近況: 2008年7月:一覧

 夏は思い出の多い季節です。私が初めて外国に行ったのは大学3年生の夏休みでした。ゲーテ・インスティトゥートのドイツ語夏期講習で、2ヶ月間ドイツのローテンブルクという町に滞在しました。その時の体験はその後の私の生活や価値観に大きく影響したと思います。まず最初に、ホームステイと言うのが自分には向かないことがわかりました。気が利かないし、めんどくさがりやの私は他人のおうちではどうも落ち着けず、うまくとけ込めませんでした。(そのあと何度か留学した時はいつも寮にはいることにしました。)
 ドイツ語クラスには世界各国から年齢も職業もさまざまな人たちが来ていました。そんな人たちの中で、私が憧れと同時にある種の親近感を感じたのはアメリカから来ていた化学の教授とカナダ人の哲学教授夫妻でした。彼らは秋からしばらくドイツの大学に滞在するためドイツ語講習を受けていたのです。知的で優しげな彼らと2ヶ月の間毎日たどたどしいドイツ語や英語で会話した私は、その時初めて、大学院に進学して研究者になるという進路もあることに気づいたのでした。
 この夏期講習の時には、ビールとタバコも試してみました。アルコールは自分に合っていることがわかりましたが、タバコはあまりにまずくて2本でやめ、それ以後二度と試したいと思ったことはありません。

蝉の声

 自宅マンションの近くに蝉がたくさんいて、朝早くからその声が聞こえてきます。それを聞くたびに思い出すこと。随分前のことになりますが、日本に来たばかりのフランス人が「蝉のたてる騒音がうるさくて目がさめる」と(フランス語で)言ったことがありました。私はせみの「騒音」 というのに、かなり驚きました。蝉の「声」はうるさいと思っても「騒音」という意識は私には全くなかったからです。でも、考えてみると、蝉は声帯から声を出している訳ではないので、やはりあれは「鳴き声」ではなくて「音(おと)」が正しいのでしょう。
 「虫の音(ね)」というときの「ね」はそれでは、「声」なのか「おと」なのか、という疑問がわき、「ね」(音・哭)を広辞苑で引いてみると「(1)物の音や人の声。特に、心に訴えてくるような音声。(2)鳥・虫などの鳴き声。(3)人の泣き声。」とありました。うーん。「ね」というのは「おと」でも「声」でもどっちでもよくて、要するに聞く人の心に何か訴えるものがあるかどうかという、聞き手本位の言葉なのでした。それはともかく、日本人の私に聞こえるのは蝉の声(どんなにやかましくても!)であって、「騒音」ではありません。

感動的T-shirt?

 普段着を真夏用に切り替えてからしばらくたちます。いつも同じものばかり着るのはあまりに怠惰に見えるので、ちょっと買い物に行くのに適当なものがないかと今日たんすの引き出しを探っていると、奥のほうから出てきたTシャツがありました。25年以上前アメリカの大学に留学していた頃に買った、大学のフットボールチームのキャラクター入りTシャツ。色がきれいで、そのうえどんなに洗濯しても形が崩れないため、いまだに残っていました。アメリカから日本への旅、そのあとの5回以上の引っ越しや阪神大震災までもくぐり抜けていまだに現役でいるこのTシャツはすごい!と思わず感動してしまいました。まあ、持ち主の私が着るものに無頓着なだけなのかもしれませんが。

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