2008年5月:一覧

サンド 政治と論争

-『サンド ー 政治と論争』(ミシェル・ペロー編 持田明子訳、藤原書店、2000年刊)

  第1部「政治に関与した女性」では編者ミシェル・ペローが二月革命を中心とするサンドの政治活動について論じている。第2部「政治と論争(1843-1850)」は『共和国公報』のために執筆した文章等、サンドの政治的テキストを年代順に編集したもの。

-『往復書簡 サンド=フロベール』(持田明子編訳、藤原書店、1998年刊)

  サンド晩年の親友だった作家ギュスターヴ・フロベールとの間にかわされた1863年から76年(サンドの死んだ年)までの手紙を収録した書簡集。

-『ジョルジュ・サンドからの手紙 スペイン・マヨルカ島、ショパンとの旅と生活』(持田明子編・構成、藤原書店、1996年刊)

  1838年から39年にかけてのサンドとショパンのマヨルカ島滞在を中心に、サンドが友人や出版社に書き送った手紙を選び出して彼らの生活とその心の軌跡をたどった書簡集。

Contes

-Contes d'une Grand-mère(第1集1873年刊、第2集1876年刊)

  晩年のサンドは孫娘たちのために童話を書いて出版した。日本語訳のおもなものは次のとおり。
『ばら色の雲』:「ばら色の雲」「ピクトルデュの館」「ものをいうかしの木」収録、岩波少年文庫、1954年刊
『ばら色の雲』:「ばら色の雲」「かえるの女王」(コアックス女王) 収録、講談社こどもの世界文学、1973年刊
『母のおもかげ』(ピクトルデュの館):偕成社、1990年刊
『コアックス女王』:青山社、1992年刊
『フランス幻想文学傑作選3』(白水社、1983年刊)に「巨人のオルガン」が収録されている。
『ちいさな愛の物語』(小椋順子訳=解説よしだみどり・画、藤原書店2005年刊 ジョルジュ・サンド セレクション第8巻)   サンドの晩年の童話集Contes d'une grand-mereに含まれる13作品の中から次の10作を選んで訳出したものである。「ピクトルデュの城」、「女王コアックス」、「バラ色の雲」、 「勇気の翼」、「巨岩イエウス」、「ものを言う樫の木」、「犬と神聖な花」、「花のささやき」、「埃の妖精」、「牡蠣の精」。原作は、イギリスのファンタ ジー『不思議の国のアリス』が実在の少女アリスの求めに応じて創作した物語であるのと同様、サンドが二人の孫娘にせがまれるままお話をして聞かせ、のちに 上下二巻の本として出版された。
  「大切なことは、妖精がこの世にいるのか、いないのかを知ることです」これは「ピクトルデュのお城」で、「不思議なことが好きな年頃」の孫娘オーロー ルに宛てた献辞の一節である。子供の心をひきつけるファクター「珍しさ」、「不可思議さ」(その本質は驚異の感情)がどの作品にも随所にあふれている。作 者の故郷ベリー地方の自然や、幼年時代の記憶、また晩年の思想を色濃く反映しており、単なる子供向けのお話として看過すべきではない。サンドは、いきいき とした等身大の子供像を描く事のできた稀有な作家であった。『星の王子さま』を除くとファンタジーに乏しいフランスの児童文学の中に、このような空想に満 ちた美しい物語があったのだ。子供の本に欠かせない素敵な挿絵も添えられている。題名の「ちいさな」という形容詞は「子供のための」という意味と、『愛の 妖精』(原題「ラ・プチット・ファデット」La Petite Fadette)の「プチット」(小さな)からの連想であろう。(この項目の解説は平井知香子氏による)
『薔薇と嵐の王子』(ニコル・クラヴルー画、田中真理子訳)   Contes d'une grand-mereの中の「花のささやき」を絵本化した作品。晩年のサンドが孫のオロール(訳ではアウローラ、イタリア語からの訳のせいか)に自分の子 供の頃のお話をしているというシチュエーションになっている。あらすじ:「ある夕暮れ、わたしは花壇の隅の花から見えない地面に寝そべり、すぐそばで話し ている花の言葉に聞き耳を立てたの。」それは微風が語る薔薇と嵐の王子(微風自身)の話だった。西風は最初、嵐の王の長男として破壊を繰り返していた。あ る日、地上に咲く一本の薔薇の花に出会って、その匂いに魅せられる。破壊行動をやめた王子は薔薇の花を抱いて空に飛び立ち天空の宮殿に戻る。しおれ始めた 薔薇の命を助けるため、王子は父に懇願する。父は情けというものを知った息子に怒り、王子の手から薔薇をもぎとると、その花弁ははらはらと空中に散って いった。父の怒りにふれた王子は翼を失って地に落とされる。森の中で彼は薔薇が再び生き返ったことを知る。「どうしたことだ?死んだとばかり思って涙にく れていたのに。なぜ生き返ることができたのだ?」「それは、生命の精があらゆる生き物に力を与えてくれるからよ。」微風となった王子は今後地球上の友とし て、人間や植物の間で自由に暮らすことになる。「嵐の子を温かいこころで打ち負かした美しい薔薇の花よ、バンザイ!花の友だちになったやさしい微風さん も、バンザイ」野薔薇たちの「この話を家庭教師の先生にしたら、あなたは病気だから下剤をお飲みなさいっておっしゃったの。でも、おばあさまはわたしをか ばってこういってくださった。」「薔薇の花が話すのをお聞きになったことがないとは、先生もお気の毒ですこと。花の言葉をきくことは、小さな子どもの特権 です。それを病気と間違ったりなさらぬよう、くれぐれもお気をつけくださいましね。」   画:ニコル・クラヴルー--1940年、フランス、ロアール県サンテチィエンヌ生まれ。本書をはじめ、ルイス・キャロル、アンデルセンの挿画等60作品 以上にのぼる。訳:田中真理子--イタリヤ語通訳、翻訳者、作家。   絵本の表紙は、エンジがかった赤系統の枠の中に二本の巨大な野薔薇の花が立ち、その花の下につばの広い白い帽子の女の子がいる。一度見たら忘れられな いなんともユニークな光景である。ニコル・クラヴルーの絵の圧倒的な存在感がサンドの童話を現代に生き生きと蘇らせた。サンドの『薔薇と嵐の王子』(花の ささやき)は天と地を舞台とし、「バラと王子」が登場している点で、同じバラの花が登場するサン・テグジュペリの『星の王子さま』の先行作品であることは もっと知られてよいのではないだろうか。(文責:平井知香子)

La Famille de Germandre

-La Famille de Germandre(1861年刊)『ジェルマンドル一家』(第三書房、1948年刊)

  大金持ちのジェルマンドル侯爵の全遺産は彼が残したふしぎな小箱をあけることができる親族に与えられることになっていた。この小箱をめぐるなぞと、2組のカップルの成立を描いた物語。
  サンドの数多くの作品中では特に傑作というわけでもなく、フランスでもほとんど話題になることのないこの小説がなぜ日本語に訳されたのかふしぎである。

La Ville Noire

-La Ville Noire(1861年刊)『黒い町』(藤原書店、2006年刊)

  山間にある刃物工業の町「黒い町」を舞台にして刃物工セテペと製紙工場の女工トニーヌの恋を中心に、工場労働者をとりまく厳しい環境(自然災害、労働 災害、ブルジョワ階級との対立、劣悪な労働条件等)を描いている。セテペは独立への野心のために一度はトニーヌへの恋心を捨ててしまう。彼女のほうも、聡 明で献身的な青年医師の求婚に心動かされる。しかし、多くの試練ののち、職人としての遍歴修行から黒い町に戻ったセテペは、思いがけず富裕な身分になった トニーヌがその模範工場でさまざまな改革に取り組み成功しているのを発見する。ふたりは結婚して仲間たちとともに共通の理想に向かって進んで行く。
  初版出版後100年以上ほとんど忘れられていた作品だが、「ゾラの『ジェルミナル』に四半世紀近く先駆けて労働者の世界を舞台にして書かれた小説」として再び脚光をあびることとなった。

Le Marquis de Villemer

-Le Marquis de Villemer(1861年刊)『秘められた情熱』(北隆館、1950年刊)

  フランス語の原題は『ヴィルメール侯爵』。没落貴族の娘カロリーヌはヴィルメール老侯爵夫人の秘書となる。夫人の息子ユルバンはカロリーヌに恋するよ うになるが、打ち明けることができない。彼女の方もユルバンに心惹かれるが、ふたりの境遇が違いすぎるため自分の恋心を認めまいとする。そのうちにカロ リーヌを嫉妬する女性の悪意のある嘘を信じた老侯爵夫人はカロリーヌを侮辱する。失意の娘は侯爵家を去ってオーヴェルニュの山村に住むもと乳母の家に身を 隠すが、ユルバンはあらゆる手を尽くして彼女を捜し出す。お互いの愛情を確かめ合ったふたりは、誤解の解けた老侯爵夫人の祝福を受けて結婚する。
  サンドはこの小説を劇化して1864年にパリで上演させ、大成功をおさめた。

Elle et Lui

-Elle et Lui(1859年刊)『彼女と彼』(岩波文庫、1950年刊)

    若き天才画家ローランはなぞの多い年上の女性テレーズ(同じく画家)に恋して相思相愛となるが、その幸福は長続きしない。そんなふたりがイタリアに旅 行する。気分の移り変わりが病的に激しいローランは献身的なテレーズをたびたび裏切って苦しめる。彼女を愛するアメリカ人パーマーの登場はふたりの関係を さらに紛糾させる。やがて、パーマーの求婚をことわってローランとよりを戻しながらも嵐のような愛憎に疲れ果てていたテレーズのもとに、昔外国で死んだと 告げられていた息子が現れ、彼女はその少年とともに遠いドイツへ去る。
  1833年に詩人アルフレッド・ド・ミュッセと知り合って恋に落ちたサンドは彼とともにイタリア旅行に出かけた。しかしヴェネチアでまずサンドが、つ いでミュッセが病に倒れ、ふたりの恋は破れてしまう。そしてミュッセはひとりフランスに戻り、サンドはイタリア人の恋人とヴェネチアに残った。この思い出 をもとにして25年ほどのちに(ミュッセの死後)サンドが書き上げたのが『彼女と彼』である。この小説はミュッセの家族や友人たちからおおいに批判される こととなった。

Légendes rustiques

-Légendes rustiques(1858年刊)『フランス田園伝説集』(岩波文庫、1988年刊)

  サンドが集めたベリー地方の伝承に息子モーリスが挿し絵をつけたもの。彼女は自分の住んでいる地方の伝承をできるかぎり生の形で書き写しているが、文学的にも味わいのある伝説集となっている。

    修道士の幽霊 

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Histoire de ma vie

-Histoire de ma vie(1854-55年刊)『我が生涯の記』(水声社、2005年刊)

  1854年から55年にかけて出版されたサンドの自伝・回想録であるが、普通の「自伝」のようなものを期待して読むと肩すかしを食う。サンドは彼女の 曾祖父の時代からの家族の歴史を語り始めるのである。また、世人が注目したショパンとの関係なども、具体的ないきさつは何も書かれていない。ただ、この膨 大な作品はサンドの家族のみならず、18世紀から19世紀にかけての激動のヨーロッパに生きた人々の歴史(国王から小鳥屋まで)を物語り、同時にサンドの 芸術観(音楽、絵画、文学など)、歴史観、社会観、人生観などを生き生きした文体で展開する非常に興味深い読み物であるのは確かだ。

Les Maîtres sonneurs

-Les Maîtres sonneurs(1853年刊)『笛師のむれ』(岩波文庫、1937年刊)

  ベリー地方の小村に住むふたりの少年ティエネとジョゼ、ティエネのいとこブリュレットは仲良しの幼なじみであった。成長したティエネはブリュレットに 恋するようになり、ジョゼは、ブルボネ地方からやってきたラバひきの青年ユリエルのおかげで、自分に音楽の才能があることに気づく。ジョゼはブルボネのユ リエルの家で笛師になるための修行をするが病気になり、ティエネとブリュレットが駆けつける。ジョゼは、ユリエルの妹でしっかり者のテランスに看病されて いた。やがて、ユリエルはブリュレットと結婚し、ティエネはテランスを妻にする。一方ジョゼは、強引に笛師の「組合」に入会し、流しの笛師として気ままな 生活を送っていたが、よその土地でそこの笛師たちといさかいを起こして殺されてしまう。
  この作品はサンドの田園小説の中でいちばん長く、筋もいちばんこみいったものとなっている。物語の舞台もそれまでよりずっと広くなり、ベリー地方とブ ルボネ地方、平野の生活と森の生活が対照的に描かれている。そしてまた、音楽に憑かれた青年、他の人々より抜きんでた感性と才能を持ったジョゼの悲劇が大 きな部分を占めている点が他の田園小説と違っている。

La Petite Fadette

-La Petite Fadette(1849年刊)『愛の妖精』(岩波文庫、1836年刊)

  村の裕福な農家に生まれたかわいいふたごの兄弟シルヴィネとランドリーの子供時代から青年時代までが描かれている。弟ランドリーは、頭はいいが不器量 で村の嫌われ者の少女ファデットふとしたことで親しくなり、彼女の本当の優しさを知って愛するようになる。ファデットは、恋人ランドリーの愛と忠告のおか げで、だんだん美しい娘になっていく。そんなふうに弟の心を奪ったファデットに嫉妬していたシルヴィネもいつの間にか彼女に惹かれていく。彼は潔く恋心を おさえて村を出、ナポレオン軍の兵士となって出世する。
  「田園4部作」の第3作であり、サンドの最も有名な小説であろう。子供向きに書き直されたものも含め数多くの日本語訳がある。

François le Champi

-François le Champi(1850年刊)『棄子(すてご)のフランソワ』(角川文庫、1952年刊)

  村の粉ひきの若い妻マドレーヌは、捨て子の少年フランソワと知り合い、何くれとなくその子のめんどうをみてやることになる。ふたりは実の母子以上に強 い心のきずなで結ばれるようになるが、少年が17歳になった頃、マドレーヌの放蕩者の夫のせいで、彼は村を出て遠くに働き口を探さねばならなくなる。そし て3年後マドレーヌの夫が死に、彼女も病に倒れたことを知ったフランソワは彼女のもとにかけつけ、破産寸前になっていた水車小屋をたてなおし、幼い頃から 自分のすべてであったマドレーヌを妻にする。
  「田園4部作」の第2作。この小説は『愛の妖精』よりも前に書かれたが、単行本化されたのはそれよりもあとである。サンドはこの作品を劇に書き直して上演させ、大成功をおさめた。

     フランソワとマドレーヌ 

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La Mare au Diable

-La Mare au Diable(1846年刊)『魔の沼』(藤原書店、2005年刊)

  3人の子持ちの若い農夫ジェルマンは、亡き妻の親のすすめで富裕な寡婦との見合いに出かけることになる。ちょうどそのころ貧しい娘マリーが、よその村 で羊番の仕事を見つけて村を離れることになり、ジェルマンがマリーを馬に乗せて出発する。そこにジェルマンの長男ピエールも加わった3人は森の中の「魔の 沼」のそばで道に迷い野宿することになる。その晩マリーのやさしさ、けなげさに感動したジェルマンは彼女に求婚するが、彼女は自分たちの年齢や境遇の違い を理由に彼を思いとどまらせる。翌朝ジェルマンは見合いの相手に会うが、それは見栄っ張りで鼻持ちならない女性だった。マリーのほうも自分の新しい雇い主 が、女好きの危険な男であることがわかり、村に帰ることにする。こうしてふたりは村に戻って元どおりの生活を始めるが、ジェルマンはマリーをあきらめるこ とができない。やがて、ひとりで悩む彼をみかねた姑の忠告に従って彼はもう一度マリーに求婚し、今度は彼女も承知する。マリーも「魔の沼」のほとりの一夜 以来彼にひかれていたのだった。
  サンドの作品中最もポピュラーな「田園4部作」の第1作。日本で最初に紹介されたサンドの作品(初訳は1912年)でもある。

Jeanne

-Jeanne(1844年刊)『ジャンヌ』(藤原書店、2006年刊)

  1844年にサンドの初めての新聞連載小説として発表された。前半はクルーズ地方のひなびた農村、後半はブッサク城を主な舞台としている。主人公は羊 飼いの娘ジャンヌ。彼女を取り巻く3人の青年たちを中心に、村の人々や城主一族とその友人たちが登場する。主人公ジャンヌには19世紀によみがえったジャ ンヌ・ダルクのイメージと大昔のガリア地方の女祭司のイメージが重ねられている。農民の娘を主人公にし、農民たちが大きな役割を演じるこの小説は、『魔の 沼』を第1作とするサンドの田園4部作のさきがけと見なすことができよう。

Un hiver à Majorque

-Un hiver à Majorque(1842年刊)『マヨルカの冬』(藤原書店、1997年刊)

  1838年11月から39年2月までサンドは息子、娘および音楽家ショパンとともにスペイン領マヨルカ島に滞在した。パリ社交界の好奇の目から逃れて ショパンとの愛の生活を異国で味わおうとしたサンドであったが、マヨルカ島での暮らしは快適なものではなかった。『マヨルカの冬』はこの経験から生まれた 紀行文。

Spiridion

-Spiridion(1839年刊)『スピリディオン』(藤原書店、2004年刊)

  18世紀後半の北イタリアにあるベネディクト派修道院。そこで物語の語り手である若い修練者アンジェルは100年ほど前に死んだ修道院の設立者スピリ ディオンの幽霊を見る。アンジェルがそのことを自分の師である博学な老修道士アレクシに報告すると、アレクシは自分とスピリディオンの生涯について語りだ す。スピリディオンは裕福なユダヤ人の家庭に生まれたが、ドイツ留学中にルター派の新教に改宗した。そののち彼はカトリック教に近づき、数年後にはカト リック信者となってイタリアに修道院を建て、院長となる。だが、臨終のさいに彼は自分の遺言を誰にも見せぬまま棺の中に一緒に入れさせたのであった。その 後アンジェルは不思議な声に促されて地下埋葬所に降り、スピリディオンの棺の中から彼の遺稿を取ってくる。そこには人生の最後にスピリディオンがついに到 達した真理、つまり、キリスト教の時代は終わり、新しい宗教の時代が始まるのだということが書かれていた。
  幽霊や幻覚といったファンタスティックな要素と、思想家ピエール・ルルーの影響による哲学的・宗教的な内容が結びついたサンドの問題作のひとつ。

Mauprat

-Mauprat(1837年刊)『モープラ』(藤原書店、2005年刊)

  田舎貴族のモープラ一族は没落して館にこもり盗賊になってしまっていた。一番若いベルナールは、盗賊の手におちた美しい娘エドメに恋をして館を逃げ出し、彼女の家で暮らすようになる。彼女にふさわしい人間になりたいと願うベルナールは少しずつ立派な青年となっていくが、エドメはもうすでに婚約していた。彼女への恋心を持て余したベルナールはアメリカ独立戦争に志願兵として参加して6年後に帰国する。その間エドメは婚約を解消しひっそりと暮らしていた。ベルナールは再会したエドメに求婚するが、些細なことで口論になる。その直後エドメが狙撃されて重体となり、嫌疑がベルナールにかかる。裁判では彼に不利な証言が次々に出てきて、彼の死刑が確定しそうになったとき、やっと意識の戻ったエドメが出廷する。ベルナールの嫌疑が晴れ、真犯人が明らかになったあとふたりは結婚し、フランス革命で揺れ動く時代をともに乗り切っていく。
  これはサンドが夫との別居訴訟の最中に執筆した作品。感動的な恋と理想的な結婚生活を描いた歴史小説であり、大きな成功をおさめた。『モープラ』はその後、作者によって劇化され、また20世紀には映画化もされている。

        『モープラ』のエドメ 

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Indiana

-Indiana(1832年刊)『アンヂアナ』(岩波文庫、1937年刊)

  主人公はインド洋に浮かぶブルボン島(現在のフランス領レユニオン島)生まれの若い女性アンヂアナ。16歳のとき親の決めたいいなずけ、40歳も年上 の退役軍人デルマール大佐と結婚してフランス本土にわたる。粗野で思いやりのない夫との結婚生活で、身も心も衰弱しつつあったアンヂアナの前に、情熱的な 美青年レイモンが現れて彼女を誘惑する。だが、つかのまの激しい恋のあとレイモンは彼女を捨ててしまう。ブルボン島に戻ったアンヂアナは、レイモン恋しさ のあまり病気の夫を残して彼の元にやってくるが、レイモンはすでに結婚していた。その後夫の死の知らせが届き、絶望と後悔にさいなまれる彼女は、幼なじみ で昔から彼女を愛していたラルフと心中を計画する。しかし、最後の瞬間に思いとどまり、ふたりは残りの人生をブルボン島の森の中でひっそりと寄り添いなが ら暮らすことになる。
  この作品はジョルジュ・サンドの処女作。女性をほとんど奴隷化している当時のフランス社会と堕落した結婚制度に真っ向から非難を浴びせたこの小説は大きな反響を巻き起こした。

サンドの作品と書簡集紹介

日本ジョルジュ・サンド学会ホームページ


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ジョルジュ・サンドとは? 
 日本では「ショパンの恋人」「男装の麗人」といったイメージで知られている19世紀フランスの女性作家(1804〜1876)。彼女の本名はオーロール・デュパン、結婚後はデュドヴァン男爵夫人という。27歳のときに小説『アンディアナ(アンヂアナ)』で文壇に華々しくデビューして以来、71歳で死ぬ直前まで執筆活動を続けた。サンドは、60編以上の中・長編小説、多数の短編や劇作、エッセイ、そして近年まとめられた26巻におよぶ膨大な書簡集を残している。


日本ジョルジュ・サンド学会とは?      
 ジョルジュ・サンドに興味を持ち研究する者たちの集団です。大学教員、学生、出版関係者など20数名がメンバーです。本学会の前身「日本ジョルジュ・サンド研究会」は2003年6月に会員8名の共著『ジョルジュ・サンドの世界』(第三書房)を出版しました。またサンド生誕200年にあたる2004年にはフランスの著名なサンド研究者6名を迎えて、東京で国際サンドシンポジウムを開催しました。その際の研究発表を収録した共著論文集(仏語)『Les héritages de George Sand aux XXe et XXIe siècles』(慶應義塾大学出版会)を2006年に出しました。また2012年5月に『200年目のジョルジュ・サンド』という共著本を出しましたので、お手に取っていただけると幸いです。興味のある方は次をクリックしてみてください。


『Les héritages de George Sand aux XXe et XXIe siècles』

200年目のジョルジュ・サンド


学会通信 2018年10月

あっという間に秋になってしまいました。今年もリール大学のマルティーヌ・リード先生が来日されます。12月6日(木)には奈良女子大で、7日(金)には神戸大学で講演の予定です。

サンドの作品と書簡集紹介

サンドについての本紹介

サンドに関する坂本千代の論文

日本で出版されたサンド関係文献のデータベース(次ページを少し変更しました。一般ユーザーの方は「ゲストアカウント」をマークして「ログイン」をクリックしてください。)

西尾治子会員HP:
西尾治子氏HP

 坂本千代の論文(抜き刷り)の送付を希望される方は郵送先明記のうえEメール(csakamot@kobe-u.ac.jp)でご連絡ください。


ジョルジュ・サンドに関する論文


その他の論文

著書

坂本千代の著書

-坂本千代・加藤由紀『ジョルジュ・サンドと四人の音楽家  リスト、ベルリオーズ、マイヤベーア、ショパン』彩流社、2013年刊

 サンドと19世紀を代表する4人の音楽家の出会いと交流やそこから生まれた作品についての研究。また、サンドの書いたものをとおして彼らの人物像や作品を浮かびあがらせ、彼女が作品中で表明した 「音楽こそが最高の芸術である」という思想を再検討している。サンドに関する部分を坂本、音楽家に関する部分を加藤がまず執筆したあと、二人で加筆修正を重ねて最終形態を作りあげた本である。


-日本ジョルジュ・サンド学会編『200年目のジョルジュ・サンド 解釈の最先端と受容史』(坂本千代他11名による共著)新評論、2012年刊
  第2部第2章「音楽の力・芸術の自由 コンシュエロの放浪とアドリアニのユートピア」を担当。
また、本書後半部分の「受容の歴史 ジョルジュ・サンドと日本」を他の4人とともに執筆している。


-日本ジョルジュ・サンド学会編『LES HERITAGES DE GEORGE SAND AUX XXe ET XXIe SIECLES』(坂本千代他14名による共著)慶應義塾大学出版会、2006年刊
  「20・21世紀へのジョルジュ・サンドの遺産」という題名の仏語論文集(著者15名のうち、9名が日本人)。9番目が坂本千代の論文「Mozart dans l'oeuvre de George Sand」。サンドの自伝『我が生涯の記』、小説『デゼルトの城』、劇作『ファヴィラ先生』に見られるモーツァルトのイメージを検討することによって、サ ンドの芸術観がどのようなものであったかを論じている。


-『マリー・ダグー 19世紀フランス 伯爵夫人の孤独と熱情』春風社、2005年刊
  2005年はマリー・ダグー伯爵夫人生誕200年目にあたる。富と知性に恵まれた金髪美人。年下の音楽家フランツ・リストと駆け落ちして3人の子供を 生んだ女性。彼との生活が破綻したあと、作家・ジャーナリストのダニエル・ステルンとして活躍したサロンの女王。これが現代に残る彼女のイメージである。 実際のマリー・ダグーは、貴族階級の偏見を乗り越え、のちには鬱病という障害を抱えつつも自分のうちにある可能性を最大限に追求し,音楽や絵画などの芸術 から政治・社会の問題まで真摯に分析・考察し理解しようとした、当時一級の知識人であった。本書は、彼女の主著『1848年革命史』を中心に据えてその思 想を詳しく検討するとともに、彼女の手記や手紙、リストやジョルジュ・サンドなど彼女とかかわった人々の書いたものを手がかりにしてマリー・ダグーの生の 軌跡を追っている。リストの恋人としてだけではなく、フランス二月革命に関する優れた歴史書の著者としての彼女の生涯をぜひ多くの人に知ってもらいたいと いう気持ちが数年前から私の中で大きくふくれあがり、それがひとつの形をとったのがこの本である。


-『ジョルジュ・サンドの世界』(坂本千代他7名による共著)第三書房、2003年刊
  2004年のサンド生誕200年記念出版。坂本は序章(ジョルジュ・サンドの生涯と作品)および第3部第1章(『マドモワゼル・メルケム』に見る理想の女性像 ー 35年後のサンド流ユートピア)を担当している。
  第3部第1章はサンドのデビュー作『アンディヤナ』(1832年)と比較しながら、1867年執筆の『マドモワゼル・メルケム』を「恋愛」「結婚」「女子教育」「母性」という4つのトピックに分けて分析している。


-『INTERPRETATIONS ROMANTIQUES DE JEANNE D'ARC』Presses Universitaires du Septentrion(フランス)、1997年刊
  題名の和訳は「ジャンヌ・ダルクのロマン主義的解釈」。リヨン第2大学提出の博士論文を出版したもの。15世紀フランスの救国のヒロインであったジャンヌ・ダルクの生涯と伝説が19世紀ロマン主義の時代にどのように解釈され、どのような形で後の時代に影響をおよぼしたかを詳細に考察していく。
   全体は3部構成である。第1部はジャンヌ解釈における歴史的・社会的側面を取り扱う。まず、ジュール・ミシュレの描く「フランス民衆のシンボル」として のジャンヌ、ついで、サンドの小説『ジャンヌ』における「農民としてのジャンヌ」を詳しく見たあと、ルナン、キネ、アンリ・マルタンの著作中に見られる 「ケルト的ジャンヌ」を分析する。第2部はジャンヌ解釈の宗教的側面について論じている。最初に『19世紀ラルース百科事典』中のジャンヌの項、ラヴィス の『フランス史』およびミシュレを比較し、ついで、サンドの作品中の「異教徒ジャンヌ」を考察する。第3部は19世紀における「女性」のイメージのミス ティックな側面の研究である。まず、ジャンヌ伝説とマリア信仰の関係、次にロマン派の作品におけるジェンダーの問題を扱ったあと、フランスでの女性メシア 論の展開について検討している。

 

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-『ジョルジュ・サンド』清水書院、「人と思想」シリーズ、1997年刊

  ジョルジュ・サンドの生涯とおもな作品を紹介しつつ、それらの現代的な意味について考える。
   全体は4部からなっている。第1部でオーロール・デュドヴァンがジョルジュ・サンドとなるまでを解説したあと、第2部では1837年頃までの彼女の生活 と作品を扱う。特にここではサンドの有名な男装について考察する。第3部では二月革命頃までのサンドと彼女を取り巻く人々、音楽家リストや女性作家ダニエ ル・ステルンとの交流、当時の女権運動家たちとサンドの女性論の相違に注目している。第4部はサンドの晩年の作品および劇作を分析するとともに、「ロマン 派世代として」「女流作家として」そして「フランス文学の作家として」の彼女を考察したあと、最後に日本におけるサンドの作品の翻訳と受け入れの歴史を概 観している。


-『愛と革命ージョルジュ・サンド伝』筑摩書房、ちくまプリマーブックス、1992年刊

  ジョルジュ・サンドの生涯と膨大な作品について、おもに彼女が作家として自立していく過程および二月革命との関わりに重点を置いて解説している。
   サンドの作家としての成熟はまた人間としての成熟であった。ショパンのような芸術家や、医者、政治家などさまざまな仕事を持つ人々とつきあうにつれ、彼 女の目は労働者、農民、そして多くの女性たちの恵まれない生活に向けられるようになり、貧富の差と社会的不平等があまりにも大きい当時の社会(ルイ・フィ リップ王の七月王政)にたいする批判と改革への熱意を自分の作品に盛り込んでいったのであった。その頂点が『スピリディオン』『コンスエロ』『ルドルシュ タット伯爵夫人』であるといえよう。本書ではサンドのこの3つの小説を詳しく検討し、また当時のサンドの師であった社会思想家ピエール・ルルー、宗教家ラ ムネの影響等を分析する。
  本書は高校生くらいの年代の読者を想定して書かれている。


自己紹介

坂本千代
 高知県出身。東京大学でフランス文学を専攻したあと、東京大学工学部の国際交流室で3年ほど外国人留学生の世話係をしました。1987年以来神戸大 学に勤務しています。現在大学院国際文化学研究科教授。専門はフランス文化学で、特に19世紀の女性作家ジョルジュ・サンドとマリー・ダグー伯爵夫人、そしてジャンヌ・ダルクに関する研究 をしています。

著書 
ー『愛と革命 ジョルジュ・サンド伝』、「ちくまプリマーブックス」、筑摩書房、

   1992年刊

ー『ジョルジュ・サンド』、「人と思想」シリーズ、清水書院、1997年刊

ー『Interprétations romantiques de Jeanne d'Arc』, Presses Universitaires du Septentrion,

   1997年刊

ー『ジョルジュ・サンドの世界』(共著)、第三書房、2003年刊

ー『マリー・ダグー』、春風社、2005年刊

『Les Héritages de George Sand aux XXe et XXIe Siècles』(共著)、慶應義塾大学出版会、2006年刊

『200年目のジョルジュ・サンド』(共著)、新評論、2012年刊

ー『ジョルジュ・サンドと四人の音楽家 リスト、ベルリオーズ、マイヤベーア、ショパン』(共著)、彩流社、2013年刊


趣味
 読書はほとんど中毒のようになっていて、本(まんが、BL小説も含む)なしには生きられません。 数独に凝っています。通勤電車の中でいつもやっているため、電車から降りそびれたこともたびたびあります。


連絡先:csakamot(アットマーク)kobe-u.ac.jp
 

宣伝1200年目のジョルジュ・サンド』(副題:解釈の最先端と受用史)、日本ジョルジュ・サンド学会編、新評論、3150円

 日本ジョルジュ・サンド学会の仲間11名とともに3年がかりで作った本です。2004年に生誕200年を迎え、日本で彼女の本が初めて出版(1912年)されてからちょうど100年になるのを記念して、日本の研究者の力を結集しました。

宣伝2『ジョルジュ・サンドと四人の音楽家  リスト、ベルリオーズ、マイヤベーア、ショパン』坂本千代・加藤由紀著、彩流社1700

 本書はサンドと19世紀を代表する4人の音楽家の出会いと交流やそこから生まれた作品について述べています。また、サンドの書いたものをとおして彼らの人物像や作品を浮かびあがらせ、彼女が作品中で表明した「音楽こそが最高の芸術である」という思想を再検討しています。サンドに関する部分を坂本、音楽家に関する部分を加藤がまず執筆したあと、二人で加筆修正を重ねて最終形態を作り上げました。


神戸大学国際文化学研究科ヨーロッパ・アメリカ文化論HPへ

[火曜2限] ヨーロッパ・アメリカ文化論演習 修士課程学生対象

  テーマ:「傑作小説をとおして近代社会について考える」。スタンダールの『パルムの僧院』、バルザックの『ゴリオ爺さん』、モーパッサンの『女の一生』、ゾラの『ジェルミナール』をじっくり検討しながら、近代ヨーロッパの歴史や文化、近代社会や近代都市、そこに暮らす人々の生き方や価値観などについて考察する。


[火曜3限] フランス語初級A1 学部1年生対象

  初級フランス語文法。


[木曜1限] フランス語初級A1 学部1年生対象

  初級フランス語文法。


[木曜3限] ヨーロッパ女性文化論 学部2年生以上対象

  テーマ:「フランスのヒロインたち」。15世紀から現代までにおける女性のイメージとその実情はどのようなものだったのか。前半はフランス救国の乙女ジャンヌ・ダルクのイメージの変遷について検討。後半はフランス文学の有名な登場人物を取り上げて、このような女性像が創作されることになった歴史的・社会的背景について考察する。


[金曜2限] 初年次セミナー 学部1年生対象

  大学指定教材を用いて、大学生として必要な主体的な学びの姿勢を育む。



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