三浦伸夫 (異文化コミュニケーション論講座) 塚原東吾(異文化コミュニケーション論講座) 野村恒彦(異文化研究交流センター協力研究員) マリオン・クーザン(国際文化学研究科研究生)
二つの文化という考えかたがある。文系文化と理系文化である。しかしこんにち、環境問題、医療問題はもちろん国際関係論にいたっても問題を根本的に考えるさいに文系的視点と理系的視点をあわせ持たねば、物事の本質を捉えられないような状況である。学際的な多眼的視点で文化の問題を教育研究することを目指して設立された国際文化学研究科という場は、文化の問題を科学や技術を視野に入れて研究するにはもっともふさわしい場であると考えられる。 19世紀は「科学」の時代の幕開けである。科学が社会的に認められ始めた時代であり、文化史や当時の社会史を見る場合も科学史や技術史の知識を前提にせねばならないであろう。このことはまた科学文化の成立とも言うことが出来る.このプロジェクトは、科学技術の誕生したこの19世紀に焦点を当て、その時代における文化の中の科学技術をとりあげ、「科学文化の誕生」という新しい枠組みを設定し、その発生と拡散を見ていく。とりわけ西欧近代科学の非西欧諸国への移入問題や、それにまつわる翻訳の問題、伝統文化との軋轢問題、科学や技術格差による諸問題を中心に研究を進めていく。
本講演では、川本幸民の業績と到達点を、異文化接触の中でなされた文明論的な業績であるという観点から考察する。従来、技術的なものや科学の概念的なものは、あまりに単純な継承関係か、もしくはあまりに概念的な難渋さのなかで、歴史の影に埋もれがちであったが、川本幸民の仕事は、比較文明・比較文化を考察するうえでも、非常に重要なものである。まず、川本幸民の業績を概観し、幕末・明治期における科学技術上の成果を論じる。特に「遠西奇器述」などに見られる、西欧技術の優れた紹介者としての一面を紹介する。その後、なかでも化学に焦点をあて、理論面・応用面での川本の業績を見てゆく。青地林宗の「気海観らん(なみ)」は、日本での西欧自然哲学を導入した嚆矢となる著作であるが、川本による増補、「広義」について、その理論面における進取性を、宇田川溶(木へん)庵(草かんむり)の「舎密開宗」との関連で述べる。日本語における科学語彙(化学語彙)の成立という大きな流れの中で、またオランダからドイツ化学へというヨーロッパの主流の変容のなかで川本の仕事の位置づけを考えたい。また特に今回は、川本の化学研究について、「化学新書」や、「兵家須読舎密真源」に関して紹介と検証をしていきたい。これら川本の化学研究については、阪上正信氏や八耳俊文氏らによって、すでに詳細な文献的研究や化学史的研究がなされているが、今回は、「舎密真源」のオランダ語原本を入手した。この原本とその出所を考察することから、これらの化学の内容が、オランダで士官学校に相当するミリタリー・アカデミーの教科書で扱われるものであったことなどに関連付け、またオランダ(およびベルギー)での化学の産業化(特にリエージュの鉄鋼業・佐賀藩の反射炉の教科書)などとの関連に関しても論じることで、川本の業績を、広く文化的・比較文明的な観点から位置づけて行くことを試みたい。