続自体が保証される時代ではなくなったからである。入社数年後には、入った時の会社名と違う会社名になっているということもいまや珍しいことではない。
(2) それは、企業を取り巻く環境も数年前までとは激変したということを意味する。かつては多くの業界が省庁の規制に守られ、護送船団方式の横並び体質と前例主義の中で無難な企業経営をしていればよかった。だが今は、業界や業種を隔ててきた枠や壁は取り払われ、例えば電機メーカーが銀行に進出し、コンビニが銀行のATMを設置できる時代となった。ゴーン氏以前のニッサンやダイエーのように、名のある大企業といえども、旧来の枠に囚われている企業や組織にはもはや未来はない。今は、「創造的破壊」によって絶えず新しい価値やモデルを生み出し、フェアで過酷な競争環境の中でスピーディに成果を出すことが求められるようになった。こうした時代に企業が求めるのは、豊かな発想力と変革の志を持ち、自分の頭でものを考え、それを自分の言葉で表現できる人間である。指示待ち人間ではなく、自らビジネスチャンスを見出し、自らビジネスモデルを創出できる人材である。したがってこれからの社会人は、企業であれ、役所であれ、このように急激に変化する社会や市場に対応するために、大学を卒業した後も、以前にもまして学ぶ姿勢を持ち続け、自己のスキルアップを図らなければならない。こうした状況の中では、革新的な企業ほど、かつてのように大学名だけに頼らず本当に能力のある人材を求めるようになったのは当然である。
(3) かくして今は、「学校歴」を問題にする時代ではなく、「学習歴」を問題にする時代となった。業種や企業や職種にもよるが、コミュニケーション能力、仕事への熱意、問題発見能力、問題解決能力、グローバルセンス、社会への貢献意欲、英語、ITスキル、継続的な学習能力等々を身につけた人材が切に求められている。それゆえ先進的な企業の中には、採用活動の際に大学名や学部名を問題にしないところが増えている。
今年、松下電器が実施したインターンシップは採用を念頭においたものだったが、応募の段階でかなりレベルの高い要求(TOECやITスキル他)を課し、これをクリヤーした3000人の応募者の中から150人の学生が選ばれてインターンシップに参加した。終了後、最も優秀なA評価を得かつ内定を獲得たのは90人だったが、その90名の所属大学を調べてみると50の大学に分かれていた。これなど、学生が学校歴より学習歴で評価すされるということを表す端的な例だといえる。したがって、もはや有名大学の学生だからというだけで就職も安心という時代ではない。積極的に経営改革を推進する伊藤忠商事の丹羽宇一郎社長も次のように言う。「人材を選ぶのに、卒業した大学など、まったく関係ありません。エリート候補も固定せず、1年ごとに見直しています。」
(4) ただし、TOECやITスキルについて言えば、これからのビジネスマンにとっては、出来て当たり前の条件にすぎない。今年の本田技研でもTOEC 900点の学生が沢山落とされたという。英語が出来るだけで、自分が何をしたいのかが明確でない学生は評価の対象とはならない。英語が出来ることではなく、英語で何かが出来ることが求められている。以前とは異なり、今では「能力」だけでなく、それに加えて「意欲」や「熱意」が求められるようになったのである。
(5) 学生が職業を選択する場合も、世間的評価の高さや有名企業だから就職するということではなく、自分がしたいことと自分にできることを見極め、あくまで自分自身が望ましいと思うワークスタイル――業種や企業によって仕事の仕方は異なるので――を見出し、それによって確立した自分の軸に合う企業を選ぶことが重要となる。就職活動が、たんなる有名企業の内定獲得競争になってはならない。そういうかたちで就職した場合、いわゆるミスマッチが起こりやすい。近年、入社後数年間における離職者の増加が問題となっている。入社後3年の間に3割が辞めるという統計がある。
(6) 社会には自分の知らない業種や企業が数多く存在している。既存のイメージに囚われず、業種や企業を研究しなければならない。さらに、自分は何故その業種・企業なのか、その考えを深めておく必要がある。例えば、IT業界を志望するという場合、その理由が、社会のニーズに応えたいとか将来有望だからというだけでは、落とされるだろう。今やどんなどんな業界でもIT化は必要不可欠である。ITを使って社会に何を仕掛けたいのか、ITによって社会及び企業にどんな貢献ができるのか、そういったところまで掘り下げて考えねばならない。それゆえ「就社」ではなく本来の意味での「就職」を目指すべきである。しかも、職業及び企業選択を自分の価値観や生き方全体の中で位置付けることが大切なのである。
内田正博 (2002.01.29)
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