2013年度協力研究員 研究テーマ

天野敏昭 AMANO Toshiaki

研究テーマ:「芸術家の労働と社会保障制度について‐国際比較研究に向けた予備的考察‐」

本研究では、70年代後半以降、芸術家の地位の向上や社会保障の整備が国内外共通の課題となっていることを受けて、各国における芸術家の労働、社会保障の論点、制度整備の動向を整理分析し、国際比較研究に向けた予備的な考察を行う。
 芸術家は、経済面ではクリエイティブ産業の担い手として、知的資産や著作隣接権と関わりの深い仕事に従事し、経済発展に寄与すると考えられている。社会面では、自らの作品や活動を通して社会の問題や矛盾あるいは将来社会の構想を提示したり、自らの活動を媒介とする学校教育や生涯教育において、人々の自己認識や自己表現といった潜在能力の発現を促す役割を担っている。文化面では、歴史の過程で積み重ねられてきた生活や創造の営みを継承し、新たな文化を生む源泉を豊かにし、国や地域のアイデンティティを形成する固有価値の維持や発展に大きな役割を担っている。このように、芸術家の役割や芸術家に対する期待が大きい一方で、その地位や社会保障制度は不安定な状況にあり、芸術家の生活基盤の確立に向けた検討が求められる。
 研究では、Hans Abbing、Pierre-Michel Menger、COMPENDIUM、ILO、UNESCO、吉澤弥生等の、主に芸術労働に関する内外の先行諸研究に依拠し、芸術労働の特殊性を踏まえた上で、芸術家の生活基盤の確保に向けた各国の制度設計の現状と方向性について、文化政策と社会政策との関係性の中から検証したいと考えている。
 本研究は、近年、知識経済社会下における社会政策の重要なテーマになっている、非正規労働などの不安定就業に対する政策対応のあり方を考える上でも参照し得ると考えられる。

主要研究業績

  • 「コミュニティ財団による市民メセナの評価と展望‐公益財団法人神戸文化支援基金の事例を中心に‐」『鶴山論叢』(神戸大学国際文化学部/神戸大学大学院総合人間科学研究科・国際文化学研究科 鶴山論叢刊行会)第12号、2013年3月、pp.1-32.
  • 「フランスにおける社会的排除と文化政策‐社会的包摂における芸術・文化の意義」『大原社会問題研究所雑誌』(法政大学出版局)No.638、2011年12月、pp.45-66.
  • 「社会的包摂における文化政策の位置づけ‐経験的考察に向けた分析枠組みの検討」『大原社会問題研究所雑誌』(法政大学出版局)No.625、2010年11月、pp.23-42.

尹永順 YIN YongShun

研究テーマ:「「盛京時報」と谷崎文学」

 博士後期課程では、ルフェーヴルのリライト理論を援用して、谷崎文学が中国においてどのように翻訳され、受け入れられてきたのかを検討した。従来の先行研究では、1928年に「小説月報」に掲載された『富美子の足』を中国初の翻訳であるとされてきたが、筆者の調べでは、1924年に『麒麟』と『金と銀』がすでに翻訳されていたことが判明した。ただ、この2作品は「満洲」で日本人中島真雄によって創刊された「盛京時報」に掲載されたため、殆ど注目されなかったと考えられる。従って、本研究では、『麒麟』と『金と銀』、及び1939年から1940年にわたって連載された『春琴抄』の3作品を取り上げ、特殊な時代背景を背負った「満洲」、日本人中島真雄によって創刊された新聞「盛京時報」、この新聞社に30年程度務めた翻訳者の穆儒丐と関連付けて、その翻訳と受容のあり方を考察する。

主要研究業績

  • 尹永順(2012)「『細雪』の中国語訳における人物像のリライトについて―翻訳者の序を踏 まえて」『通訳翻訳研究』第12号p.175-188
  • 尹永順(2011)「中国語訳『鍵』のイデオロギーによるリライトについて―性にかかわる表現を中心に」『通訳翻訳研究』第11号 p.123-138
  • 尹永順(2010)「中国における谷崎文学の翻訳と受容の変遷―作品の選択と評価を踏まえて」『通訳翻訳研究』第10号 日本通訳翻訳学会 p.103-120

植朗子 UE Akiko

研究テーマ:「グリム兄弟『ドイツ伝説集』におけるモティーフ研究」

 19世紀初頭に発表されたグリム兄弟の『ドイツ伝説集』Deutsche Sagenを中心に、ヨーロッパ文化の深層に隠されている「異教的・異端的なもの」をドイツ語圏の伝説研究の観点から解明することをテーマとしている。ゲルマン民族の移動期から宗教改革までのドイツ語圏の伝説を含む『ドイツ伝説集』に見られるモティーフについて、兄であるヤーコプ・グリムの『ドイツ神話学』Deutsche Mythologieやノヴァーリス、ハイネなどの作品との比較によって具体例を示し明らかにする。『ドイツ伝説集』はドイツ民俗学や思想研究、あるいは『グリム童話集』の補助資料としての研究がわずかにあるだけで、未だ系統的な研究がなされていないのが現状である。『ドイツ伝説集』を文学的な視点から研究することによって、グリム研究に新たな手法を提案するとともに、ドイツ語圏の精神史の解明に寄与したい。 外部資金助成
平成23~24年度 日本学術振興会・科学研究費補助金(研究活動スタート支援:研究代表者)
研究課題:「ロマン主義における信仰対象の変容と『ドイツ伝説集』の精神史的特性の解明」

主要研究業績

  • 「グリム『ドイツ伝説集』のホッラさんFrau Holla-モティーフの四大要素と配列-」 『国際文化学』21、2009年9月、pp. 125-138.
  • 「グリム『ドイツ伝説集』のコスモロジー」『国際文化学』22、2010年3月、pp. 13-26.
  • 「グリム兄弟『ドイツ伝説集』の土地伝説集における配列」『ドイツ文学論攷』53号、2011年12月25日、阪神ドイツ文学会編、p31~54

王娟 WANG Juan

研究テーマ:「日本占領下の華北地方における教育活動」

 博士論文では、占領と教育との関係という視点から、日本占領下の北京において日本人が設立した民間の三つの学校について考察してきた。これまでの研究成果を踏まえて、今後は以下の点について研究を進めていきたい。
 第一に、日本軍部が設立した「国立北京大学」などの実態を明らかにし、戦時下華北における教育の全体像を解明したい。これにより、占領と教育との関係を一層明らかにすることができよう。第二に、戦時下の華北では、この「国立北京大学」にも、民間の日本人が設立した私立学校にも、多くの朝鮮人が学んでいた。華北地方における朝鮮人の教育実態を明らかにし、これらの学校の日中関係・日韓関係における歴史意義を探っていきたい。
 今後は中国北京市檔案館や日本外務省外交史料館などが所蔵する一次資料と、これら学校の関係者への聞き取り調査などを駆使し、研究を進めていきたい。

主要研究業績

  • 王娟「戦時下北京における中国人女子教育と日本知識人たち」(荒武賢一郎・宮嶋純子編著『近代世界の「言説」と「意象」』関西大学文化交渉学教育研究拠点、2012年)pp.349~363。
  • 王娟「戦時下北京における覚生女子中学校:北京市檔案館資料を中心に」『中国研究月報』第66巻第8号、2012年8月、pp.16~29。

鬼頭尚義 KITO Naoyoshi

研究テーマ:「歌人伝説の形成と展開」

 日本各地には、様々な伝説が残されている。英雄に関する伝説、巨木・巨石伝説、または地名由来伝説など枚挙に暇がない。こうした伝説の中でも、特に目を引かれるのが、都からやってきた歌人に関する伝説―いわゆる歌人伝説である。修士課程から博士課程の5年間は、平安中期を生きた歌人である藤原実方に注目して、実方伝説の形成背景とその意味について研究を進めてきた。その概要を簡単に述べておく。実方伝説の形成には、在地の人々―中でも俳諧師や権力者といった、一定水準以上の知識を持った人々―の関与が確認できた。実方伝説に見られる俳諧師や権力者の関与は、図らずも小野小町や西行、和泉式部といった歌人伝説にも見られる構図の一部でもあった。今後は、実方と比較されることの多い在原業平や、実方と親交が深かったと言われている清少納言ら、関西と縁の深い歌人に焦点を当てて、伝説の形成背景と意味について考察を進めていき、実方や小町と同じような構図が当てはまるのかを探っていく予定である。最終的には、旅する歌人伝説のデータベースを構築し、旅する歌人伝説が様々な地域に残されている背景やその意味を理解する一助にしたいと考えている。本研究は、日本文化の基層部分を理解する上でも、欠かす事は出来ないのではないだろうか。

主要研究業績

  • 「実方説話と寺社縁起-更雀寺を例として」『仏教文学』32、2008年3月、pp. 64-75.
  • 「歌枕を巡る実方―出羽国大沼に残る伝承を例としてー」『説話・伝承学』17、2009年3月、pp. 78-93.

シーリン Kered Shilin

研究テーマ:「清代モンゴルにおける書記および書記の養成に関する研究」

 二千年以上の長きにわたって整備された中国の文書行政システムは、17世紀に清朝支配下に入ったモンゴルへも導入された。モンゴルでのこの整然たる文書行政を支えていたのは、「ビチェーチ」と呼ばれるモンゴル人書記であった。これらの書記や彼らを育成した書記養成制度はモンゴル史上で極めて重要な役割を果たした。これまでの研究においては、まず、清代外モンゴルの書記養成制度の全体像を解明し、次に、清末のモンゴル人書記の 世界を詳細に描き出し、さらに書記出身者たちの近代モンゴル社会における活躍を再現し、彼らの社会的貢献を究明した。最後に、清代外モンゴルの書記養成制度が近代モンゴルの学校教育に与えた影響についても検討し、清代モンゴルの書記および書記養成制度の歴史的存在意義を実証することに力を注いだ。
 今後は、同じくモンゴル民族の居住地である内モンゴルの書記や書記の養成実態を明らかにしながら、同一民族によって形成される同じ「モンゴル世界」でありつつも、少なからぬ政治や社会状況の差異が存在する内外両モンゴルで、書記および書記養成制度がどのような「共通点」と「相違点」をもち、それぞれの歴史的意義はいかなるものであったのかについて検証していきたい。

主要研究業績

  • 「清末のモンゴル人書記―ナワーンナムジルの回想を中心に―」『日本モンゴル学会紀要』40、2010年3月、pp.53-66.
  • 「清代外モンゴルにおける書記の養成―東部二盟を中心に―」『内陸アジア史研究』26、2011年3月、pp.109‐131.
  • 「清末の書記出身者の近代モンゴルにおける活躍」『日本とモンゴル』第46巻第1号(123)、2011年9月、pp.57-73.

高岡智子 TAKAOKA Tomoko

研究テーマ:「東ドイツとハリウッド映画音楽の比較研究―文化政策とメディア史的観点から―」

 本研究は、これまで学問的に考察される機会が少なかった映画音楽に焦点を当て、文化政策とメディア史の観点から東ドイツとハリウッドの映画音楽を比較する。資本主義と社会主義という異なる社会体制のもとで、映画音楽作曲家たちは現実にいかに対峙したのか、また音楽は社会のなかでいかに機能してきたのか。東ドイツの映画音楽については、社会主義国家のなかの映画音楽の全貌を明らかにすることを目指し、同時に文化政策的観点から映画音楽の機能について検討する。この研究と並行して、シートミュージック(sheet music)やジュークボックス(juke box)といったメディアの発展という文脈から、1950年代から60年代のハリウッド映画音楽を読み解きたい。

主要研究業績

  • 「『国民音楽』としての東ドイツロック―文化政策が生み出したポピュラー音楽―」『演劇映像学』2、2011年3月、pp.21-40.
  • 「東ドイツの文化政策と亡命ユダヤ人作曲家―ワイマール文化から社会主義リアリズムへ―」『社会文化学会』12、2010年3月、pp. 91-112.
  • 「コルンゴルトのオペラに見られる『メロドラマ』手法―初期ハリウッド映画音楽の萌芽をめぐって―」『国際文化学』13、2005年9月、pp. 36-60.

寺尾智史 TERAO Satoshi

研究テーマ:「『リキッド化する社会』における言語多様性保全 」

 社会の液状化がグローバルに進行する中で、話者の移動を無視した「言語分布域」ありきの少数言語保全政策は曲がり角を迎えている。流動する現代の人間活動の中で、ことばの多様性を担保する方法論が存在しえるのか、国民国家における国家言語形成の焼き直しである「地域・少数言語政策」を採ってきたヨーロッパの経験を批判的に検討することを糸口として考察を深めたい。
 具体的には、調査・議論の対象を主に南欧・中南米とし、言語政策が一定の成果を収めているように見えるカタルーニャ語(スペイン)、グアラニー語(パラグアイ)、ケチュア語(ボリビア、エクアドル)など(いわゆる「地域言語」)の例と、話者数の減少に歯止めがかからないミランダ語(ポルトガル)やアヨレオ語(ボリビアおよびパラグアイ)など(「弱小少数言語」)の例とを対比的に検証する。なお、後者の範疇として「南米における琉球語」など、移民が話す少数言語も射程とする。前者(カタルーニャ語など)については、「滅ぼされる前にダイグロッシア(二言語併用社会)の主従関係を打破すること」を目標として掲げる「言語正常化」の名のもと、「地域言語」としての姿が確立されつつある。しかし、テリトリアリティに呪縛されている負の側面も同時に示す必要があろう。後者(ミランダ語など)については、①言語保全運動の発生前後において、これらの言語への「非母語話者による他者認識」が、その後の運動の成り行きをどのように規定しているか、②大都会・先進国へとシフトする母語話者の生活圏の離散と、過疎の進行によって空洞化する「言語分布域」の現状、ならびにその現実に対応しようとする(数少ない)言語政策上の取組みについて、とりわけ注視する。

主要研究業績

  • 「地方都市における多言語表示―美濃加茂市における南米出身者向け表示を事例として」『神戸大学留学生センター紀要』15,2009年3月,pp.25-49.
  • 「南部アフリカ・アンゴラにおける多言語政策試行―ポルトガル語とバンツー諸語の間で」『国際文化学研究』(神戸大学大学院国際文化学研究科)32,2009年7月,pp.33-66.
  • "Mirandese as an Endangered Language"『国際文化学研究』(神戸大学大学院国際文化学研究科)35,2010年12月,pp.101-126.

南郷晃子 NANGO Kouko

研究テーマ:「近世期における領主権力をめぐる説話の生成と展開」

 日本各地の「お殿様」をめぐる説話は、何故、どのようにして生まれたのだろう。各地域でその説話はどのような意味を持ち、どのように意味を失うのか。
 本研究は領主権力をめぐる説話の考察を通じ、説話と権力を含む社会構造との関係を明かにするものである。特に近世期の地域社会の変動と不可分に展開する説話を主軸に据える。各地の領主をめぐる説話には、転封、入封、改易といった領主権力の変動を契機として生成、展開するものが見られる。さらにそれらの説話には、その後の領主の地域社会への定着/非定着を見据えた上での変容が見られる。これらの説話の生成や展開を、地域社会と領主権力、またその背後の中央政権という重層的な権力構造を踏まえた上で理解する。
 同時に説話内部のモチーフを、それを取り巻く社会構造、権力構造とともに検証する。例えば「山伏」が領主と対峙する説話があるが、「山伏」は中世以来の説話的意味を持ちつつ、近世社会では周縁的身分にある。近世期の社会構造を踏まえた上で説話を再検討する。 具体的には、中国地方に流布する「おさご」伝承や、近世期の版本『本朝故事因縁集』に含まれる松江藩関連説話等を中心として研究を進める。
 メディアの多様な展開のもと、今日、私たちは「事実として」「伝承する」説話に取り囲まれて生きていると言える。その危うさと内包される暴力性は既に周知のことであり、日本社会における重層的な言説と不可分に説話が生成、展開する過程を詳らかにすることは、急務であろう。

主要研究業績

  • 「『本朝故事因縁集』をめぐる考察-周防国を中心として」、東京大学国語国文学会『国語と国文学』、明治書院、平成24年12月号、pp34-49、2012
  • 「「宗門檀那請合掟」をめぐる諸問題」、『鶴甲論叢』、鶴甲論叢刊行会、第10号、pp1-25、2010
  • 「城をめぐる説話伝承の形成-姫路城を中心として」、『説話・伝承学』、説話伝承学会、第14号、pp122-141、2006

沼田里衣 NUMATA Rii

研究テーマ:「音楽療法、コミュニティアートにおける創造的音楽活動について」

 筆者は、これまで音楽療法、コミュニティ音楽療法、コミュニティアート、アートマネジメントなどの領域で、福祉やコミュニティの創成などの現代的ニーズに芸術の様々な可能性が試されている状況に身を置き、音楽の生成、パフォーマンスや享受の過程でどのようなイデオロギーが働き、価値観の交換が行われているのかなど、自ら実践しながら観察・研究してきた。今後もこのようなこれまでの音楽療法やコミュニティにおける創造的音楽活動の研究・実践をさらに追求し、新しいアートを創出するというアート側の欲求と社会的要求がせめぎ合う場面に生ずる課題について、研究を進めて行く予定である。

主要研究業績

  • 「音楽療法における即興演奏に関する研究ーセラピストとクライエントの音楽的対話の過程とその意味ー」『日本音楽療法学会誌』5(2)、2005年、pp. 188-197.
  • "EinScream!:Possibilities of New Musical Ideas to Form a Community", Voices: A World Forum for Music Therapy Vol.9(1),2009. http://www.voices.no/mainissues/mi40009000304.php  

野村恒彦 NOMURA Tsunehiko

研究テーマ:「19世紀英国科学者の大陸旅行(グランドツアー)」

 グランドツアーとは18世紀から始まる英国貴族子弟による大陸旅行のことである。そこでは、大陸文化を直接体験することによりより広い教養を見つけようとする姿勢 があった。一方19世紀において英国と大陸科学者の交流については緊密な連携が構築されようしていたものと考えることができ、科学者によるグランドツアーも実際に行 われていた。チャールズ・バベッジもその例外ではなく、大陸科学者との交流を深めるべく3回の大陸旅行を行い大きな影響を受けている。これらのことを踏まえて、英 国科学者を中心に国際間ネットワークの構築についての実像を明らかにし、英国と大陸科学者との知識交流についての具体的な経過を明確にしていきたい。

主要研究業績

  • 「チャールズ・バベッジ『第9ブリッジウォーター論集』の数学的意義」『科学史研究』46(244)、2007年、pp. 220-230.
  • 「チャールズ・バベッジと解析協会(Analytical Society)」『数理解析研究所講究録』1513、2006年、pp. 36-45.

松井真之介 MATSUI Shinnosuke

研究テーマ:「フランスにおける多文化共生と多文化教育の可能性――地域語学校・バイリンガル学校を例に」

 フランスのアルメニア系住民は、フランスの国民教育プログラムを全面的に取り入れた、あらゆる就学児童たちが毎日通えるバイリンガル学校として、「アルメニア学校」を8校建てており、それはフランスの「統合」モデルの一つの形といえる。それならば他の移民集団にも、そのようなバイリンガル学校としての移民言語学校を建設するという動きが出てもおかしくない。しかし、実際そのような例はフランスにおいてはほとんど見当たらない。
 このような学校には移民言語学校のほかに地域語学校がある。地域語学校の構想は1970年代に隆盛をきわめ、その後フランス各地で設立ラッシュが起こり現在も続いているが、これは移民言語学校にはまだ見られない動きである。地域語学校と移民言語学校では、「非フランス語も学校で教える」という同じ立脚点を持ちながらも、何がこのように結果を違わしめているのか、また移民集団間で考えても、理論的にはアルメニア学校と同じ手続きを踏めば学校設立も可能であるのに、実際には存在しないのはいかなる理由からなのか、という問題が浮かび上がってきた。
具体的には地域語学校とアルメニア学校、移民言語集団とアルメニア語集団の現状分析および比較を中心に研究を進める予定である。まずは、地域語学校とアルメニア学校の活動状況分析と比較検討を行い、共通の戦略や問題など、共通項を中心に取り出していき、他の移民言語集団の学校設立に適用可能性のある項目を照射する。次に、アルメニア学校と他の移民集団における学校設立構想の状況分析と比較検討を行う。ここでは特に母語教育を行なう際に浮かび上がる差異に関して注目したい。その上で、他の移民言語集団の学校設立に関して、地域語学校の調査で得られた「他の移民言語集団の学校設立に適用可能性のある項目」がそのまま適用可能か、あるいは変形が必要か、それならばどのように変形すれば適用可能なのか、の検討を行い、「共和国の学校」におけるバイリンガル教育を可能にする方法を提示したい。
この研究はフランスのみならず、今後もっと濃密な形で移民と関わることになる日本においても、漠然とした多文化共生という理念ではなく、移民に対する日本語‐母語の恒常的なバイリンガル教育機関設立の参考という、多文化共生の現実的な実践の一助となりうると考えられる。

主要研究業績:

  • 「フランスにおける言語マイノリティ学校の可能性 ―ブレイス語のディワン学校と在仏アルメニア学校を例に」『フランス教育学会紀要』第24号、2012年、65-78頁。
  • 藤野一夫編『公共文化施設の公共性』水曜社、2011年4月。第11章「フランスの『公共』をすり抜ける在仏アルメニア学校の可能性」(270-295頁)担当。
  • 「フランスにおけるアルメニア学校の建設と運営」『フランス教育学会紀要』(21)、2009年、79-93頁

山口隆子 YAMAGUCHI Takako

研究テーマ:「ホームステイの活動における伝統と生活文化の表象」「ホームステイのメカニズムを観光人類学から読み解く」

 博士論文では、これまで読み解かれることがなかった所与の概念/活動としてのホームステイを取り上げ、アメリカで1932年に誕生した嚆矢的ホームステイ組織The Experiment in International Livingとその創始者に焦点を当て、ホームステイの仕組みとhomestayという用語まで創作した彼らが目指した異文化理解の過程とホームステイのメカニズム、ホームステイにおける文化表象と本質主義を、人類学を基盤に考察を繰り広げた。
 今後は、これまでの研究を踏まえて、観光の視点から改めて捉え直すことを目指す。現在のホームステイの場面における文化表象は、ホストがゲストになり、ゲストがホストになることがあるために、1977年に出版された『ホストとゲスト-観光人類学』の研究にみられた、文化を一方的に「みる・みられる」の関係だけではなく、互いに「みせる」過程があることが、これまでの調査・研究で解ってきている。この視点を加えて、ホームステイにおいて彼らがどのように自分たちの伝統文化をみせ、生活文化の提示をおこなっているのかを考察し、観光人類学の展開に、新たな視点で投げかけたいと考えている。
 また、ホームステイの媒介組織、ホストとゲスト体験(希望)者は、男性に比べて女性が圧倒的に多いというデータがある。ホームステイが家庭/生活の場面でおこなわれることも一要因であろうと思われるが、彼/彼女たちがホームステイの活動に関わる前後の意識の変化、文化表象と言説を、参与観察や聞き取り調査などをとおして、ジェンダーの視点からホームステイにおける彼/彼女たちの姿を読み解くことも新たに始めていく予定である。

主要研究業績

  • 2009 「ホームステイという異文化への旅とその文化の求め方-アメリカで誕生したホームステイ団体の人類学的考察-」『旅の文化研究所研究報告』18:53-66.
  • 2008 「「ホームステイ」誕生の背景と求められた異文化理解-世界で最初のホームステイ組織・EILを事例に―」『神戸文化人類学研究』2:30-69.神戸大学大学院国際文化学研究科文化人類学コース。
  • 2004 「ホームステイにおける異文化のまなざし-金沢の事例から」『「観光のまなざし」の転回 越境する観光学』遠藤英樹・堀野正人(編)、pp.147‐167、春風社。

山田勅之 YAMADA Noriyuki

研究テーマ:「清代雲南ナシ族に関する歴史研究―ナシ族の首領木氏を中心に」
                   「チベット自治区ラサ市における観光産業発展の動態」


研究概要:

 2008年度に提出した学位論文「明代雲南麗江ナシ族木氏土司―中華世界及びチベット世界の狭間で―」を基に加筆修正した「雲南ナシ族政権の歴史―中華とチベットの狭間で」を東京外国語大学AA研叢書から出版することができた。この成果を踏まえて、今後、以下のような研究活動を考えている。
 17世紀中葉~後半、三藩の乱やダライラマ政権の雲南西北部の包摂によって、木氏土司の政治勢力が大きく後退する。このような東アジアや内陸アジアにおける激変期の検討を通うじて、木氏土司の位置づけ、さらにはチベット・清朝の関係を描出していきたい。また、18~19世紀、麗江ナシ族の一般住民にチベット仏教カルマ派が浸透し、仏教寺院が建立されていく。その過程を検証することによって、木氏の果たした役割を分析していきたい。そこから、清朝の臣下という従属的な姿ではなく、彼らの能動的な姿をも描出できると想定される。
 以上の問題の検証を通じて、「中華世界秩序」や「チベット仏教世界」といったアジアを巡る問題に対して、新たな視角が提示できると考えられる。
 また歴史研究と並行して、現代中国の観光政策・民族政策に関する研究も行っている。その目的は、観光産業の発展が少数民族の生活向上にどの程度貢献しているのか、実地調査に基づいて具体的に明らかにすることにある。平成22~23年度科学研究費補助金・研究活動スタート支援「チベット自治区ラサ市における観光産業発展の動態」の助成を受け、2010年12月25日~2011年1月8日にかけてチベット自治区ラサ市の旅行業、ホテル業、観光産品業(土産屋)を実地調査した。本年9月にも再度行う予定です。本年度はこれらの調査結果をまとめ、論文として成果を発表していきたい。

主要研究業績

  • 「明代の雲南麗江ナシ族・木氏土司による周辺地域への勢力拡張とその意義――中華世界とチベット世界の狭間で――」『史学雑誌』118(7)、2009年、pp. 60-86.
  • 「チベット自治区における観光の発展と政策――チベットを「中華の辺境」としてどのように見せるのか」『アジア経済』51(2)、2010年、pp.2-19.

劉澤軍 LIU Ze Jun

研究テーマ:「文の結束性に関する中国人日本語学習者の使用実態について」

日本語では、文と文のつながりに関して、省略、代用、指示等の手段により、文の結束性が形成していると言われてきている。これらのつながりによって、話し手としての母語話者であっても、聞き手としての母語話者であっても、それを手かがりにし、普段のコミュニケーションをなしているのである。一方、中国人日本語学習者(以下は学習者)は母語話者のように、結束性について上手く理解できない場合がある。その結果、産出された文は、ねじれ文になったり、意味不明になりやすく、自分の意思が相手に上手く伝わらない場合がある。このように、学習者、特に中上級学習者の間は、どのような手段を用い、文の結束性が形成されているのか、結束性に関する使用実態がどのようになっているかは興味深い課題である。
 本研究では、この研究課題について、主に文の結束性の観点から学習者の使用実態を明らかにし、その実態が生じた背景には何があるのかについて検討し、考察する。具体的な考察に当たり、学習者を調査対象として、通時的に3回にわたり調査し、データを収集する。これらのデータを整理・分析することによって、学習者の結束性に関する使用実態を明らかにするとともに、これからの日本語教育における結束性に関する教授法にも提言することが目的である。

主要研究業績

  • 劉澤軍2012.8 ≪关于日语主题省略的研究-以中国人日语学习者为中心≫『日本語における主題の省略についての研究―中国人日本語学習者を中心に』  中国・南開大学出版社
  • 劉澤軍2011.3「視点の観点からみる日本語の主題の省略―中国人日本語学習者と日本人母語話者との比較を中心に」『国際文化学』第23、24合併号p115-129 神戸大学国際文化学会
  • 劉澤軍2013.4“关于日语主题非省略的考察分析”「日本語の主題非省略に関する一考察」『日語学習与研究』2013年第2期《日語学習与研究》編輯委員会p1-8

過去の協力研究員

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